ぱなりラボラトリー通信

電子・機械工作、天文趣味の60代です

沖縄北部の旅 4

 もう最終日だ。真ん中のベッドにおきっぱのスーツケースに荷物を詰める。本日は車で「許田」の道の駅に行き、その後「お菓子御殿で」お買い物、車を返したのちにバスで空港に。荷物を置いてから那覇でお買い物、しかるべき時間を過ごして飛行機に乗る予定である。

 チェックアウトのために階下に降りていくと、生け簀の魚は5匹に増えていた。4匹足されたのはわかるが、残っていた1匹はどいつなのか。古参の1匹をすくいとってから新たに入れたのか、それとも無造作に新参者の3匹を入れたのか気になる。

 車を出して、最初に行くのは割と評判がいい、「許田」の道の駅である。その日も中途半端な雨が降っていたが、既にお客さんが沢山入っていて、食べ物に群がっていた。巨大なハンバーガーにサンドイッチにお弁当に、どれもこれも美味しそうだ。外国人も弁当抱えてうれしそうにソフトクリームをなめている。
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 てんぷら屋があるので入ってみると、お決まりのもずくの天ぷらや、珍しいところ
では紅ショウガのかきあげがあり、珍しく「小さな」お稲荷さんはクレソン入りときた。
 春先である現在、川でどれだけクレソンが繁茂しているかは想像がつく。本土のもずくは細く上品だが、沖縄のもずくはぶっといので天ぷらの具にもなる。紅ショウガはといえば・・ショウガ自体は南のものなので、沖縄でも作っているのかもしれないが、そんなことはともかくこのクレソンのお稲荷さんと紅ショウガ入りのかきあげがいくつでも食べられそうなくらい美味しかった。黒砂糖も追加してお土産に購入。
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 「お菓子御殿」で懸案のお菓子を買う。沖縄伝統菓子であるところの「くんぺん」である。お菓子御殿はいかにも沖縄風な間抜けな値づけをしていて、小さい小さいくんぺんがひとつ90円、その3倍くらいのくんぺんが100円。大きい方を買うに決まっている。中にはピーナツあんが入っていて、ほっくりうまい。

 伝統ではなく駄菓子扱いされているのにタンナファクルーというのがあって、
くんぺん同様に一見ただの愛想のないまんじゅうだ。かりんとうに近い味がするこれもまたうまい。東京なら、銀座のわしたに売っていたが、くんぺんの方は記憶がない。
王朝の流れをくむ高級なお菓子(高いという意味ではない)である。

 レンタカーを返し、スーツケースと一緒にバス停でバスを・・と、空港直結の特急バスの時刻表もあるのを発見、来るときにこれを知っていれば延々とバスに乗らなくて済んだのに!!まあ、ゆるゆる行くのも楽しかったけどね。

 バスを待つのは我々だけではなく、若い一人旅の男子もいて、離陸まで時間があるから波の上宮を見に行くつもりであると語る。どうせなら公設市場に行きなさいよと薦める。名所旧跡ならば首里城をゆいれーるから見る方がロマンだけど、沖縄は庶民くさいところの方が面白く、公設市場は庶民くささだけでなく観光客もきちんと飲み込んでくれる。

 なるべくなら市場の路地のそのまた路地で迷ってみるのが面白いんだけど・・結納料理のサンプルとかなんじゃこりゃのお弁当とかは市場の一つ裏の道にあるんだし。そんなよ様の日常なんかどーでもいい人々なら公設市場の2階で何か食べて、後は
波上宮(なみのうえぐう)に行って海でも見ておけばよろしい。そういう人々には首里城
や今帰仁城址もただの時間つぶしだろうし。←えらそー

 空港バスの窓から道の駅「おんなの駅」が見えた。許田同様、何か面白いものがあるに違いない、とけど途中下車もできないし今回は外から見るだけだ。バスは高速道路をすいすいと走っていき、空港までの所要時間は行きの半分以下で済んだ。

 空港。スーツケースをロッカーに入れて行く先はゆいレール赤嶺駅前のブックオフ。結構大きい。琉球漆器が沢山売られていて、新品が沢山あるのでお好きな方は見に行くとよろしい。夫のお目当てははご当地CDだったが、なにもなかった。てことは漆器は売ってもCDは売らないわけなのかしら。この本に紹介されているようなCDを買いに来たのに。
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 私的にご当地といえば、多喜ひろみの「ハッピーアイランドの本」である。沖縄の人々のラジオ沖縄の番組への投書を集めた本で、真面目にしてなお、朝日新聞とか暮らしの手帖とか、そういうのと双極をなしている。最近は新刊が出なくて寂しい限りで、今なお本屋に行けば新刊を探さずにはいられない。ブックオフには2冊あったが、どちらもうちにあった。お腹が痛くなるほど笑ったり泣けたりびびったり (沖縄の怪談はなかなかのものだ!)、様々なエピソードは今なおネタとして重宝している。

