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「下町への憧憬」 (十行・独り言)
都内を歩き疲れて、夕方の商店街のベンチに腰を下ろした。
斜向かいの古ぼけた店先の一角に焼き鳥コーナー。
団扇であおられた甘い匂いに誘われて猫がくる。
通りを行き交う人たちが次々に焼き鳥の串を買っていく。
その場でビールを片手に頬張る人もいるし、
家族にもって帰るのだろうか、大量に包んでもらう人もいる。
慣れた手つきでタレを絡めて鶏を焼く女性は何代目なのだろか、
建物の古さから、昭和30年代からずっと続いてきたのだろう。
車の運転を心配することもなく、焼き鳥で一杯。
巣鴨地蔵商店街の、今もある昭和に憧れを持った。
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仕事柄、夜遅くに国道や県道を車で走ることが多い。
大型トラックの容赦のない接近に、時には危険を感じて
左に寄って道を譲ることもある。
彼らは有料の高速道路を避けて、
夜間の空いている一般道を猛スピードで走り、
再び高速道路に乗ることで時間と金を稼いでいるらしい。
警察の検問なども、トラック仲間から情報を入手していて平気だ。
彼らの危険を伴う走りを一言でいえば<野暮で下品>だ。
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天才と呼ばれた世界的な老物理学者を前にして、
天山山脈で羊飼いをしているカザフ族の少年は言う。
「車は不便で嫌いだな。それに車がお尻から出す臭いはたまらない」
「どうして車の方が不便なの?」と老物理学者。
「だって、車で行けるところなら、どこでも馬で行けるけど、
馬で行けるところで、車で行けないところはたくさんあるし、
車の食べるガソリンは高いけど、馬の食べる草はただみたい
なものだよ。ただひとつの取りえは、車のためにわざわざ
作られた道を走るときだけ、馬よりも速いってこと。
でも、速いってことは、それほど意味があることじゃないよ」
「でも、例えば、刈り取った羊毛を街まで運ぶのに、車なら
倍以上も早く行けるだろう? そうしたら、あまった半日を
他のことに使えるじゃないか?」と老物理学者。
「わかっていないんだね、お爺さん。その人は一日に何度も
羊毛を積んで街まで出かけてしまうことになるのさ。
早くなるということは、時間が余ることじゃなくて、
もっと忙しくなるということなんだ」
「この宇宙で、一番速いものって、何だろうね?」と老物理学者。
「それはひと口には言えないな、たとえば鳥が速いっていっても
土の中ではモグラの方が速いし・・・」
「この世で一番速いものは光だよ。馬より速い車が170年以上
もかかる距離を、光は8分ほどでやってくるんだ。だから
この宇宙には光よりも速いものは存在しないんだよ」
と老物理学者。
「もっと速いものを僕は知っているよ。それは僕のお父さんだよ。
僕のお父さんは、僕が生まれた
今から13年前の9月20日の夕方に、ここからすごく
遠いカシュガルに居たんだけど、僕が生まれた途端に、
お父さんはお父さんになったんだ。だから、お父さんがお父さんに
なるのに時間はかかっていないんだ。
もしお父さんが、車で170年かかる太陽に居たとしても、
やっぱり時間はかからない。
だから、お父さんになる、というのは、絶対に光よりも速いんだ」
カザフ族の少年と、天才と言われた老物理学者の会話はさらに続く
「さっき、物質とか、時間とかの話を、きみはしたよね。あれは、
とてもおもしろかった。
もう少しわたしに教えてもらいたいんだけど」と老物理学者。
「いいよ。物質というのはね、時間を入れるための器なんだよ。
それでね、時間っていうのもね、物質を入れるための器なんだよ。
たとえば石の中にだって、時間はある。太陽みたいなものにだって
時間はある。だからね、石の中にある時間の量も、太陽の中にある
時間の量も同じなんだ。1秒とか、1時間とか、いろんな時間が
あるけど、1秒の中にも、この宇宙は全部入っているし、1時間の
中にも、この宇宙は全部入っているんだ。
物質っていうのが時間を入れる器で、時間っていうのが物質を
入れる器だっていうのは、そういう意味なんだけどね・・・」
老物理学者の愛嬌のある顔が、
おさえきれないほどの微笑で埋もれそうになっていた。
そして「ビューティフル!」といい、
少年に抱きついてキスをしていた。
老物理学者と少年は、さらに長い時間を話し続けたのだった。
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夢枕獏さんの短編、「羊の宇宙」の内容の一部である。
たむらしげるさんの温かい挿絵も素晴らしい。
私の最もお気に入りの本のひとつである。宝物といってもよい。
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「橋下徹」という人
