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堀江敏幸の『なずな』を読み終えました。
以前『河岸忘日抄』のことをちょっと書いた記憶があるのですが、『河岸忘日抄』もすでに読み終えています。
私は、小説を一気読みするというよりは、たま〜に乗る電車で読んだり、何かの待ち時間に読んだり、寝る前に読んだり、ただ気が向いたら読む、という感じで読み進めるので非常に時間をかけて読むことになってしまいます。
『なずな』も夏に読みだして先週読み終わったので、読み終えるまでにかなり時間かかってます(^^;
『なずな』は、地方の新聞記者の40代独身男性が、事情があって弟夫婦の赤ちゃん(なずな)を預かることになるお話です。
姪っ子を預かり初めての育児に奮闘するのですが、彼一人ではなく、病院の先生やその家族、大家さんや、飲食店の常連さんなど、周りの人々に見守られ助けられながら、なずなは成長していきます。
私自身育児なんてしたことはありませんが、同級生が母親になっていく様子を見てうんざりしている今日この頃です…(笑)
しかし、『なずな』で描かれているのは、母親が子に対する視線ではなく、伯父が姪っ子に対する視線だからこそ私はほのぼのと読めたのかも知れません。
堀江さんの本はどれも心が落ち着きます。
素朴な日常を切り取って、何気ないほんのちょっとした日々の出来事が、こんなにも瑞々しくて豊かなんだな〜と
感じさせてくれるのです。
淡々と綴られる文章や登場人物たちのちょっと冷めた言い回しなどは、映画で言うと、小津安二郎のイメージに重なります。
温かい人情も感じるのですが、主人公はどこか無表情で冷めた印象を感じさせるからかもしれません。
でもそういうキャラクターが私は好きです。
友栄さんという女性との恋愛関係とまでも呼べない微妙な関係性もよかったです。
「私は守っているのではなく、守られているのだ、この子に。なずなに。」
チャイルドシートがどうとか、風力発電やゲートボールや囲碁がどうとか、小さな街のどうってことのない出来事、人々の心の些細な変化などが素敵な文章で語られます。
広い範囲ではなく、ほんのごく小さな範囲での出来事を描きながら、そこには無限の幸せが広がっている気がするのです。
まだ会話もできない赤ん坊に話しかけることがどれだけ幸せか…
そんな幸せを私に伝えてくれる物語でした。
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その他
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ヴィクトリア朝時代末期の1870年
ロンドンの理髪店から始まった「香り」の冒険。
ペンハリガンの歴史は、1870年にウィリアム・ペンハリガンが
ジャーミン・ストリートに開業した一軒の理髪店から始まりました。
1872年にはターキッシュ バスに着想を得た初の香水「ハマン ブーケ」を発売。
後に英国王室御用達の理髪師兼香水商の称号を授与されたウィリアムは、
時代を先ドル創造的な香水を数多く発表し、
その挑戦的なスタイルは、現在もペンハリガンの核となっています。
(PENHALIGON'S LONDON パンフレットより)
以前から気になっていた香水ブランドで、昨日ついに購入しました♪
それが「リリー オブ ザ バレー」です。
「バイオレッタ」というすみれの香りを求めて行ったのに、それよりも気に入ったという…
「Lily of The Valley」
1976年に誕生。
「永遠の愛」をテーマに作られたスズランのシングルフローラル。
ソフトなタッチで広がるシトラスとベルガモットの爽やかな香りに、リリー オブ ザ バレー(ドイツのすずらん)、
ローズ、イランイラン、ジャスミンといったクリーミーなホワイトフラワーがとけあい、無垢な美しさにあふれた
優雅なハーモニーを奏でます。
時代を超えて多くの女性に愛されているペンハリガンの代表作のひとつです。
(PENHALIGON'S LONDON ホームページより)
スズランの香りと言われてもなかなか簡単に想像し難いですが、花畑や木々の緑を感じさせるような、クセのない香りです。