 赤嶺駅前にはユニオンなるスーパーがあったが、それは認識するだけにして隣の小禄駅のイオンの中の「ジミー」に赴く。「ジミー」とは何者かと言えばお菓子屋さんで「お菓子御殿」なんぞよりはるかに昔からあり、新垣菓子店よりはるかに最近に出来、店舗によってはスーパーやレストランも併設していて、結局何が言いたいかと言えばその味が沖縄の日常に深く貢献しているということである。

 30年前に安謝(あじゃ)のお店を見たときにはそりゃあもう感動、デリカテッセンの
商品もケーキも家族主義の沖縄にふさわしくたっぷりと大きく、こんなに豊かな眺めがあるのかと思ったくらい。以来沖縄に行けば必ず寄らなければ気がすまない。
「ジミー」のお菓子の日持ちに合わせて日程を調整し、ここに来さえすれば、なにはともあれ心置きなく飛行機に乗れるってくらいで。

 しかしその他にはと周囲を見回すがしょせんはイオン、「ジミー」 以外はこれと言って面白くない。はす向かいの店ではくんぺんを扱っていたけど、もう買っちゃったし。あああ、本店で思うぞんぶん買ったり食べたりしたかった。時間がなかったんでこの店舗に行くしかなかったんである。

 一駅分歩いてもどって地元スーパーのユニオンに入る。まずは青果売り場でピーチパイナップルをカゴに入れる。これは文字通り桃の香りがするパイナップルで、まだ本土では珍しい。空港のより300円安かった。ちょっと小さかったが荷物にならないし、多すぎないし、珍しすぎるわけでもなし、医者に禁じられている人もそうそういないはずだからお土産としては悪くないはず。
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 ターンム(田芋)のパイというのも買う。思えば最近の芋系のお菓子は間違いなさ
すぎる。実のところジミーにもあって、あちらの方が美味しそうだった。悔しい。あと、お弁当も買う。本当はユニオンなぞよりは街中の個人商店みたいなのとか道の駅とかの方が沖縄らしく野蛮で結果的に美味しいものがあるに違いはずだが、今となっちゃー仕方ないではないか。

 そんなこんなで、ろくでもないかもしれないものばかり買って帰ってきた我々だった。
大きな声では言えないが、沖縄を知って以来、出来れば1ヶ月とか半年とか沖縄で、
あっちにうろうろこっちをうろうろ、はっきり言えば遊んで暮らしてみたいという
罰当たりな欲望が止まらない。こんなおばさんに誰がした。

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沖縄北部の旅 3

 朝。朝食の間兼居酒屋の生け簀で泳いでいるのは1匹だけになっていた。
朝食メニューは昨日と変わってない。周囲のお客は楽しそうだ。この人たちが沖縄にきた目的の中には、「ホテルに贅沢する」というのは含まれていないのだろう。(むしろ、贅沢を求めてきた人々の方が荒むような気がする・・・)

 それじゃこちらはどうかと言えば、贅沢しようとは思っていなかったがここまで質素とは、という気持ちと、広いお風呂があってベッドひとつ余計にある部屋に3連泊ならまいっかという気持ちと。

 本日はもっと北部に行く。今帰仁は北部の範疇に入るが、本島の深奥部というわけ
ではない。那覇が南にありすぎなんである。那覇に通える範囲が南部で、名護に通えるあたりが中部、だと思うがそれを決める権限は私にはない。残念。

 ホテルの駐車場には、ポルシェがあった。むろんレンタカーである。なるほどホテルではなくレンタカーの贅沢の方を選択したか。沖縄なのだからとスポーツタイプの車を運転してみる、というのもありなんだろうし、平常心を失わないという選択もあり。ただ、きょうびの旅は皆スーツケース携帯、あまりにケチってメンバー全員の座る場所と荷物置き場が確保できなくならないよう、注意。

 出発。ナビに目的地を入れてみると、ぐるっと回るより海峡を渡り、目の前の屋我地島をつっきり、また橋を渡って本島に入って北上するのが早いと出た。ロシアに行くために北海道を縦断するような気分。かなり違うか。ここから先は沖縄本島でもとっておきの秘境、なんたってヤンバルクイナがうろうろしてるんだから!

