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その頃。
23歳の私は、
その日も下宿の四畳半の万年床から出られない日々を送っていた。
その一室の片隅に置かれた籠。
30㎤の空間で飼っていたハムスターは、
その日も7㎤の彼の寝床に立て掛けられた12cmの梯子を器用に降りると、
籠の底に置かれた餌を存分に食べてから、
その横に置かれた回し車の中に入って、ただひたすらに運動を続けていた。
寝る、餌を食べる、運動をする、
そして籠の隅の決まった場所で排泄をする。
彼の日課はその繰り返しだ。
ある日、彼はいつもの様に回し車で元気に運動を済ませ、
梯子を上り寝床へと戻ろうとしていた。
そして私は、珍しく梯子を踏み外しふらつく彼を見た。
次の日、彼は少量の餌を食べた後、
回し車には立ち寄らずに、元気無く梯子を上り寝床に戻った。
その後、彼は排泄の為にいつもの場所に降りてきたが、
梯子を何度も踏み外し、やっとのことで寝床に辿り着いた。
翌日の朝、彼は梯子を上る途中で力尽きて冷たくなっていた。
籠の隅には、彼がいつもするように排泄の後があった。
彼は最期の日も、いつもの様に寝床を汚さぬように排泄を済ませ
(大好きな回し車を回転させることは出来なかっただろうが)、
いつものように梯子を上ろうとしていた…
正にその途中で命が尽きたのだろう。
私は彼の身体を下宿の庭の隅に埋めてから、その上に奇麗な石を置いた。
明朝。
私は早起きをして外に出た。
近くの駅の売店で「日刊アルバイトニュース」を購入し、
そのまま公衆電話から警備会社に電話をしていた。
8時半〜18時まで、日給六千円。
京葉道路を作っている現場で砂利を運ぶトラックの誘導をする仕事だ。
ひと月が過ぎた。
私の顔は、マスクを当てた口の周りを除き真っ黒に日焼けをしていた。
所長からバイトの代金を受け取った私は、
友人の多かったその下宿を引き払い、都内の中村橋に転居することにした。
転居先のアパートに向かう私は、駅前の賑わいに足を止めた。
暫くしてから仰ぎ見た空は無性に青かった。
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ハムスターでも最期まで生活のペースを守ろうとする。人間も見習うべき点がありそうですね
つい「1日ぐらいはいいかな」なんて生活のリズムを崩し、やがては人生も崩してしまうケースもあるようだしね。中村橋…航路には懐かしい地名です
仕事で西武線各駅の改修工事に従事していた頃がありましたから。中村橋って以前、交番の警官が殺害されましたよね(T_T)練馬駅では飛び込み自殺をみてしまって(@_@)引き取りの車両が来るまで「現場内に置かせて下さい」って!さすがに作業員は食事が…(T_T)あのシーンは生涯忘れないですね。
2013/9/14(土) 午後 8:33 [ 人生航路 ]
こんばんは。
小説を楽しく感じ始めたのが、19歳の頃!・・・と・・・遅く!それまでは、とにかく!国語が嫌い!文章を読むのも!書く事も!大嫌いな私でした。そんな風ですから、もちろん!読書感想文なんて・・・
大の苦手!・・・そんな私が、↑のお話を読んで感じた事は・・・
ただ!毎日直向きに!同じ事を繰り返す生活を送る事の意味!大切さ!を・・・この主人公は、ハムスターから教わったのでは!?・・
そして、それができなくなったハムスターから、無駄に過ごす時間がいかに!惜しい事であるか!一生懸命生きる事の大切さ!を学んだのかもしれない・・・
などと・・・難しい事を考えてしまいました・・・
・・・しかし、一番最初に思ったのは、「ハムスター可哀そう!泣」
でした。ああ!やはり!私ってオトメチックだわ〜・・(笑)!!!
☆
2013/9/15(日) 午前 0:36 [ 今日も、こっそり自然観察! ]
おはようございます
湖池健彦 aromaさんは学生時代にハムスターを飼われていたのですね。
生き物を飼うと、必ず訪れる『死』。
必ず『死別』があるのは解っていながらも、生き物の可愛さが勝って、飼いたくなるのが人間なのだと思います。
私も以前猫や小鳥などを飼いましたが、死別した時の辛さがあって、それ以来生き物を飼うのをやめてしまいました。
ところであと少しで『アロマ物語』が私の手元に届きます。
また読ませて頂いた感想を寄せたいと思います。
とにかく楽しみです。
いつもありがとうございます。
2013/9/15(日) 午前 3:58 [ てんし ]
航路さん、こんばんは!
