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五台山と号する浄土宗知恩院派の寺で、俗に嵯峨釈迦堂と呼ぶ。もとこの地には源融の山荘棲霞観があったが、これが後に寺となって棲霞寺と称した。永延元年(987)ちょうねん上人が愛宕山を中国の五台山に模して大清涼寺を建立しようとして志半ばで没し、弟子の盛算がその遺志を継いで棲霞寺内に釈迦堂をもって清涼寺としたのが当寺の起こりある。本堂には本尊釈迦如来立像(国宝)や地蔵菩薩立像(重要文化財)を安置する。 |
京都のミステリー
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滝口入道と横笛の悲恋の舞台となったところからこの名が付いた。あるとき、主君の清盛が開いた花見の席で、侍の齊藤滝口時頼は、女官の横笛が舞う姿を見て恋に落ちてしまった。身分の違いから清盛に叱責された時頼は出家を決意。そのことを知った横笛は滝口入道をやっとのことで探し出し、襖越しに想いを伝えたが、哀しく拒絶される。想いを歌に代えたが、それを詠んだ入道はさらに修行を積むために高野山に移った。一方、横笛も尼となったが、お互い出会うことなく、横笛は生涯を終える。それを知った入道はさらに修行を積み、高野の聖とよばれるほどの高僧になったという。本堂には滝口入道と横笛の木像が、千年の時を越え今は静かに並んで安置されています。 |
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往生院祇王寺と号する真言宗の寺である。平安時代に法然上人の弟子、念仏房良鎮が開創した往生院があったところで、その草庵の一つに1178年白拍子の祇王らが隠棲したことにより祇王寺と呼ばれる。 |
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平安初期、嵯峨天皇の皇后 檀林皇后が洛西嵯峨野に営んだ高大な寺。京都で最初に禅を請じたとして知られるが中期に廃絶。現在は皇后の遺徳をしのんで昭和三十九年(1964)に創立されたもので平安期の檀林寺とは直接関係がない。真言宗大覚寺派。松森山と号する。 |
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「源氏物語」の中には、光源氏に恋をした六条御息所(みやすどころ)という女性が、嫉妬のあまりの激しさに生霊となって、光源氏を取り囲む女性や光源氏の妻 葵の上、その子 夕霧を次々に殺していくという、恐ろしい内容の話しが記されている。「源氏物語賢木(さかき)の巻き」はここ野宮神社が舞台となり二人の哀しい別れを描いている。決別の後、自ら命を絶った六条御息所は死してもなお怨霊となり、光源氏の最愛の人である紫の上の命までも奪うのである。しかし、現在では野宮神社は六条御息所のパワーを借り縁結びの神様として有名になっています。 |