 海岸線を走る。海面が近くて波が荒くないので、海の色さえなければ能登半島を走ってるみたいである。たまに集落が現れるようすも。のんびり走って途中また内海の小島を抜けて道の駅大宜味(おおぎみ)に出た。小さな道の駅だが、大小のサーターアンダギーが売られていたので買った。ここのサーターアンダギーはことのほか大きかったがまん丸の形状でもあり、大きいのは揚げるのが難しい。
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 そのサーターアンダギーの中で一番大きくてそうそう口に入らないのは結納の時に
やりとりされるもので、私も人生一度きりしか本物は見ていない。その気になれば公設市場の結納料理屋の見本で見られると思うけど、まだあるのだろうか。

 大宜味では巨大な大根を大量に積み上げていた。切った断面を見る限り大根の出来は良さそうだが、これが1日にどれくらい売れるのかと心配になる。そして車を出すとすぐさまバナナやらパイナップルやらタンカンやら山積みにしたお店発見、なんでお店が別々なのか。道の駅の中にこれがあれば盛り上がるのに!!
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 また地味に北上、ゆいゆい国頭(くにがみ)なる道の駅に入る。ここは大きくて、観光バスも訪れる感じ・・でもこの先の見どころは北部の自然だけ、ほかにどんな需要があるのだろう。たんに広いだけ?しかしレストランでは猪豚を使った丼やそばなど出している。食べてみたくても、まだ11時にもなってない。そうか、どうせ質素なら、ホテルの朝食なんて食べなきゃよかったんだね。
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 仕方なく黒米の入ったのとゆで卵が入ったかまぼこを購入。次いで野菜を売っている棟に行ってみたがこれといって珍しいものはない。露店が並ぶエリアではウィークデイというわけで店もろくに開いてない。中央の大きな棟に行ってみたら、まあ普通のお土産屋さんだった。ただ、黒砂糖の混じり物がないやつが売られていたので購入。糖蜜とか入れてない、原料のところに「さとうきび」しか書かれてないやつ。

 また北上。夫の「こっち行ってみようよ」という軽やかな声と共に車は県道2号線という、北部を横断する道に入る。元々人家もろくにない道で、最初の頃こそ後続の車が来たが、すぐに何も来ない道となった。ジュラシックパークに出てくるようなでっかいシダがゼンマイを伸ばしている。夫、「やんばる学びの森」とかの看板を見つけ、また脇道にそれる。そこで行き止まりだったらまた何もない道を戻らなければならないのでは?だが夫はと言えば北部の自然を満喫、スピード違反の取り締まりが待ちくたびれそうなスピードで走る。

 途中、「座り込み中注意」の看板があり、びびる。沖縄に関する認識は人さまざまだが今となってはおおむね「海のきれいなリゾート地」である。だが他にも基地しかないとか、色々反対している人々が外国人を雇って(理由と資金はどこから?)何かというとデモをしたり座り込みしてたり、というのもあって。でもこんなところで何を目的に座り込みをしてるのか警備をしている人に聞くのもはばかられる。とっとと素通りするのみ。
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 やがてやんばる学びの森とやらに到着。自然なんとかセンターみたいなのの、職員
たちに混じってレストランでお昼を食べる。雨だし肌寒いしウィークデイだからか職員以外は私たちだけだった。

 夫は、自分は沖縄そばにするから、私には学びのランチを食べろと注文。こんな山の中で1000円もする、野草のてんぷら満載のランチ。沖縄のおばさんが作るてんぷら自体に不満はなく、沖縄の野草自体にも不満はない。沖縄の野草が春先だけのものと考えれば非常に貴重な季節ものであり、亜熱帯の野草となればそうそう味わえないはずなんだけど。ええ、そうなんだけど。当の植物名が記入されていなければ学びでもなんでもないのでは?
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 また山の中を走る。センター?の立て看板の地図によれば、安波ダムを通り抜けて
東村(ひがしそん)に出られるはずだ。東村のつつじ祭りはかねてよりチェックしてあった。これで北部の田舎道をめぐるだけで一日を終わらせなくて済む。北部にはたくさんのダムがあって、これで沖縄の水と電力を供給している。
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 安波(あは)ダム。植物がそう植栽されていた。カタカナだったけど。車で通り抜けると、自生のツツジが咲いていた。花が大きい。沖縄の山間部では3月にツツジが咲くわけか。私は全山薄いエンジ色に染まっている東村(ひがしそん)の光景を想像していた。
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 東村つつじ祭り会場。しかし植えられていたのは自生ではなく、園芸種だった。地元の人にとって珍しいのは園芸種、だがよそ者にとって珍しいのは自生種なんである。いくつも屋台が出ていて、ヤギ汁の他にあひる汁というのもあった。汁ものは肌寒いからちょうどいいのかもしれない??
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面白かったのは山頂の自販機だった。サンピン茶(ジャスミン茶)だのパイナップルジュースだのご当地ものの飲み物が並んでいる中にたったひとつ青森県産りんごジュースが混ざっていたのである。屋台といい、山には園芸種を植えるくせに、口に入れるのはご当地ものかい!その保守性の方向は間違えているぞと言いたい。

