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宇治神社の上社にあたり、稚郎子皇子を主神とし応神・仁徳両天皇を配祀する。宇治神社とともにむかしは宇治郷全体を氏子としていたが、現在はわすかの氏子となりわびしいが建物が我国最古の神社建築であることにおいて極めて貴重な存在となっている。 |
京都の世界文化遺産
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深雪山と号する真言宗醍醐派の総本山。醍醐の山上・山下にわたって多くの堂塔が建並び山上を上醍醐、山下を下醍醐とよび、総称して醍醐寺という。理源大師聖宝が貞観年中、上醍醐の山上に観音像を奉安したのが当寺の起こりとする。又、青龍権現を勧請して密教護持の神とあがめ、山中に涌き出る醍醐水にちなんで寺名とした。 |
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栂尾山と号し、もと明恵上人が華厳宗の道場とした名刹である。現在は真言宗御室派に属する。上人は鎌倉初期の人で紀伊有田郡に生まれ、幼くして両親と死別し高雄の文覚上人に師事した。 |
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臨済宗天龍寺派の大本山。正式名称は霊亀山天龍資聖禅寺。足利尊氏が後醍醐天皇の菩提寺として建立。曹源池庭園は西芳寺(苔寺)など庭造りの名手夢窓国師の作です。 |
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徳川家康が京都における居館として造営したもので、15代将軍徳川慶喜が大政奉還をしたところである。板倉勝重を造営奉行とし慶長7年(1602)5月に着手し、翌年3月には完成したといわれている。豊臣秀頼と会見した場所であり、大阪冬の陣・夏の陣にはここで秀忠とともに軍議を交わした。元和六年(1620)秀忠の娘和子が後水尾天皇の女御として入内するにあったてその輿入れがこの城中で整えられた。 |



