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713年行基菩薩の開基と伝え、古義真言宗に属する。もとは葛井寺と称したが、弘法大師の高弟道昌僧正が868年堂塔を興して法輪寺と改め、弘法大師の修業の遺跡として有名な境内の葛井に姿を現した虚空蔵菩薩を自ら彫って本尊とした。 |
義経&平家伝説をゆく
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小督局は桜町中納言藤原成範の娘。高倉天皇(在位1168〜80年)の中宮建礼門院(平清盛の娘徳子)つきの女房で、宮中一の美人の名が高く、高倉天皇の寵愛を受ける。範子内親王を生むが、清盛の怒りをかって嵐山に追放され、その時の仮住居がこの小督塚辺りであったと云われている。 |
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もとは三宝寺といい往生院の子院であった。早くに廃絶したが、その後小堂を建てて滝口寺と号した。 |
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往生院祇王寺と号する真言宗の寺である。平安時代に法然上人の弟子、念仏房良鎮が開創した往生院があったところで、その草庵の一つに1178年白拍子の祇王らが隠棲したことにより祇王寺と呼ばれる。 |
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律宗唐招提寺派。平安時代のはじめ右大臣清原夏野の山荘のあったところで、死後山荘をあらためて、寺とした。土地にちなんで双丘寺と号したが、その後荒廃。平安末期に待賢門院の御願によって再興され、法金剛院と改められた。境内には御陵がある。 |



