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宇賀御魂神・猿田彦神・アメノウズメノカミを祀る。古記によれば在原業平の時代にすでに社殿があったと記載されている。現在の社殿は天保十一年(1840)信徒の寄付で造営されたものである。明治五年(1872)に吉田神社の末社に指定。 |
京都の観光名所
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黒住教の教祖黒住宗忠を祀る。宗忠は1780年、備前国の神主の家に生まれ、1814年、冬至の日に神人一体の霊感を受け、黒住教を創始した。幕末には孝明天皇唯一の勅願所となり、皇室や二条家、九条家からも厚い崇敬を受けたといわれている。 |
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正式名称を鈴声山真正極楽寺という天台宗の寺。叡山の戒算上人が984年、一条天皇のご母東三条院藤原詮子の御願によって神楽岡東の離宮内に堂を建て、慈覚大師の作と伝える阿弥陀如来の像を安置したのが始まり。その後、幾度か寺地を変え、1693年に現在地に移転した。 |
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山号は紫雲山。本尊は阿弥陀如来。通称を黒谷さんと呼んで親しまれている。知恩院・清浄華院・知恩寺とともに浄土宗四カ本山の一つ。比叡山を出た法然が承安5年(1175)に師の叡空から、この地にあった比叡山の白河禅房を譲られ、念仏道場としてことに由来法然の没後、紫雲山光明寺となった。さらに後光厳天皇から金戒の文字を賜り、現称となった。当寺は松平容保の会津藩の幕末維新における本陣であり、墓地には会津藩殉職者が埋葬されている。 |
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864年、慈覚大師が自作の聖観音菩薩の像を祀り、国家安泰、衆生救済を念じて創建された。その後鉄舟和尚が江戸時代年間(1864−8)に復興して臨済宗とした。和尚は松尾芭蕉とも親交があったことから寺内には芭蕉庵となづけられた庵がある。 |