本当にピュアで清楚な香りと言えるほど爽やかで清々しく、今の春らしい気候にぴったりと言えそうです。
また、グリーンで統一されたボトルやリボンの色合いが可愛らしい♪
レトロで少し古めかしい香りかもしれませんが、個人的にはとても好きな香りです。
本当に香水が好きで、買い物に行くと、洋服よりも香水や化粧品を買ってしまうんですね。
最近特に気に入って使っているのが、「アニックグタール」の「ローズアプソリュ」とそのオマケで貰った
「プチシェリー」♪
こちらは東京旅行に行った際に銀座の三越で調子に乗って買ったものですね(笑)
約26.000円ほどしたこの香水…
母と割り勘でしたが、旅行だからって、銀座だからって感覚的に麻痺してましたね。
しかし、素晴らしい香りなんですね。
「世界中から集めた、6つの最も美しく気高いバラのブーケ。」との説明のとおり、ケバケバしくなく、瑞々しい
バラの香りが広がります〜
「プチシェリー」はちょっと甘めのフルーティな香りで、少女っぽい雰囲気を持った香りといった感じでしょうか。
他にも欲しい香りがたくさんあるのですが、結構値段的にお高いものが多いのでほどほどにしておかないと…
ちなみに今まで買って後悔したのは「ジョーマローン」の「レッドローズコロン」。
あれは酷くって買ってから1回つけたきりです。
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熊谷守一(くまがい もりかず)
(1880年(明治13年)4月2日 - 1977年(昭和52年)8月1日)は、日本の画家。
日本の美術史においてフォービズムの画家と位置づけられている。
しかし作風は徐々にシンプルになり、晩年は抽象絵画に接近した。
富裕層の出身であるが極度の芸術家気質で貧乏生活を送り、「二科展」に出品を続け「画壇の仙人」と
呼ばれた。
※フォービズム:感覚を重視し、色彩はデッサンや構図に従属するものではなく、芸術家の主観的な感覚を表現
するための道具として、自由に使われるべきであるとする考え。
ルネサンス以降の伝統である写実主義とは決別し、目に映る色彩ではなく、心が感じる色彩を表現した。
(以上wikipediaより)
昨日の『日曜美術館』で熊谷守一が取り上げられていました。
名前は聞いたことがありましたが、どういった作風の画家なのかは知りませんでした。
熊谷の言葉です。
私は好きで絵を描いているのではないんです。
絵を描くより遊んでいるのが、いちばん楽しいんです。
石ころひとつ見ていても全く飽きることがありません。
彼は木々で生い茂る家の庭にむしろを敷いて、そこに寝転がって太陽の光の中、虫や植物を観察していた
そうです。
「蟻の歩き方を幾年も見ていてわかったんですが、蟻は左の二番目の足から歩き出す」のだそうです。
彼はそこにあるモノを完璧なまでに観察し、それを作品として生み出しました。
この『豆に蟻』は一見小さな子供でも描けそうな絵ですが、蟻や豆の配置やバランスがとても優れているとの
ことで、個人的にもとても好きな絵になりました。
<豆に蟻 昭和33年(1958)>
この『揚羽蝶に百日草』も熊谷の観察力の鋭さを感じさせる作品なのです。
本来、揚羽蝶の羽根はすべて黒一色です。
しかし、この絵では上の羽(名称が分かりません)が灰色に塗られています。
それは、蝶が草花に留まったとき、下の羽は動かさず上の羽のみ動かす為、その動きを色の違いで熊谷は
表現したのでは・・・と、番組で説明されていました。
確かに、そうだとすると彼の観察力とそれを表現する才能は素晴らしいものだと感じます。
<揚羽蝶に百日草 昭和46年(1971)>
熊谷は東京美術学校を首席で卒業、その後、展覧会では自画像『蝋燭』で入賞を果たします。
42歳で結婚し、子供にも恵まれますが、絵が描けずに貧乏な生活が続きます。
そんな中、次男が肺炎になっても医者に診せるお金も無く、死なせてしまうのでした。
熊谷はその後も自身の画風を模索し続け、67歳の時、長女を結核で亡くした時のことを描いた『ヤキバノカエリ』
で彼の作風が確立されたようです。
右端が熊谷本人で、真ん中で遺骨を抱えているのが長男、そして左端が次女です。
熊谷は晴れよりも雨の日の方が好きだったそうです。
