いやはや日記

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音楽の小部屋

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金曜日は仕事の合間を縫って池袋の東京藝術劇場で
 
ユーリ・テミルカーノフ指揮、読売日本交響楽団の演奏会へ。
 
曲はチャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」とストラヴィンスキーの「春の祭典」。
 
 
これが予想外の拾い物、なんて言ったら失礼で
 
いやはや、非常に素晴らしい演奏会で、かなりテンション高く会場を後にしました。
 
 
テミルカーノフは、それまであまり印象もなく、サンクトペテルブルク・フィルの音楽監督を長く務めている
 
ぐらいしか知らなかったのですが、前任のムラヴィンスキー同様
 
精度の高いアンサンブルをオケに求めはするものの、より主観的というか、
 
独創的なドラマティックな響きが印象的。
 
 
最初の「弦セレ」から、なんとも色っぽく、アンニュイな重々しい響きで
 
ロシアブルジョワジーの豪壮にして隠微な愉しみ、といった風情。
 
あ〜チャイコフスキーの甘さには毒があるなぁと、今更ながら思わせるような
 
濃〜い感じの演奏でございました。
 
 
片や休憩を挟んだ「ハルサイ」は、こちらこそ本来、原初的なエロスの爆発、的な
 
音楽だと思うのですが、何故かテミルカーノフの解釈は
 
エロスよりはずっと凄惨な、血なまぐささが際立つ演奏。
 
 
冒頭のファゴットからして、止まりそうなほどゆっくりで、何やら不吉な前兆が漂う。
 
その後も、ノリに任せるのではなく、むしろ弱音に拘った、妙に繊細で粘っこい演奏。
 
 
ま、太陽神に処女を生贄として捧げる異教の宗教儀式を描いたという内容なのだから
 
そりゃ、恐ろしいのは当然なのですが、そこに不思議なほどエロスの匂いがしない。
 
というか、エロスを感じさせるほどの余裕を聴く者に与えない。
 
なんとも熾烈な演奏。
 
 
世に多い「ハルサイ」は、振ってる指揮者のカタルシスを聴衆が共感する、みたいな
 
ことのように思われるのですが(それはそれでよいのですが)
 
少なくともテミルカーノフは冷静そのもので、狂宴の司祭ではあっても踊り狂う者ではない
 
といった冷徹な立場を貫いているよう。
 
なんか異様な緊張感で、聴いててホント疲れました。
 
 
 
にしても、読響の演奏はかなりのレベルで、テミルカーノフが大事にしている
 
弱音が出色の出来。特にトランペットとかトロンボーンとかホルンとか。
 
下手こくとメロメロになりそうな金管部隊が実に優秀であったと思います。
 
 
余りに面白かったので、夜中にウチに帰ってからも、
 
youtubeで「ハルサイ」のバレエ映像を見てたのですが
 
それもまた興味深く、特に、この春に演奏された東京バレエ団のパフォーマンスは素晴らしかったですね。
 
ベジャールの振付に忠実で、こちらはエロスの祭典でした。
 
ではでは。
 
 
 
 
 
 
 
