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「ザ・ピーナッツ、永六輔さん、逝く」
ザ・ピーナッツの伊藤ユミさんが亡くなった。
5月18日のことだったそうである。
双子の姉のエミさんはすでに4年前に亡くなっているから、
姉妹は今頃、天国で再会して歌っているのだろうか。
私が小学校に通っていた頃のことだが、
毎年の紅白歌合戦で、ザ・ピーナッツの歌を聴くのが楽しみだった。
小柄な二人のポップな歌は、歌唱力も声量も抜群だった。
高学年になったころには、何ともいえぬ大人の色気も感じていた。
昭和の歌謡曲の黄金時代があった。
その時代を代表する歌手、ザ・ピーナッツ。
自分は、あの時代に居られてホント良かったなぁ、と思う。
※ザ・ピーナッツ「情熱の花」↓
※ザ・ピーナッツ 映画「モスラ」挿入歌より↓
※参考「プロの歌手・ザ・ピーナッツ」(2013年6月28日)↓
永六輔さんも逝ってしまった。
普段はラジオを良く聴いている自分にとって、
「誰かとどこかで」(1967年1月2日〜2013年9月27日)
を聴くことは時計の代わりになっていて、あるのが当たり前だった。
永さんが疎開して来た信州での想い出を語っていた放送もあった。
遠藤泰子さんとの二人三脚の安定したトーク。
泰子さんが語る桃屋のCMが放送の合間に入る。
あの間合いは昭和そのものだったよなあ。
放送が終わってしまった時の無力感・脱力感は忘れられない。
なぜ、人は逝ってしまうのかな。とても寂しい。
※永六輔・遠藤泰子の「誰かとどこかで」↓
◎参考までに。 湖池健彦の「アロマブログ」を
こちらで始めました↓アロマテラピーに関心のある方は どうぞご覧下さい。
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懐かしく、良いときの思い出です
永六輔さん「あさだ飴」の人だと思っていました
2016/7/13(水) 午前 11:36
こんにちは・・・
ザ・ピーナッツのお二方が唄われる姿を、懐かしく思い出しました。
ええ・・・ええ・・・確か、私も小学時代でした(笑)
歌謡番組に出演されてる姿を良く目にしましたっけ・・・
周りの友達は、よく真似て口ずさんでましたが、恥ずかしがり屋の私は、人前で「歌が唄えない(涙)」
とても輝いて観えたお二方でした・・・
永六輔さんと言えば「CMのゴホンと言えば○○○!」を思い出しますが・・・(違ったかな?)
あの頃は、貧しくとも今より夢がありましたよね・・・
あれ?そう想うのは、私が年取ったせいかしらね〜・・・
☆
2016/7/13(水) 午前 11:57 [ 今日も、こっそり自然観察! ]
昭和が消えていくそんな気がして寂しいですね。
戦争のことだけは消してはなりませんね。
活躍を見てきました、皆さん居なくなるんですね。
お疲れ様でしたそんな言葉がすらっと出ました。☆
2016/7/13(水) 午後 3:07
こんばんは。
埼玉県に居た頃は土曜日の通勤時間帯にカーラジオで永さんの放送を聴いていました。
だんだん昭和の時代が減ってきましたね(/。\)
2016/7/13(水) 午後 7:20 [ - ]
> 田舎の猫・みけさん、こんにちは!
舌足らずの永さんのCM、覚えています(^_^)
永さんの詩「上を向いて歩こう」を聴いて、
どのくらい励まされたことでしょうか。
三毛さんにとっても青春時代だったんですね(^O^)/
2016/7/14(木) 午前 10:50 [ 湖池健彦 Essay ]
> 今日も、こっそり自然観察!さん
昆虫ガールさん、こんにちは!
いいえ、きっとガールさんは生まれる前の事だったはずです(?_?)エ?
なーんちゃって(^○^)
歌を歌うことが大好きだった自分は、学校の行き帰りに
あらゆる歌手の歌をうたって歩いてました(^_^;)
永さんの「誰かとどこかで」を聴く時間は、とても癒される時間でした。
永さんの入院先の病院からの放送もあったりして、
それでも一度は復帰された時期もあり…だから不自由でも
元気だと信じていたので、ショックです。
昭和には光も陰もありましたが、とにかく活気がありました。
若者にも夢がありました。
日本の上り坂の時代に、良い歌・歌手がたくさん生まれましたね!
2016/7/14(木) 午前 10:59 [ 湖池健彦 Essay ]
> someyukiさん、こんにちは!
