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いやいや、久々に忙しい。
睡眠時間も削って、なんとか酒を飲んでいる。
先日も飲み友達から急に誘いがあって、新富町の「11プレート」というワインバーへ。
おいしいパテとかピザとか食って、グラスワイン3杯飲んで、また会社に戻って仕事。
終電までに仕事が終わらず、帰宅してからも仕事。
3時間寝て、また起きて、早朝出勤して、また仕事…みたいな。
今日も、車で出かけたので、終電気にせず1時半まで仕事して帰宅。
腹が減ったのでビールに餃子食って、ようやくこうしてブログなんか開いたりして。
ここで眠くなって、一度お休みなさい…。
そして、目覚めて、二日ぶりに風呂にゆっくり入って、
メールチェックなど一仕事終えて続きを。
グールドのバッハを聴きながら自宅で仕事、なんていうのは会社を辞めたからこそ
できることで、これはうれしい。
しかし。
バッハもいいんだけど、最近のお気に入りは、なんと言ってもシューベルトのピアノソナタで
第21番から入って、次に20番、18番、14番、17番、19番と次々に好きになって
CDがどんどん増えていく。
もちろん、楽興の時とか即興曲とかも聞きますが。
で、何がそんなにいいのだろうと考えてみると、
ショパンほど甘くなく、ベートーヴェンほど熱くもなく、と言ってモーツァルトほど美しくもなく…。
ちょっと突き放したぐらいの、控えめな感傷というか
希望と絶望と不安と少しばかりの幸せと、そんなものが様々に混じりあい、
次々と表情を変えて出てくる、しかしそのどれにも、どっぷりと漬かることなく
どこかに冷めた孤高の諦観を感じさせつつ、それでも時に強い郷愁に翻弄されるような。
それは、ある意味、形式的には破たんしているのかもしれないけれど、
逆に言えば、とても自由で。そんな音楽自体のありようが
今のオイラの心にはとてもしっくりと馴染み、絶妙にツボなんだよなという結論に達する。
村上春樹が「意味がなければスイングはない」という本で、
やはりシューベルトのピアノソナタについて語っているのだけど、彼によれば、
「どうして(シューベルとのピアノ・ソナタが好きかと)あらためて質問されると
簡単には答えにくいのだが、結局のところ、
シューベルトのピアノ・ソナタの持つ「冗長さ」や「まとまりのなさ」や
「はた迷惑さ」が、今の僕の心馴染むからかもしれない。そこにはベートーヴェンや
モーツァルトのピアノ・ソナタにはない、心の自由な“ばらけ“のようなものがある。
スピーカーの前に座り、目を閉じて音楽を聴いていると、そこにある世界の
内側に向かって自然に、個人的に、足を踏み入れていくことができる。
音を素手ですくい上げて、そこから自分なりの音楽的情景を、気の向くままに
描いていける。そのような、いわば融通無碍な世界が、そこにはあるのだ」
と言う。
すごくよくわかる。さすがに、うまいこと書くなぁ(笑)。
ってな訳で、しばらく、マイ・シューベルト・ブームは続きそうだ。
ちなみに、色々聞いたピアニストの中では、マウリツィオ・ポリーニが完璧だと思った。
あの人は凄すぎる。
完璧な演奏。
ただ、それが一番好きかと言うと、そうとも言えないところが、音楽は難しいし、面白い。
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