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 それにしても、つつじ園の受付のお姉さんは一瞬虚を突かれるくらいきれいだった。「バイトしてるの?高校生?」とか聞いてみたくなるくらい。沖縄には濃い美人がゴロゴロしていて、それが普通の顔、その中でちょっと薄めの顔が本土で芸能界デビューしている感がある。濃い美人たちはそのまま親や祖父母と住んで、美人という自覚もないままチャンプルーをじゃかじゃか作ったりしている。ちょっと良い。

 そうそう、今帰仁に立っていた看板には「今帰仁は美人多し わき見注意」と記されていた。それはそうかもしれないが、ここまでくると美人は道にはいない。皆車の中である。これではむしろ美人を期待してわき見をしてしまいそうで、笑える。

 山の中を走ると、又吉コーヒー園というのがあったので、ここで一服することに。
ここは変なところで、沖縄でコーヒー栽培してるのはいいが1杯千円以上だし、肝心のそれは品切れているし。だが店内は木のテーブルも椅子もいい感じ。エチオピア
コーヒーを飲んでいると、外ではチャボが3羽連れだって歩いていた。

 店から出て外を見せてもらおうとすると「おいでおいで」という声がして、急ぐチャボ
の後をネコがついていく。「あんたたちじゃないのよー」と声の主が言う。チャボにパンをやろうとしているのだったが、ネコはネコとてありがたくパンを食べる。
 「この猫は母猫でもないのに、こちらの猫におっぱいまであげて育てたんです。」
そう聞いて思わず「出るんですか!?」と聞いたら「ええ、ちょっとデブなんですけど。」って、いやそんなことを聞いてるわけでは・・!

  店の奥には無加温の温室があった。その温室の入り口には無数のジェイド・バイン(まんまだが、ヒスイカズラともいう)が垂れ下がっていて、しばし呆然。こんなに沢山、なんでここに?そう聞いたら店の人は「植えたら咲いた」で済ませそうだが、こんな見事なの見たことない。それもコーヒー屋の裏のコーヒーの苗を置いてるハウスで!
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 外を見るとそこには柵があり、その中に馬がいた。乗馬教室をやっているらしい。
柵はいくつもあって他の種類の馬もいる。奥から子供の声がして、そちらではトランポリンで子供たちが遊んでいる最中だった。黒い犬が2匹、吠えかかる。ネコも何匹もいるが、吠えようが騒ごうがいっかな気にしていない。騒がしいのか静かなのか。山の中だからこそ可能な光景だった。
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 県道14号線で名護北部を横切り、ホテルに帰り、18時また大きなお風呂独り占め。本日の夕食は初日に見た居酒屋だ。7時にもなればさすがに開いていた。ビールは発泡酒しかない。だが薄ら寒いのにジョッキは霜だらけの状態で来て、つまみは相変わらず少なからぬ量だ。ニガナの和え物が美味しかった。
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 沖縄なので泡盛を飲むかと地元今帰仁の「古里」を注文した。水割りはジョッキで280円とか、ロックは500円だそうである。それでロック1つと水をお願いしたら、ロックがジョッキに入ってきた。いかな沖縄といえど今までこんなことはなかった。しかし、ジョッキでのつもりがグラスで来たらむかっとするだろうが、逆であった場合に文句が言えるわけがない。酒飲みのさもしさで、ちびちびとおとなしく飲んだ。水もあってよかった。ううっ。
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 勘定は4430円だったか、もう高いのか安いのかわからない。

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沖縄北部の旅 2

2019年3月 沖縄2日目

 7時半起床、朝食。朝食の場になぜか温かいお茶が置いてない。これならうちから持って来るんだった。沖縄もここまでくると安いホテルでは緑茶は出ないのである。
北部は水が美味しいことで知られるが、同じ北部でも昔、恩納村のお菓子御殿で出てきた水は、サンゴ礁を思わせる硬水だったことも思い出す。どうせ硬水なら、紅茶を
淹れれば美味しいのかもしれない。

 朝食にはなぜかモーニングカレーがあるが、ほかは寂しめの普通の朝食、卵料理は卵焼きのみ。他のお客さんが「サワディーカップ」「ノー、タイワン」とやっていた。
ロビーにはスーツケースが一杯で、この外国人勢のものとみられる。多分海洋博公園を観光したんだろうと思える。