橋本徹さんが大阪都構想住民投票に負けて政治家を引退するという。
橋本さんは、決して首相にだけはしてはいけない政治家だが、
これほどにパワフルな政治家は今までに見たことがない。
大阪は大都市の中でも生活保護率・失業率・自殺率といった
社会問題が山積・突出している大都市だ。それだけに僅差で
大阪都構想が消えてしまい、橋本さんが任期後に大阪を去るのが
残念でならない。江戸時代、老中の松平定信は寛政の改革時に、
仲の悪かった長谷川平蔵を起用し、平蔵は人足寄場(罪人更正施設)
などを作っている。ぜひ橋下氏の早急なカムバックを期待する。
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小学校の学校給食でなら、ナマズの蒲焼きを食べたことがある。
学校から10分、諏訪湖で捕れたものだ。あれは美味しかったなぁ…
ウナギの蒲焼きよりもアッサリした味を覚えている。
調理は給食のおばさんによる…今は給食の先生と呼ぶのだろうか。
近畿大学農学部では、マグロの養殖に続き、
「ウナギ味のナマズ」の養殖に取り組んでいるという。
すでに今月から奈良県内の2つの店で食べられるとのこと、
味も好評だという。
値段はウナギの蒲焼きのおよそ半額とのことだから、
近いうちに全国のウナギ屋さんは、ナマズ屋になるのだろうか。
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北信越地区高等学校野球長野県大会(平成27年度春季)南信予選会
ゴールデンウイークの直前の授業を終えて、
塾の掃除しようとしていた矢先に彼は来た。
上伊那農業高校3年生、野球部のAくんである。
「南信予選会の日程表を持ってきました。見に来て下さい」と。
「うーん、5月3日は東京に行ってるから無理だけど、勝ち上がってくれれば…」
私はあやふやな返事をしてしまった。
中3の時。野球部の部活が終わったというのに、
ちっとも受験勉強に身が入らず、
眉毛を細くすることにばかりに情熱を傾けていた彼に、
「お前の親父さんが朝から晩まで一所懸命に仕事をして、
塾に来させてくれているのに、お前はちっとも勉強しない。
今後はオレの言う通りに勉強しないと、
上農は絶対に受からないからな!」
そうキツく言った記憶がある。
そのAくんが高校3年になっていた。
口下手な彼が、わざわざ組み合わせ表を持って来てくれて、
応援にきてほしいという。
でも、正直なところ勝ち上がるのは難しいと思った。
たとえ初戦に勝ったとしても、
2回戦は南信の強豪・諏訪清陵高校(飯田球場)との対戦があり、
それに勝たないと諏訪湖スタジアムでの3回戦には進めない。
時間的な余裕がないから、5日の諏訪清陵戦には行けないし…。
そんなことを考えていたら、なんと5日の試合は、
延長戦の末に8対7で諏訪清陵に勝ってしまった。
6日。母の命日でもあるこの日に、
仏壇に花を飾り、好物だった饅頭をお供えして諏訪湖スタジアムへ。
すでに試合は始まっていたが、掲示板の先発メンバーを見て驚いた。
彼がスターティングメンバーに入っているではないか!
以前に彼の先輩から「Aは上手くない」と聞いていたから驚いた。
しかもクリーンナップを打っていた!
上農には絶対的な選手はいない。
ランナーが出ると送りバント、そしてセンター返しのバッティング。
高校野球のお手本のようなチームだ。
守備もよく鍛えられている。
彼は守備が終わると外野から全力疾走でベンチに帰る。
毎回全力疾走だ。
両校の応援の様子だが、昔の高校野球と変わらない。
否、一つだけ違うところがあった。
それは「応援団」といえる学ラン応援団員が居ないことだ。
ボンタン姿の応援団長が試合が終わるまで仁王立ちする姿がない。
試合前後のエールの交換も、声の大きい野球部員がやっていた。
校旗を持って立っているのも野球部員だ。
昔は高校入学後に一週間も続いた「応援練習」。
今は高校によっては「応援練習」がまったくないそうである。
強面の応援団長の姿も消えてしまった。
これが時代の流れなのだろうが、少しだけ寂しい気もする。
上農はこの試合に敗れたが、
ダブルプレーを何度も完成させて善戦した。
夏の本大会に向けて練習を充実させて、
さらに基本に忠実な高校生らしいプレーを磨くだろう。
やっぱり高校野球はいいなぁ。
試合前の練習のキビキビとした動き、大きなかけ声、
ファールボールをスタンドに取りにくるベンチ入りできない部員、
審判にボールを渡す部員、みんな全力疾走だ。
思えば私の母も高校野球の大ファンだった。
私が小学生の頃、夏休みには母は実家に私を連れて里帰りして、
しばしば甲子園球場に出かけて行っては応援したものだ。
母は常に弱いとされる高校を応援していた。
「泣くな!」と負けた野球部員に声を掛けて泣いていたっけ。
家に帰った私は、この試合の半券を仏壇に置いた。
母はきっと喜んでくれたはずだ。
☆ 諏訪湖スタジアム
☆Aくんの打席
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