あの頃の私は、目標を失い、失恋もして、失意のどん底にいました。
来る日も来る日も、身体に力が入らず、気力もなく、
朝から晩まで布団に潜り込んでいました。
ハムスターの「彼」は元気よく回し車で運動をしていて、
私はその音を聞くと、彼の行動をしばしば見ていました。
そんな彼の異変は突然やってきました。
そして、あっという間に死を迎えました。
彼は命が尽きるまで、日常の習慣を続けていました。
決して寝床では排泄はしなかったのです。
小さな動物でさえ、その使命を全うするのに、自分は…。
落ち込む都度、私は彼の事を思い出します。
航路さん。最近、航路さんのブログの更新されていませんが、
私のパソコンの調子が悪いのでしょうか?
2013/9/15(日) 午後 7:43 [ 湖池健彦 Essay ]
乙女チックな、昆虫ガールさん、こんばんは!
ひょっとして、ガールさんは、この文章を私の短編小説だと思われたのでしょうか^^
もし、そうだとしたら、とても嬉しいのですが、
残念ながら、これは私のノンフィクションなのです。
そう、私は失恋したくらいのことで寝込むひ弱な青年だったのです。
それにしても、国語嫌いだった昆虫ガールさんが、
最近では、すっかり昆虫小説家になっていますね!
どんどん腕を上げて、昆虫小説(昆虫写真紙芝居)を発展させてくださいね!
ハムスターの「彼」には名前も付けてありませんでした。
でも、彼のことは決して忘れません。
いつも楽しいブログを読ませていただき、ありがとうございます。
2013/9/15(日) 午後 7:55 [ 湖池健彦 Essay ]
てんしさん、こんばんは!
いつもお世話になっております。
少年の頃に私が飼っていた動物たちは、
猫、ウサギ、インコ、蚕、カブトムシ、蜘蛛などですが、
とくに猫やウサギが死んだ時は悲しかったですね。
自分になついている動物は、まるで兄弟のように感じますから。
てんしさんがおっしゃることは、もっともな感情だと思います。
「アロマ物語」は、私の少年のころの憧れ・経験・初恋・別れなどの
実体験が随所に入っております。
読んでくださった方の中には、随分と青臭い文章だな、と感じられる方も多いかもしれません。
イラストを書いて下さった杁栖(いりす)やよいさん、
アロマテラピーの知識の監修をして下さった葵智恵子さんは、
二人とも私の友人です。
「人生は出会いが全て」ということを、某有名人が語っていましたが、
それは真実なのだと思います。
2013/9/15(日) 午後 8:13 [ 湖池健彦 Essay ]
ハムスターが「生き様」を見せてくれたことで湖池健彦 aromaさんにスイッチが入ったのでしょうか。
私も15年飼っていた甲斐犬が亡くなった時のことを思い出しました。最後は食事が食べられなくなり、下痢が続き、ウジも湧いてしまいましたが、必死で介護しました。亡くなった日も立つことができなくなっていたので抱いて外に連れ出し外の空気を嗅がせてあげました。自分の服が水下痢で汚れても全然気にならなかったです。その日仕事から帰ったらすでに息絶えていました。でもまだ冷たくなっておらず、必死で私の帰りを待っていたのかと思うと涙が溢れました。
2013/9/19(木) 午後 10:01
ママさん、こんばんは!
そうです、当時の私は大学を卒業後も就職もせずに、腑抜け状態のまま、怠惰な生活に終始していました。
そんな時に彼(ハムスター)の生きざまをみて、人間である自分の使命を教えられたような気がしました。
中村橋では、新聞の専売所で黙々と働き、専売所のアパートで暮らしていました。その後、新聞を配達中に大きな怪我をして、それを機に信州に帰ってきました。
ママさん。15年も一緒に暮らした犬は家族ですよね。
動物は最期の最期まで生きようとする、その姿には教えられることが多いです。
病気になって、すっかり汚くなってしまった甲斐犬を、最期まで大切に扱ったママさんと暮らした15年間は、甲斐犬にとってさぞかし幸せな一生だったと思います。
あの世に行く前に、何とか一目だけでもママさんに会いたかったのでしょう、甲斐犬の気持ちを愛おしく思います。
本当に良い話を聞かせていただきました。ありがとうございます。
2013/9/21(土) 午後 7:22 [ 湖池健彦 Essay ]