 出る前にホテルの人に、本日の夕食についてご相談してみた。民謡酒場があって、
そこなら無料で送り迎えしてくれるという。そして昨日見た居酒屋は時間的に閉まっていたのであり、別に店じまいしてるわけではないとのこと。

 本日は古宇利島を目指す。古宇利島は今帰仁から見ると屋我地島の向こうにあるので、まずはワルミ海峡をワルミ大橋を渡って屋我地島に渡り、その後その向こうがわの古宇利島大橋を渡ることになる。ワルミ海峡を地図で見ると、誰かがびりっと破いたよう。
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 ワルミ海峡は海の色ともあいまってなんとも美しかった。
そして、よしゃーいいのに私ときたら砂浜まで降りてみるのである。砂浜には主に中国語やハングルが記されたペットボトルなどが打ち上げられていた。鹿児島JAの肥料袋も。これはこれで旅情か?静岡県の海岸ではあまり出会わないし。だがその向こうには、ネコ車と椅子が。島の人まで棄てちゃダメじゃないですか!
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 相変わらず外国人も多い。緑がかった金髪、ミニスカにストッキングにブーツで思いっきり浮いている女子もいる。旅支度は難しい。沖縄では、もっとだらけた恰好が相応しい。若ければビーチサンダルで・・もっとも、ついうっかりそのまま飛行機に乗って帰ってしまい、周囲の視線を浴びながら地元にたどり着くとそこは雪が舞っていた、という話を聞いたこともある。気を付けましょう。

 車に戻る。カフェやレストランが頻繁にある。沖縄そばの店はあちこちにあり、その名も「橋のそば」とか「ヒルギソバ」とか。中には車エビを提供しますというレストランがあり、これは養殖場が経営しているようだった。ホテルの近くであれば、夕食は多分ここで食べた。(というか、お酒を飲みたいのでタクシー手配していけばよかった!!)
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 パイナップル畑の中、屋我地島を通り抜けて古宇利大橋を渡る。ワルミ大橋とは全然眺めが違う。風が強い。歩いている人もいる。渡り切った浜辺では記念撮影をしているグループがおり、若さかげんと人数を見れば、修学旅行らしい。島をわたるなり、「海が見える物件、お任せください!」という不動産広告を見た。

 オーシャンタワーは800円、まずは無人カートに乗って様々な植物を植えられた坂をぐるぐると周りながら高台に上がっていく。なぜか最初に貝の博物館があり、貝殻の標本が沢山展示してある。貝殻なんぞそのへんから拾ってくればなんとかなると思ったら大間違い、拾ったものは中身が死んでいるので貝にツヤがない。ちゃんと生きているのを地中に埋めて中身を腐らせて改めて取り出すと、標本として価値のある貝殻になる、と夫が。マジですか!
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 その昔の少女漫画御用達のホネガイ、その昔大英博物館から300万円で買われたという リウグウオキナエビス貝 (浜で拾ってみたい!)など、その気になってみれば実に見ごたえのある展示だった。当然ミュージアムショップが併設され、つい買ってしまう。
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 タワーに上ると今わたってきた古宇利大橋を望む絶景が望める。途中、焼き菓子の香りがぷんぷんと漂ってきて、同じ沖縄でもそのまた先の先の島だというのに、きちんと作られたシュークリームなんぞが並んでいる。それをなんとか振り切ってタワーを
降りればお土産屋があり、入るなりすかさず、店で作っている特産品のカボチャを使ったおまんじゅうの試食を渡され、それだけでなくこの店もまた試食が潤沢にふるまわれているのだった。もちろん誘いは断れず、あまりにも上手に作られたドライパイナップル入りのホワイトチョコレートを購入。

 観光客のおっさん達が「こんなに食べたら食事が入らなくなる」と言いながら試食
している。試食の意味とは一体?試食の挙句不要と判定されたなら作った方の負け
だが、買わずに試食で済ませればその人の勝ちというというわけでもない。何が言いたいのかといえば、やめときゃいいのにタダと思えばやめられないおっさんの情けなさがいっそほほえましい、ということでひとつ。はい。
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 そのまま古宇利島を一周する。とにかく、カフェが多い。この程度の大きさの島なら
いっそ全店制覇してみたくなるほど。しかし人はそんなに飲み食いばかりしていられるわけでもない。あんなにカフェばかりあって、ちゃんと利益が上がっているのか、おばさんは心配です。