雨の降る日は外の様子をずっと眺めていたと、次女の熊谷榧さんが話されていました。
『雨滴』は雨が踊るように降り、そして土に滲んでいく姿が描かれています。
水たまりと雨が合わさる瞬間など、丸ばかりの単純な形ですが、そこには熊谷が捉えた一瞬の深みが
感じられるようです。
<雨滴 昭和36年(1961)>
朝起きた時、雨戸(だったかな?)の向こうから差し込む光がどのように見えるか熊谷は観察しました。
すると彼にはこのような形が見えたのだそう・・・
しかも彼はこの絵を自画像だと言っていたそうです。
<朝のはじまり>(制作された年まで調べられませんでした…)
はっきりした線で縁取られ、シンプルな色合いで塗りつぶされた画面、そして分かり易いタイトル。
素朴であり、すべての原点のような熊谷守一の絵画には、幼いとき誰もがそうだったように、
素直にものを見つめるまなざしがありました。
97歳という生涯を生きた熊谷守一という画家・・・
彼は常に身近にある出来事に目を向け、身近に聞こえる音に耳を澄ましていたのだと思います。
縁側に座り妻と囲碁をすることもあったようですが、いつも負けてばかりいたようです。
夜になると「学校に行く」と言って2、3時間アトリエにこもり、
冬になると「冬眠」と言って絵を描かなかったそうです。
自然と共に生きた画家の絵には、人を原点に立ち返らせる魅力がありました。
❏ 6月8日(日)の夜8:00〜再放送です。
『日曜美術館』では、絵画を通して画家の生涯を分かり易く伝えてくれるので本当に素敵な番組です。
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❏海を臨む小さな漁村、山肌にはりつくように佇む村、雪に覆われた山間の寒村…
気候や風土に逆らわず、共存しながら暮らす。 先人たちが築き守ってきた伝統や文化を誇りに思いながら生きる。 人間本来の暮らしが息づく「小さな村」が今、注目されています。 古き良き歴史と豊穣の大地を持つイタリアで、心豊かに生きる人たち。 〝美しく暮らす 美しく生きる〟とはどういうことなのか。 私たちが忘れてしまった素敵な物語が、小さな村で静かに息づいていました。 番組ではありのままの時間の流れを追い、村人たちの普段着の日常を描いていきます。 (「小さな村の物語 イタリア」番組概要より)
BS日テレで、『小さな村の物語 イタリア』という番組が放送されています。
毎週欠かさず観ているというわけではありませんが、とりあえず録画して時間が空いたときに観ています。
映画を観るにはちょっとしんどい・・・でも良い番組もやってない・・・
そういう時にこの番組がとても役に立つのです。
イタリアの小さな村を舞台に、そこに住む人々のつつましやかな日常生活が描かれています。
畑仕事をする一人暮らしのおばあさんだったり・・・
農場へ嫁いだ若い女の人だったり・・・
りんご農家の父と息子だったり・・・
ただ心癒されるだけの番組ではなく、そこにはきちんとその村に住む人々の人生が描かれています。
毎回、二人の人物にスポットをあて、若いころから現在までの人生を綴り、生活の様子やその家族について
語られます。
そして彼らが語る言葉からは、常に、その村の住人であることへの誇りが感じられるのです。
日本から遠く離れたイタリアの村で、今も昼食を作ったり、散歩をしたり、道端で世間話をしたり、
当たり前のように生活をしている人たちがいる・・・
イタリアの良く知る大都市ではなく、本当に名も知らない村を舞台にしているからこそ、日本人の私たちにも
分かりあえるなにかがあるのだと思います。
着飾らない素朴な村人たちの生活を観ていると、温かな気持ちになると同時に、毎日毎日を丁寧に生きていかなければ、と改めて感じさせられます。
昼食をいつもより時間をかけて作ってみる、天気の良い日に散歩をしてみる、そして新たな気持ちで翌日を
迎える。
そんな日常生活に豊かさを与えてくれる番組です。
また、番組ナビゲーションを務める三上博史の語りもとてもよく、オープニング・エンディングで使われている
『L'appuntamento』(逢引き)というカンツォーネのメロディが番組の雰囲気を伝えています。