久々に音楽ネタを更新。メモ風に短くしときますね。
 
●2月15日 @横浜みなとみらいホール
金聖響 指揮/神奈川フィルハーモニー管弦楽団
マーラー/交響曲第10番
 
P席で金さん(遠山じゃない)の表情を眺めながら鑑賞。
 
滅多に聞けない10番全曲版。
 
それが聴けるだけでもすごく嬉しいのに、さらに期待以上のいい演奏でした。
 
オケも大きな破綻なく、まずまずのレベル。何より、曲に対する金さんの
 
熱い思い入れがフツフツと感じられ、「こなしてる」感のない、真摯で感動的な演奏でありました。
 
CDの少ない曲なので、この日の演奏が発売されたら、買ってしまうかも。
 
 
●2月25日 @東京芸術劇場
大友直人 指揮/日本フィルハーモニー交響楽団
佐村河内 守/交響曲第1番「HIROSHIMA」
 
昨年、話題になっていて、CDを買い、何度か聞いていました。
 
なんとも重くて壮絶な、それでいて美しい曲。
 
現代の日本で、こんな曲を作っている人がいるとは…という驚きがありましたが
 
その、東京での全曲初演ということで行ってみました。
 
会場の入り口で、ご本人の姿を見ました。
 
この日の様子は、後にNHKスペシャルでも放送されていましたね。
 
それにしても、聴力のない彼が、どれだけの努力でこの曲を書き上げたのか
 
想像するだけでも気が遠くなるような話です。
 
だからと言うわけではなく、素直に聴くに値する作品だと思いました。
 
個人的には、ロシア的な響きを感じます。チャイコフスキーから、スクリャービン、ショスタコーヴィチ、
 
そしてマーラーのようでもあり、ハンス・ロットの交響曲にも似ているような…。
 
まさに現代のクラシックだと思います。それをアナクロとは言いたくないし
 
今の時代に、こういう曲を作る人がいても全然いいと思います。
 
願わくば、海外の人にも聞いてもらいたいですね。
 
ベルリンフィルで取り上げてくれないかなぁ(笑)。
 
ととと。語り始めると長くなりそうなので、ここまで。
 
 
●3月3日 @すみだトリフォニーホール
長田雅人 指揮/オーケストラ・ダスビダーニャ
ショスタコーヴィッチ/交響曲第4番、5つの「バレエ組曲」より抜粋
 
ぬぁんと、ショスタコーヴィチを年に1回演奏するために作られたアマチュアオケ!
 
これがまた、上手くて笑っちゃう!
 
難曲、第4番ですよ。それを難なく弾きこなす、吹きこなす。
 
日本のアマチュアオケのレベルの高さに感服。
 
昨年は、マーラーばかり演奏してるアマオケも聴きましたが、
 
そんなオケがたくさんある日本って、不思議な国だよなぁ。
 
で、とにかくメンバーが多くて、舞台に上がった奏者が120人以上!
 
この全楽合奏の音圧の凄まじいことと言ったら!!
 
この世のものじゃありませんよ。
 
いやいや、楽しかった。
 
 
●3月16日 @東京芸術劇場
シルヴァン・カンブルラン 指揮/読売日本交響楽団
マーラー/交響曲第6番
 
フランス人指揮者のマーラーって、余り聞きません。
 
ま、ブーレーズぐらいですかね、一時期よく演奏してたのは。
 
デュトワも8番は聞いたけど、CDはないし。
 
フランス人はあまりマーラーが好きじゃないみたいです。
 
でも、このカンンブルランの演奏は、思いの外よかった。
 
非常にテキパキとしたメリハリのついた演奏で、ブーレーズと違って(笑)、聴いてて面白かったです。
 
決してドロドロしない、まさに音を楽しむ「音楽」としてのマーラー、と言った感じ。
 
そういう意味では、極めて現代的な解釈なのですが、聴かせるのが上手いというのか
 
結構満足度が高かったです。
 
で、読響も、いいんですよ。どこかのN響みたいにボロボロになることもなく
 
ストレスなく聞ける程度には、なんとか持ちこたえてました。
 
この指揮者で、マーラーの他の交響曲も聞いてみたいですね〜。
 
 
●4月3日 @サントリーホール
ジェームス・ジャッド 指揮/東京都交響楽団
ヴォーン・ウィリアムス/交響曲第5番、エルガー/弦楽セレナーデ、
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
 
P席、2,500円ですよ。いやぁ安い!
 
滅多に聞けないヴォーン・ウィリアムス。オイラは第2番「ロンドン」が大好きなのですが
 
この日は第5番。でも、これが、渋いのですが、実にいい曲。
 
シベリウスに献呈されたというだけあって、本当に、後期のシベリウスのような
 
静謐で内面的な曲。
 
都響も上手いですね。全然文句なし。
 
ジェームス・ジャッドはお国モノだけに曲に対する愛情がこちらにビシビシ伝わってくるような
 
クールだけど熱い指揮ぶり。
 
いやぁ、いいもの聞かせて頂きました。
 
 
●4月10日 @サントリーホール
ステファヌ・ドゥネーヴ 指揮/シュツットガルト放送交響楽団
ブラームス/ヴァイオリン協奏曲(Vn 三浦文彰)
 
当日の夕方まで、忘れてたのですよ。チケット買ってたこと。
 
開演1時間前に、ふとしたきっかけで思いだし、無事、聴けました。
 
しかし、聴けてよかった。
 
すごくお得な感じの素晴らしい演奏でした。
 
シュツットガルトといえば、大昔のシューリヒトや、ちょい昔のチェリビダッケのオケとしても
 
有名な、ドイツの実力派。
 
このところ国産オケしか聞いてなかったオイラとしては、久々の海外オケでしたが、
 
いやはや、べらぼうに上手くて、愕然。
 
やっぱ、上手いな、これが世界レベルか〜とショックでした。
 
特に、ベルリオーズの幻想!!
 