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 さあ次はお決まりの海洋博公園だ!お昼どきでもあり、ホテルの前を通るので隣のダチョウソバに寄ってみた。お店の場末感といったらすごかったし、もーちょっと掃除したらと思ったが、まあ話のタネだ。店内にはダチョウの卵のカラが置いてある。だがそれ以外にはダチョウっぽいところはなくただの食堂だ。肝心のダチョウはといえば、赤身の牛肉から牛肉の匂いを取り去った感じだった。夫はカンガルーの肉に似ていると言ったが、それで容易に納得できるわけもない。残念。
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 それはいいとして、夫が何気なく手に取った新聞によれば、沖縄にもスギ花粉が飛んでいることが判明。記事によれば半世紀も前に秋田杉を北部に植えたのだとのこと。花粉の存在を気にせず遊べると思っていたのに、道理でなんか鼻がくしゅくしゅすると思った。それにしても余計なことをしてくれたもんだ。

 本部(もとぶ)町海洋博公園に向かう。美ら海水族館はあまりにも有名だ。一見那覇からは遠すぎるが、海だきれいだと騒いでいるうちに例のパイナップル食べ放題などの観光施設が並んでいるエリアに到着、むしろ水族館がどーでも良くなるほどなので、安心していい。そして、その先の海上には伊江島という隠し玉も存在する。フェリーで行かねばならないがそれがまた特別感のある花の島で、我々が次にまた来るとしたら、ここに渡ることになる。

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 「子ヤギ売ります」とか「アヒル肉売ります」の看板を眺めながら海洋博公園到着。
とにかく広い。駐車場が沢山ある。大型バスでやってきた外国人でにぎわっている。
広さを利用したマスゲームのような花壇は手入れが行き届いている。むしろ沖縄の場合冬の方が様々な花が楽しめる時期なのだと思える。コスモスとか2月に咲いてるし。
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 で、美ら海水族館の名前を出しておきながら、そちらには行かずに植物園である熱帯ドリームセンターを目指す。だが途中に沖縄民家園があり、夫これに捕まる。
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最初に見た民家ではお茶まで入れてくれて、裏にまわるとヤギが3頭、いやに歓迎してくれると思えば、こちらがわにエサらしい草が置いてあるからで、やってみたら食べる食べる、ひっきりなしに食べた。さっきの「子ヤギ売ります」の看板の子ヤギは結局いくらなんだろう。

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 近く(と言ってもけっこ〜歩くが)には万葉植物園みたいなもので、沖縄の歌集「おもろそうし」に出てくる植物を集めたエリアがある。地味中の地味だけど、こういうのを「意味がある」というんだね。
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 熱帯ドリームセンターはいわゆる熱帯植物園で、花屋的なランを大量に、マニアな
ランはそれなりに、後は熱帯の果実やスイレンなど展示している。問題は熱帯ドリームセンターという名前で、これで植物園だとどうしてわかるというのか。展示も場所柄
難しい。熱帯果実なぞは、見るだけではなく、食べられるフルーツパークの方がいい
わけで、そしたらもっとお勉強の方に力を入れるべきではと思われた。
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 もっとも、詳しい人が見れば地の利以外の展示も見つけられるはずで、例えば途中、ストレリチア・ニコライに出会った。ポルトガルの植物園では同じものが2階ほどの
高さで咲いていたが、ここでは私ほどの高さで咲いている。剪定とかしたの??
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 よそ者にとってはそれでも普通に楽しい。ヘンな魚も展示してるし、熱帯スイレンの
池では明らかに鯉ではない魚が泳いでいるし。この魚ときたらなんとアロワナであって、立て札には、「これはアロワナです」というのではなく、「アロワナにかじられるから
池に手を入れないで」と書いてあった。
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周りが見渡せる高いところにも上ってみた。
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 ホテルに帰って広いお風呂を独り占め。その後は6時45分、民謡酒場からお迎えに来ることになっていた。7時から民謡ショーで、お迎えは他の一組と一緒だという。
他の一組とやらは若いカップルで、貸別荘に泊まっているという。お迎えの人は、何時でも別々でも送りますよ〜、と言っている。別々ってあなた・・・。

 そして始まった民謡ショー、出てきたのはお迎えの人だった。こちらに指定された席はステージのド真ん前で、盛り上げてもらおうと期待された感じ?だがこちらはお腹がすいていた。始まったからと言っても気にせず食べていたら、「ちょっと、拍手もなし?」と声が飛ぶ。すんません、無粋な客で。

 だが顔をあげてみると小さなステージの後ろには祝成人と刺繍された金色の着物が飾られていて、本人の名前の横にはなぜか「次男」の文字が。ああ、歌っている彼はこういう青春を送ったわけなんですね。それはともかく、民謡ショーに普通に他県の
老若男女を呼べるのは沖縄くらいだろう。安室は含まれなくてもビギンとか夏川りみとか「うみよー、そらよー」のアレくらいなら皆聞いたことがあるはずなので。そもそも民謡とは何なのかという問題はともかく。
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 途中、歌手とお客が絡む。迎えの車で一緒に来たカップルは九州から来ていて、つきあって10年目ほどだと知る。男子も若いが、女子の方は小柄なこともあり、白人の中に入ったら小学生と間違われそう。いくつの時からつきあっているのか女子は気が強いらしく男子の方が「あれはあんまりではないのか」といった話をしている。女子は無言。その横で飲む酒の美味いこと不味いこと。

