|
2月13日、それは寒い朝のことだった。
私はいつものように朝食を済ませて、新聞を読んでいた。
携帯が鳴り、画面で名前を確認しようとしたが、
それは電話には登録されていないナンバーだった。
「先生、お久しぶりです。Sです」
思い当たる同姓は数人いたから
「どちらのSさんですか?」と。
「S・Sです。就職が決まったので報告します!」
と、明るい声が返ってきた。
電話の向こうには4年前まで私の塾に来ていた男子が居た。
彼は確か中学生のときに、私の個人塾に父親と共にやってきた。
理数系の才能にとても優れていたが、国語・英語が弱かった。
そう、語学にはまったく興味がないようだった。
高校入試は、得意の数学・理科で点数を稼いだので、
地元では2番目の進学校に合格した。
そして、高校生として引き続き通塾をしてくれた。
彼は高校では弓道部に入り、
4月、5月の紫外線を浴びて、真っ黒に日焼けしていった。
細かった二の腕に筋肉が付き、
高校生活も楽しかったに違いない、生き生きとしていた。
部活のことを楽しそうに語っていた彼だったが、
初夏になった頃から、弓道を話題にしなくなっていた。
…弓道部をやめてしまったのだ。
やめた理由は聞かなかった。
中学の時の行動や言動から、彼には、
人には言えない孤独や悩みがあるように推測していたからだ。
部活をやめた後、彼は勉強にもやる気を見せなくなった。
相変わらず、数学や物理は得意だったが、
苦手な語学は仕方なくやっている、そんな雰囲気だった。
私は当時の彼に良く言った。
「やる気がないなら、もう塾には来なくて良いんじゃないか?
月謝がもったいないしね」と。
そんな時、彼の回答はいつも決まっていた。
「う〜ん。でも先生、オヤジが行けって言うからさぁ…」
彼の、やる気の無いような、あるような、
そんな塾通いは高校3年の晩夏まで続いていた。
或る日、彼は「先生、入りたい学校を見つけた」と学校案内と過去問題集を持ってきた。
それは自衛隊の戦闘機に搭乗するパイロットを養成する学校だった。
「ふーん、こんな学校があるのか。知らなかった」と私は言ったが、
彼の学力で志願倍率の高いこの学校の学科試験をパスできるのか、
その時点では何とも言えなかった。
その日から彼は別人のように勉強を開始した。
苦手の語学にも意欲的に取り組んだ。
そして一次試験をパスした。
二次試験は、主として体力測定みたいなものみたいだから、
すんなり合格できると思った。
予想もしないことが起きた。
心電図で引っかかってしまったのだ。
戦闘機に乗るには急激な気圧上昇・下降にも平気な心臓が求められると言うことなのか…
彼の夢は遠のいてしまい、その落胆ぶりは気の毒な程だった。
しばらくして、
「ここに行きたい」と持ってきた大学のパンフレット。
初めて聞く名前の大学だった。
航空宇宙工学を学ぶ大学で、教授陣にはノーベル賞受賞者も…
彼はこの大学に進学した。
無線…、小型航空機…、そうした小さなステップを乗り越える都度、
彼はメールに国家試験の合格証を添付して報告してくれた。
アメリカにも語学留学をした。
それは当たり前である。
彼の目指す先には国際線の大型旅客機のコックピットがあり、
英語が出来なければ機長は務まらないのだから。
電話の向こうの声は弾んでいた。
「4月から◯△□航空の東京勤務になります」
「え、あの◯△□航空の旅客機を操縦をするってこと?」
「はい、そうです!」
「世界中を大型旅客機で飛び回るってこと?」
「はい、そうです!」
「Sくん、おめでとう! 夢がかなったね」
「ありがとうございます。夢がかないました」
「落ち着いたら、東京で会おうよ。楽しみにしているからね!」
「はい、お願いします!」
人は言う。
成りたいものがあれば、俺だってがんばれるのに、
成りたいものがないから頑張れない、と。
そうだろうか? そうではないと思う。
そもそも、成りたいものを見つけようとしないのだ。
見つけないほうが楽だから、見つけようとしないのだ。
本当に価値のある夢を実現しようと思ったら、
好き勝手に遊んだり、ずっとテレビの娯楽番組みて過ごしたり、友だちとダベって時間を垂れ流ししていては、夢の実現はありえない。
自分にも夢がある。
昨年のこの時期には、待望の本の出版を経験したが、
それは山の登り口に立っただけで、まだ何も踏み出せていない。
未だ、総てにおいて自分に勝てないでいる。
その程度の自分だ。
もし、Sくんと同じ立場に自分が居たとしても、
自分には彼と同じことは出来なかったに違いない。
とても格好悪いけれども、
そのことを正直に認めて自分に勝ちたい。
勝てる自分を目指したい。
|
「教育全般」
[ リスト ]





こんにちは。
・・・この青年は、自分が成りたい事を見付け・・・
一度は、思いがけない事で断念をよぎされながら・・・
諦めず次のステップを見付けられたところが、より素晴らしかったと思います!・・・
(心電図がダメなんだ!とくさらなかったところが素晴らしい!)