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『小さな村の物語 イタリア』
放送時間:毎週土曜日 21:00〜21:54
(アンコール放送:毎週日曜日 10:00〜10:54)
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川瀬 巴水(かわせ はすい)
1883年(明治16年)5月18日 - 1957年(昭和32年)11月7日)は、日本の大正・昭和期の浮世絵師、版画家。
本名は川瀬 文治郎(かわせ ぶんじろう)。
衰退した日本の浮世絵版画を復興すべく吉田博らとともに新しい浮世絵版画である新版画を確立した人物
として知られる。
近代風景版画の第一人者であり、日本各地を旅行し旅先で写生した絵を原画とした版画作品を数多く発表、
日本的な美しい風景を叙情豊かに表現し「旅情詩人」「旅の版画家」「昭和の広重」などと呼ばれる。
アメリカの鑑定家ロバート・ミューラーの紹介によって欧米で広く知られ、国内よりもむしろ海外での評価が高く、
浮世絵師の葛飾北斎・歌川広重等と並び称される程の人気がある。
(wikipediaより)
今日の『日曜美術館』で川瀬 巴水が取り上げられていました。
名前も聞いたことがない版画家ですが、「新版画」と呼ばれる今までの浮世絵版画にはない近代日本の姿を
捉えた作品には、独特の美しさがあります。
私が一番素敵だと思ったのが『東京二十景 新大橋』でした。
これは大正15年の作品なので、関東大震災(大正12年9月1日)から約3年を経た東京の様子を描いています。
雨降る夜に人力車が一台、ほのかな街灯に照らされて走っています。
道には路面電車の線路も見えます。
震災直後の夜は真っ暗だったはずなのに、復興の象徴のように夜を照らす灯りの温かさを感じられる、
というような事(あやふやです…)を、番組司会の井浦新さんや、ゲストの大林宣彦さんが仰っていました。
橋の洋風な装飾と、日本的な人力車の構図がレトロで、水たまりに映る夜空と街灯もとても美しい作品です。
『東京二十景 芝増上寺』は、朱色の増上寺と白い雪とのコントラストがとても美しい作品。
吹雪いているような雪の流れがとてもきれいですね。
増上寺は何度か描かれているようで、『増上寺の雪』も同じく冬の雪降る時期を描いています。
大正と昭和、時代の流れでそこに描かれる人の服装や風景なども変わってくるのが分かります。
<東京二十景 芝増上寺 大正14年(1925)> ※『増上寺の雪』は番組では紹介されていませんでした。(たぶん…)
巴水の絶筆となったのが、岩手県平泉の中尊寺金色堂を描いた『平泉金色堂』。
雪がしんしんと降り積もる雪景色の中を、僧侶が一人階段を上っていきます。
僧侶は一体どこへ向かうのか・・・巴水の最後となったこの作品にはどんな想いが込められていたのでしょうか。
この作品に描かれている両端の木々も、きっと今でもそこに立っているのだと思うと不思議な気持ちになります。
<平泉金色堂 昭和32年(1957)>
版画は版木があれば誰が刷っても同じだと思っていました。
しかし、色の濃淡をつけるにはちょっとした力加減でその具合が変わってくること、そのことによって二度と同じ
色使いにはならないこと、そんな繊細な芸術なのだと知りました。
巴水は東京に生まれ、東京の失われつつある風景を版画として残しました。
「当たり前だと思う風景にこそ、大切なものが宿っている」
それは今の時代にも言える事で、巴水は今では見れなくなった風景を、懐かしさを感じさせつつ私たちに
見せてくれます。
『日曜美術館 郷愁に染まる風景〜版画家 川瀬巴水〜』は、12月22日(20:00〜21:00)に再放送されます。
興味があればご覧になってみてください♪
<その他の作品>※番組で取り上げられていない作品もあります。
(巴水は東京だけではなく、全国各地を旅しながら写生し、作品を制作していたようです。)
<芝弁天池 昭和4年(1929)>
<夜の池畔(不忍池) 昭和7年(1932)>
<相州前川の雨 昭和7年(1932)>
<清水寺(京都) 昭和8年(1933)>
<大阪宗右衛門町の夕 昭和8年(1933)> |