 帰りはまた別のグループと一緒の車に、だからと言って何の不満もない。彼らは仲良しのグループで、「今年の旅行先」として沖縄を選んだのだという。泊まっているのは民謡酒場のオーナーが営む 「長浜ビーチリゾート 海音KANON 。空港までリムジンでお迎えに来てもらえたが、運転手が女子だったので驚いたと話した。

 リムジンというと、特急電車のごとく向かい合わせで座れて、肩を出したドレスかマイクロミニの女子がシャンパンでおもてなししてもらえるイメージがあるが、どこまでやってもらえたかは聞かなかった。いや、やってもらえないならばいっそ乗る方が準備していけばいいだけの話。やがてたどり着いたリゾートホテルの周囲には畑があり、バナナも植えられていて、リムジンはどうでもいいけどこれなら泊まってみたい!!

 彼らを下ろしてからホテルへの車内ではオーナーの思い出話。夫を失いどうしようかと思ったが子供が一緒に頑張ろうと言ったのでここまで来られた、リムジンも1台では足りないのでもう1台買おうかと話している、と。こちらとしては資金とか担保とか色々頭をよぎるが、結局は海洋博公園や周囲のコンテンツに後ろ盾されてここまで来れたと言える。

 この日は長かった。

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沖縄北部の旅 1

先日、沖縄北部の旅行。
いつもの、妻による旅の記録。

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 南のほうに行きたいと台湾の高雄に行くはずが満杯で、行先を沖縄に変更。
2019年3月6日、我々は花粉漂う羽田を出発、気流の悪いところで飛行機が揺れるたびに女子高生修学旅行組の黄色い悲鳴を聞きながらなんとか那覇空港にたどり着いていた。

今回は北部観光、12時50分名護ターミナル行きのバスに乗る。路線バスなので通るのは混雑する国際通り。このあたりなら渋滞も楽しい。首里城なんぞより、ずーーーーーーっと那覇の象徴!である公設市場の入り口にドンキホーテが出来ているのを発見したり。はす向かいにあった三越はとっくに撤退していて、現在那覇に残っているデパートはリウボウのみか。

 人を載せたり下ろしたりしながら58号線を北へ。海岸線にはリゾートホテルが立ち並ぶ。58号線の反対側には様々なカフェやレストランが競い合う。色々試してみたい
ところだがそれをやるなら盛大な日焼けをしたうえで、20kg太るつもりで1年くらい住まないといけない。←それでも心は揺らぐ

 那覇、浦添、宜野湾ときて北谷(ちゃたん)のアメリカンビレッジを通る。ここには一昨年泊まった。エイサー大会を見に行ったのだが、台風の中観覧車に乗ってみたりドクターフィッシュを体験したり、コミュニティバスに乗ってみたりという滞在だった。
 この中で何が一番面白かったかと言えばコミュニティバスで、民家のありようとか庭に植えられているものとかが何とも言えず楽しくて。これだから沖縄はサイテーで、帰ってくるなり、また行きたくなる。路地の全てをクリアしたくなるのである。
 
  それはともかく、道を挟んで反対側にはアメリカ軍の陸軍病院が見えた。一番上の階まで救急車のまんま上がっていくことができるのだと30年も前に聞いたことがある。便利なのか野蛮なのか、今でもわからない。

 嘉手納(かでな)、読谷村(よみたんそん)、を通って恩納村(おんなそん)に入る。
恩納村の道の駅はその名も「おんなの駅」だった。これは絶対おかしいと思うが、間違っていると言っていいのかどうかがわからない。この名前で「寄ってみようよ!」
となるのだろうか。誰が考えて、誰が許可を出したのか顔を見たい。
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 その恩納村でバスを下車、レンタカーの事務所に行く。空港から中部あたりまでの車の運転が大変そうなので、ここまで来れば運転は容易なはず。事務所はバス停から近く、借りるのも返すのも、多分ここが一番便利。それにしても、沖縄随一のリゾート地の恩納村は遠い、それは路線バスに乗ったからで、実は空港直通特急バスが同じバス停にとまってくれることが判明、さすが恩納村。