これが目の玉飛び出るような名演だったのです。
 
この指揮者も只者ではないですよ。
 
ドイツの名門オケから、こんな煌びやかで繊細で軽やかな音を出すとは。
 
プログラム見た時は「けっ、幻想かよ!」とか思っていたのですが
 
とんでもございません。度肝を抜かれたような、凄い演奏でした。
 
P席5000円なら、安いもんです。
 
アンコールのビゼー「カルメンからファランドール」とラベルの「マ・メール・ロワ」もよかったなぁ〜。
 
昨日は銀座の王子ホールで、ポール・ルイスのシューベルト・チクルス最終回を鑑賞。
 
19,20,21番と言う最後の3曲のピアノ・ソナタを一度に聞けるとは、なんたる贅沢。
 
そして、また演奏が実に素晴らしく、これぞ理想のシューベルトといえるものでした。
 
 
ポール・ルイスは、2年前にも18番を聞いており、ブレンデルを師と仰ぐだけあって、
 
音の流れの綺麗な、割と優等生的な演奏というイメージだったのですが
 
今回はいい意味で裏切られました。
 
 
一音一音を大切に、端正に淀みなく音を並べて早めのテンポで進行するの゚は、
 
前回同様で予想通りなのですが、今回はなんだか、演奏のスケールがぐんと大きくなったというのか、
 
弱音と強音の間隔が倍ぐらいに広がったというのか、
 
予想外の奔放さが頻出して、少々面喰うほどでありました。
 
 
時に非常に情熱的で激しい響きが印象的で、とりわけ、20番の第2楽章などは
 
なんとも凄味のある、おどろおどろしい程の演奏。
 
音の強さもさることながら、なんと言うか、決して激情に駆られるわけではないのだけど
 
うまくコントロールされた説得力のある情熱というのか。
 
とにかく、全体の構図を乱すわけではないのだけど、とてもパワフル。
 
死のほんの数か月前、身体も弱った状態にありながら、シューベルトはここまで充実した力強い曲を
 
作曲したのかと、そのように思わせる、前向きな演奏。
 
基本的にはオーソドクスなのだけど、繊細にして大胆。スマートにして情熱的。
 
相反する要素を同次元に盛り込んだかのような、一筋縄でいかない演奏。
 
 
言葉で言うのは難しいのですが、とにかく、非常に良かった。
 
オイラの中では、これぞシューベルトの理想形、と感じました。
 
昨年は、アリス・サラ・オット(17番)、ラド・ルプー(21番)、オピッツ(18番)と聞いたわけですが、
 
今日が、一番、素直にしっくり来たかも、です。
 
 
彼は今が一番油が乗り切っているのじゃあなかろうか。
 
技術的な面でも、精神的な集中力という面でも。
 
とにかく、これは素晴らしい演奏であったと思います。
先日、急性胃炎のため急遽来日中止となったピアニストのランラン。
 
チケットをようやく手に入れて楽しみにしていたオイラとしては、なんとも残念としか言いようがないのだが。
 
ツイッター上では、実はそれが中国政府による強制的な訪日中止措置ではないかと噂になっていて
 
胃痛で動けないはずのランランが、中国のリゾート地で、笑顔で食事している写真なんかも
 
アップされていたりする。
 
 
確かに、尖閣諸島の一件以来、両国のギクシャクは続いているし、
 
それが事実であっても不思議ではない、とも思う。
 
 
アルジェリアのテロ事件もそうだけど、我々の常識は世界の常識ではない。
 
中国にも、こちらの常識が通用しないことは何度も経験済みだ。
 
そして、世界が繋がるということは、そのような、それぞれの常識を調整しながら
 
関係を作るということなのだろう。
 
 
にしてもだ。
 
以前、バレンボイムが世界平和のために音楽ができること、のような話をしていたけれど、
 
本来、政治信条を超えて人々が感動を共有できる音楽という素晴らしい芸術を、
 
政治的な理由で人々から取り上げるような行為はまったく頂けない。
 
 
ランラン本人は、中国と言う国の枠を超えた本当のリベラリストだと思う。
 
もし、今回の来日中止が本国の指示によるものだとしたら、
 
何より彼が一番悲しい思いをしているだろう。
 