日本の黄金期・昭和の時代には活気がありましたね(^ニ^)
敗戦を経てからの復興、そして高度経済成長期と、
未来に何かの希望が持てる時代でした。
いかりや長介さんや、藤田まことさんが亡くなったときも
何とも言えない寂寥感がありました。
昭和を彩ったみなさんには、健康でいてほしいです。
2016/7/14(木) 午前 11:06 [ 湖池健彦 Essay ]
> キヨカズさん、こんにちは!
昭和は、テレビもそうですが、ラジオも全盛だったですね(^-^)
夜中にこっそり聴く深夜放送で、
若い頃は大人の世界の知識も学んだような気がします^_^;
永さんの「誰かとどこかで」の時間は、
1日の中で一番のんびり出来る時間でした。
あの放送を聴きながら、一杯の珈琲を…。
好きな昭和一桁の方たちの訃報は、出来るだけ聞きたくないです。
2016/7/14(木) 午前 11:15 [ 湖池健彦 Essay ]
私は映画ゴジラの中で歌うモスラーや♪体の小さなお二人の姿が焼きついています。^^歌がお上手ですよね。
懐かしい時代が過ぎ去ってしまうのは淋しいですよね。^^
2016/7/23(土) 午前 7:11 [ setia ]
時代の移り変わりって早くって、なんだかむなしいですネ
2016/7/23(土) 午前 11:32 [ 保湯ドン ]
> ぽいんせちあさん、こんにちは!
モスラーやモスラー♪懐かしいです。
そして、ピーナッツが歌うことで、この映画の価値が上がったと思います。
プロの歌声があるのと、何とか48みたいな学芸会レベルじゃあ、
映画の深みが違ってしまいますね。
プロの歌手の時代が遠ざかっていきます…。
2016/7/23(土) 午後 0:41 [ 湖池健彦 Essay ]
> 保湯ドンさん、こんにちは!
映画「モスラ」、私も映画館で観ました^^
怪獣なんだけど、幼虫→蛹→羽化と、何だか愛おしい映画でした。
私はモスラのDVD、持っています。
昭和の映画、怪獣に対しての愛情やユーモアにあふれています。
保温ドンさんのアニメーションにも、昭和を感じています。
有名な久里洋二さんにも匹敵すると思ってます!
2016/7/23(土) 午後 0:49 [ 湖池健彦 Essay ]
履歴からお邪魔致します。本当に良い時代でしたね。
2016/7/23(土) 午後 6:35
> 志乃さん、こんばんは!
昭和の唄、今のようにテンポの速い唄はなかったと思います。
リズム優先ではなくて、内容がドラマになっていました。
永六輔は早口でしたが、それを受ける遠藤泰子は、
大変にゆったりとしていました。
経済優先のようにみえて、人間臭さと人情にあふれた時代です。
2016/7/23(土) 午後 8:21 [ 湖池健彦 Essay ]
初めまして、こっそりさんのところから伺いました。
シャボン玉ホリデーで、ハナ肇さんとザ・ピーナツの掛け合いがとても楽しく、最後の「肘鉄」がとても好きでした。
ラジオから流れる、永六輔さんと遠藤泰子さんの名コンビのお話も毎日の楽しみでした。
善き昭和の時代が少しづつ無くなっていくのがさみしいですね・・・。
皆が貧乏で 物もなかったけれど、毎日の生活はとても生き生きとして楽しかったです。
2016/7/25(月) 午後 10:11 [ mami0214 ]
> mami0214さん、初めまして、おはようございます!
こっそりさんこと昆虫ガールさん経由、大歓迎です(^^)
昆虫ガールブログのファンは、みんないい人ですよね〜(^。^)
覚えています、ハナ肇さんや植木等さんとの「肘鉄」、
シャボン玉ホリデイ、ほんわかした大人の番組でしたね。
歌とコントが、上品な感じでしたから、昨今とは大違い(^_^;
永六輔さんと遠藤泰子さんの「誰かとどこかで」の時間も
大人のティータイムでした。
今は大人の番組が少なくなりましたね。
別の見方をすると、大人が子供化したのだと思います。
いい歳をした大人がポケモンですものね^_^;
戦後の昭和は、過渡期だったから悪い面も多かったですが、
日本も日本人も輝いた時代でした。
トータルでは、とても良い時代でした!
2016/7/26(火) 午前 10:19 [ 湖池健彦 Essay ]