 軽なのだが、実家の母のとはすこし勝手が違う車を運転して立ち寄ったのは御菓子御殿だった。別に恩納村まで来なくてもお菓子御殿の店舗はいくらでもあるが、ここが本店だからである。ここの紅イモのタルトは有名になりすぎて、日本国中、沖縄物産展となれば必ず並ぶ。はず。
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 店内に入ると外国人含めてお客は多く、盛大な試食がふるまわれていた。一服
するかというわけで、よせばいいのに氷ぜんざいを注文してしまう。上に乗っかった
アイスクリームがいやに大きい。氷の下に隠れている煮豆がこってりと多く、異常に
うまい。ぬかった。やめるにやめられなかった。
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 恩納村を北上、金武町、宜野座を通り、名護市をかすめて今帰仁(なきじん)にある
ホテルを目指す。途中、沖縄フルーツらんどだのなごパイナップルパークだのがあり、
パイナップルパークではパイナップル食べ放題だとのこと。多分そのパイナップルは
現地で食べる醍醐味として果汁でびしょびしょになるほど熟しているはず・・・。
 
 ホテルに到着したのは5時すぎだった。ブエナビスタという名前でもうちょっといいのを想像していたが、ビジネスホテルっぽい。だが、大浴場があった。温泉でないことは確実だが、広ければなんでもいい。二人利用なのに、トリプルの部屋をもらえたので、こちらも広く使えた。

 一休みして村でも見てまわろうかとロビーに降りる。毛糸の帽子をかぶったアジアの
客が一人座っていた。これからどこをどうまわるのか知らないが、風が強い沖縄でニットはあまり意味がない。必要なのは風を防いでくれるものなのである。同様にしてつばの広い帽子にはゴムとか紐をつけておかないといけない。ダサいもへったくれもない。5分でぶっ飛んで行方不明になってしまうからである。

 外に出る。隣はなぜかダチョウ園だった。レストランが併設され、ダチョウそばとか
ステーキ、目玉焼きとか書いてある。日本で初めて飼育に成功したとあるが、動物園の存在を思えばそこは「飼育」ではなく、「繁殖」と書くべきなのでは??というか、動物園のダチョウは繁殖に成功してるのか?採れた卵はどうしているんだろう。

 ホテルの人によると、今帰仁(なきじん)は何もないのがいいのだそうである。だが村をまわってみれば電灯を沢山括り付けた畑があり、電照菊を初めて見ることができた。もっとも沖縄なんだから、3月でもダリアだのヒマワリだのツツジだのが咲いており、
庭木はクロトンやコルジリネである。何もないんじゃなくて、何を見出せるかが試されているのだ。多分。ほかにどう言えってか。
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 フクギの防風林に囲まれた昔風の農家・民家を横目にに見つつ歩く。途中、居酒屋発見。毎晩ホテルで食べるのはイヤだと思っていたので救われた気持ちになったが、閉まっていた。

 ホテルに帰り、広々と入浴、夕食は7時、ホテルのレストランというか居酒屋っぽい
ところで。生け簀の魚を使ったお刺身が安いので注文、お店の女の子が網もってすくいに行くが、逃げられてばかりでいっかな捕まえられないのが見物できる。よくみると
生け簀の魚は来たときには5匹いたが、今は3匹ほどだ。ちゃんと注文はあるらしい。皿に展開されたそれは食べると関サバに似ていて硬く、お得だった。
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いまだにSTEPモーターは届かない。なので、Smart Hand Controller をいじっている。
そのまえに、訂正をひとつ。
前回のエントリで ディスプレイを Smart Hand Controller の画面と書いたが、KEY の割付が正しいか確認する画面でした。

このスケッチを動作させて、Arduino のシリアルモニタを起動して、 Smart Hand Controller のキーを押すと、どのキーを押したかを表示させることができる。これにより、希望する割付になっているかチェックできる。このユーティリティを使って、すべてのキー配置を確認した。
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Smart Hand Controller のスケッチ本体は、Onstep → addons → St4Serial → SmartHandController フォルダに一式がある。この中の SHC_Config.h に ESP32 用のPIN MAPの定義があるので、製作した基板に合わせて変更した。スケッチをコンパイルしてESP32ボードに書き込む。

Onstep 本体側はConfig ファイルを #define ST4_PULLUP 、 #define ST4_HAND_CONTROL_ON に設定し再コンパイル。
ケーブルを配線して LX80 Onstep と接続して起動すると、画面はこのように表示された。
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しばらくすると BLACK になり、なにも表示されなくなった。マニュアルによると、このあと Onstep 本体との通信が確立されて初期位置の赤径・赤緯が表示されるはずである。
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Onstep との信号線をLOGICチェッカーであたってみると、通信のやりとりなどそれらしい信号にはなっているようだが動作しない。どこか設定にミスがあるようだ。

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