・・・その目的のために、興味が持てなかった語学を必死に勉強されたんですね・・・素晴らしいです(泣)
このお話に、心打たれました・・・
夢の無い人生は、つまらない・・・
どうせ、一度は死ぬのなら、せめてその時・・・ 自分の人生について後悔はしたくない・・・
だけど・・・その夢をかなえるには、今の私には大きすぎる壁が立ちはだかり・・・そのことによる弊害も大きいと想えて・・・
大空を舞うこの青年が、あまりにも眩しく写るばかりです・・・☆
2014/4/20(日) 午後 2:49 [ 今日も、こっそり自然観察! ]
こんばんは、ファーブル・ガールさん。
電話の向こうの爽やかな青年の声に、
かつての甘えん坊だったSくんの面影は感じませんでした。
中学時代、あの荒れた雰囲気のクラス、
悪ガキの多い部活という環境の中、
彼は家庭の問題も抱えていたはずです。
その中で、高校3年までの彼を支えたのは、
彼の父親の深い愛情であったに違いないと思っています。
誰にも教わらずに、彼は自分自身で目標とする価値のある夢をみつけ、
家を出て大学に進み、勉学に打ち込み、
夢をかなえる場所まで進むことができた。
人は、誰か一人でも自分を信じてくれる人が居れば、
たいていの事には耐えられる、
それを実践した彼に見習う所は多いです。
2014/4/20(日) 午後 10:17 [ 湖池健彦 Essay ]
「なりたい自分の姿」にブレがなかったこと、そして努力をし続けたことが夢の実現を可能にしたのですね。口で言うのは簡単ですが、実行できる人はなかなかいないと思います。こんな風な連絡が教え子からあると嬉しくなりますね。
2014/4/20(日) 午後 11:07
ママさん、ありがとうございます。
自分は長い間「塾の先生」と呼ばれる仕事を続けてきています。
その立場からのアドバイスは、
或る程度は的確な事が多かったのではないかと思います。
本や自分の経験から得た知恵は、
生徒たちを上回るものだからです。
でも、実行力となると疑問符が付きます。
ママさんの方が適任だと感じています。
多忙を理由にスルーしてきたことを実行していかなくては!
Sくんの操縦する旅客機に乗るまでには!
2014/4/21(月) 午前 11:28 [ 湖池健彦 Essay ]
こんばんは
素晴らしいお話を聞かせていただきありがとうございました。
湖池健彦aromaさんも素晴らしいご指導なさったので、教え子の方が上手くいったのではないかと思います。
やっぱり人生の師は大切だと思います。
湖池健彦aromaさんは優秀で素晴らしい教え子の方を持たれてうらやましいです。
またいろいろなお話を聞かせていただきたいと思います。
いつもありがとうございます。
2014/4/23(水) 午後 9:07 [ てんし ]
てんしさん、こんばんは!
生徒たちは、みんなそれぞれの環境でがんばっています。
「最近の子供は…」というような子はあまり塾にはきませんから、
みんな努力することも私などよりずっと上に思えます。
先日、高校でお世話になった恩師が亡くなってしまいましたが、
恩師の何気ない励ましで、どんなに救われたかわかりません。
恩師にはもう会えませんが、
てんしさんが毎日映し出す富士山を恩師だと思うことにしました。
今後も宜しくお願いします!
2014/4/24(木) 午後 9:58 [ 湖池健彦 Essay ]
人生色々ですね。
もしもaromaさんの思う未来がこなかったとしても、
S君の恩師であったことは、誇り以外のなにものでもありません。
なにより、彼はaromaさんを忘れず、お礼の報告をしてくれたのが、その証しです。
『若き日の思い届かず 遠き美山(みせん)となるとも
闇に輝くその姿は 長き人生の 道標となる』
です。
2014/6/2(月) 午後 7:46 [ 上から目線 ]
堀野さん、こんにちは!
今の自分には「迷い」があります。
だから、一つのことに集中できていません。
教え子たちには、たまに東京で会うことがあります。
みんな悩みながら頑張っています。
自分にアドバイスする資格はないと思いますが、
「変わらない先生の姿をみて安心します」みたいなことを言われます。
私に比較して、堀野さんは頑張っていますね!!
写真、魚眼レンズから離れて、何かを求めているのですね^^
2014/6/3(火) 午後 3:29 [ 湖池健彦 Essay ]
一つに絞れるところが素晴らしいです。わたしは、したいことが
多すぎて今だ実現していません。妻として、母親としては、
良くして来たと自分を評価出来ます。娘は、東大を卒業し、
2歳からの夢を19歳で叶え、今は中学生からの夢を叶え、
カンボジアで出版の仕事をしながら、クリスチャンとして、
伝道活動をしています。息子も、わたしの母校の大学を
卒業して、地方公務員として、夢を叶えています。
今わたしは、すべき事を躊躇しないでするつもりです。
夫も、仕事が続かず、生活保護以下の暮らしもありましたが、
7回転職を気の済むまでして、今は安定した収入を得ています。
2014/6/30(月) 午前 0:56 [ 菫 ]
こんにちは、エンジェルさん!
やりたいことが多いのは良いことだと思います。
世間では、自分が何をやれば良いのかわからない子供があふれていますから。
世の中を、物欲・金銭欲で生きていくこともできますが、
それらは際限有りません。
心の充実こそ、私が目指すものです。
2014/6/30(月) 午後 2:56 [ 湖池健彦 Essay ]