真相は薮の中ではあるけれど、そうでないことを期待したい。
音楽と言うのは、同じ演奏でも聴く人によってまったく正反対の評価となる場合が、間々ある。
 
そもそも正しいとか正しくないという価値観では測れないし、
 
100人いれば100様の聴き方があってよいだろうし、
 
だからこそ音楽は面白いのだともと思う。
 
 
で、今日のレイフ・セゲルスタムの演奏も、かなり評価が分かれるのかもしれない。
 
曲はマーラーの交響曲第5番、オケは読売日本交響楽団。
 
 
とにかく変わっている。
 
他のどんな指揮者とも違う個性的な演奏。
 
 
彼の演奏は3年前にも7番を聴いたけれど、その時もオイラはとても面白かったけど
 
最悪!と評していた人もいた。
 
今回も彼は変わっていない。
 
 
まず、彼の演奏はテンポが極端にのろい。
 
晩年のクレンペラーかチェリビダッケか。
 
常にのろいわけではないけれど、基本、のろくて、たまにググッとスピードアップする。
 
その緩急が、オイラは凄く面白いのだけれど、不自然でわざとらしくてイヤだという人も多い。
 
 
しかし、音楽の自然さってなんなの?
 
テンポにしたって、メトロノーム通りにやれば自然というわけでもなかろうし、
 
そもそも、曲というもの自体、生きてる人間が作った人為の塊じゃぁないか。
 
特にマーラーなんて、頭の中、意味不明にグチャグチャだよ、きっと。
 
不自然こそ自然と言ったってよいぐらいだ。
 
 
当然、音楽って、スムーズに流れればいいわけでもないだろう。
 
セゲルスタムの指揮は、あえて、流れないように、音を堰き止めて、
 
引っかかりを作っているような気がする。
 
 
イヤな人はそこにイラっとするのだろうけど、オイラは、そこが面白い。
 
流れが引っかかることで、音に耳が止まり、中身がよく聞こえてくる。
 
各フレーズから、今まで気づかなかった意味が、次々に生まれてくる。
 
発見の連続だ。
 
 
あえて言うが、スコアは紙切れに過ぎない。
 
それをナマの音に作り上げるのが指揮者の仕事だ。
 
とすれば、彼は、レシピに解釈を存分に加えて、まったく想像も出来なかった
 
新しい味を作り出してしまうような料理人だ。
 
 
そして。
 
彼の演奏を聴いて感じるのは、そのスケールの大きさだ。
 
音がチマチマしていない。
 
細かな音の強弱と大小を丹念に複雑に編みこみながら、1本の大きな流れを作っていく感じ。
 
その構成は実に綿密かつ効果的だ。
 
こういう演奏を聴くと、音楽って面白いなとつくずく思う。
 
オイラにとっては、そんな風に感じさせてくれる演奏こそ、よい演奏なのだ。
 
 
読響は、トランペットなど、若干おっかなびっくりなところもあったりして、
 
完璧ではないのだけど、指揮者のやりたいことがはっきりしているので
 
小さな瑕疵が気にならない。
 
ただ、ホルンはお世辞抜きで、とても上手かった。
 
何やらゲストで、昨年の何とかコンクールで優勝した人らしい。
 
 
そういえば、3か月前に同じ会場で、マイケル・ティルソン・トーマス&サンフランシスコ響で
 
同じ曲を聴いた。
 
その完璧なアンサンブルは、ある意味究極で、それはそれで大いに感銘を受けたのだけど、
 
スタイリッシュ過ぎるマーラーに幾ばくかの不満もあった。
 
その点、このセゲルスタムの演奏は、あくまで武骨で、洒落っ気ゼロ。
 
いわばトーマスの対極にある。
 
で、おかしいと言われることは100も承知で、オイラにとっては
 
このセゲルスタムの演奏の方が、心に響くのである。
 
 
セゲルスタムの演奏には、魂が宿ってる。
 
オイラが何より大事にしてるのはそこだ。
 
 
前日はインバル&都響もマーラーの5番をやっていたようで、オイラは聴いていないが
 
彼の演奏は想像がつく。
 
それはそれで、絶対にいい演奏だろうが、今回は、予想がつかない演奏、
 
の方を選んで聴きに行ってみた。
 
オイラ的には、十分に正解だったと思う。

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