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   ☆ 沢田研二 70 years live「Old Guys Rock」in 松本 ☆
              2018. 10. 13(土)

以前からザ・タイガースのコンサートに行くのは長年の夢だった。
仕事やら何やらの都合で、それはずっと叶わなかったが、
先日、娘と一緒にジュリーのコンサートに出かけてきた。

松本でコンサートがあることすら知らなかった僕だが、
チケットを用意してくれたのは24歳の娘だ。
元気の出ない僕のために用意してくれたのは明らかだ。
もっとも、娘も僕の影響でジュリーのファンではある。

スーパースター、沢田研二ことジュリーも70歳・古希になった。
僕も来年早々に還暦だから、ジュリーは10年先を行く先輩だ。
「声が出るのかな」それだけが少し心配だった。

会場の「まつもと市民芸術館・主ホール」は超満員で、
観客は60代後半から70代後半と思われる女性が大多数だ。
僕などは若い方で、ましてや娘は、たぶん最年少だったろう。

最初の曲「カサブランカダンディ」で幕を開けた会場だが、
始めにジュリーの断りにあったように、
かつてのヒット曲は、ほんの数曲にとどまり、
春に出したという新曲や、B面の知られていない曲を連続で歌いあげ、
そこに居るのは現役のロックシンガーそのものであって、
テレビなどで見かける懐かしのメロディ的なものとは
明らかに違うものであった。
だから、彼のヒット曲目当てに来たファンはガッカリしたかもしれない。

このコンサートを楽しむスタイルは様々だ。
最初から最後まで立ち上がって身体をゆするご婦人も居るし、
腰掛けてずっと視線をジュリーに送る人も居る。
一人で来場したご婦人には後者のスタイルが多い。
おそらくジュリーが肩で息をしながら全力で歌う姿に、
かつてのジュリーと自身の若かりし頃を投影していたに違いない。


演奏者はたったの一人だ。
柴山和彦のエレキギターの大音量に乗ってジュリーが歌う。
ロックコンサートをたった二人でやっている。
あまりの大音量に歌詞が聞き取れないことが多い。
せめて背景のスクリーンに歌詞を流すべきだと思った。
ジュリーの作詞した「核なき世界」も歌ったのに、
新曲も披露したのに、実に「もったいない」。
このコンサートを企画した人には、今後はぜひ考えてほしいなあ。

とは言え、僕的には「スクリーンに歌詞」の他は大満足だった。
ジュリーは70歳になっても枯れてはいなかった。
体型はマツコみたいに太くなったが、
超派手な衣装で舞台を走り回った。昔みたいに走った走った。
息を切らして歌って走った。走って歌った。

ほとんどが知らない曲ばかりだったが、
僕の一番聴きたかった曲「風は知らない」を歌ってくれた。
ジュリーはこの歌が大好きなんだな、そんな歌い方だった。

エレキのイントロを聴いて、まさか…、そう思ったけど。
アンコールのラストソングは、「ヤマトより愛をこめて」だった。
こんな事ってあるんだな。娘は宇宙戦艦ヤマトマニアだし、
この歌の作詞は、僕が尊敬してやまない阿久悠さんだ。
ロック&ロックコンサートもいいけど、やはり締めはこれかな!

「ヤマトより愛をこめて」を最後に歌うジュリーの声、
若い頃のように伸びやかで綺麗だったな。まだまだイケる。
「少なくとも80歳まではコンサートをやります」の言葉通りに、
まだまだスーパースターのジュリーは健在だ。

帰りの道で娘が「スターなのに格好つけないし、謙虚な人だね」
そう話していたが、まさにその言葉通りの沢田研二さん。
僕の次の希望は、ザ・タイガースコンサートに行きたい!だ。
ザ・タイガースのジュリーの姿も見たい!!


↓「ヤマトより愛をこめて」 作詞:阿久悠/作曲:大野克夫

↓「ヤマトより愛をこめて」〜宇宙戦艦ヤマト2202〜




↓「風は知らない」 作詞:岩谷時子/作曲:村井邦彦



※ 沢田研二 70 years live「Old Guys Rock」は、来年の2019.1.21最終回の日本武道館まで
 全国約70会場で行われる模様です。


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↓5年前に書いた関連ブログです 
             「沢田研二・ジュリーのことが好きだ」2013. 6.13














「アサギマダラくん〜ようこそ我が家に」

2年ぶりだね、アサギマダラくん。
昨年は、一番君たちを心待ちにしていたはずの父が、
九月初旬に緊急入院。
そのまま二ヶ月半後には他界してしまったから、
例え君たちが来庭してくれていても会えなかったね。

昨年の秋は寒気の到来が例年よりもずっと早くて、
フジバカマは蕾のまま枯れてしまった。
もしかしたら、またそんな季節外れの寒気が入り、
また会えないんじゃないか、そんな気持ちも半分あった。

信州のこの時期は、まだフジバカマは満開にはならないし、
君たちが来るのは十月下旬以降になるものだと思っていた。

来庭してくれたのは、とても美しいオスのアサギマダラだ。
下羽根の裏に黒い印がはっきりと見える。
かなり吸密行動が長かったので、隣に住んでいる伯母を呼んで来た。

伯母は「この蝶はお兄さんかも知れない」そう話した。
そう言われると、僕もそんな気持ちになった。
父は若かりし頃には、たいへんな二枚目だったし、
悠然と吸密している所が父を連想させた。
小さなデジカメを2センチの距離に近づけても逃げなかった。

僕は父が焦って行動するのを一度も見たことがない。
そんな父を見ていて、母はいつもイライラしているようだった。
イライラは良くない。
母が父よりも十七年も早くに逝ってしまったのは、
そんなことも少しは関係あるのかも知れない。
僕の性格はせっかちで母親に似ている。
少しは父親を見習いたい。
悠然と海を渡り、沖縄や台湾まで飛翔するアサギマダラ。
やはり彼らは僕の父親そのものだ。



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 おまけの赤とんぼ(アキアカネ)
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「初秋を告げるトンボと、季節外れの紫陽花と」

初秋の訪れを告げるために、我が家にトンボがやってきた。
鉢植えにしてある「なんじゃもんじゃの木」(一葉たご)の
枯れた幹を真横に切った所がお気に入りのようで、
複眼の広い視野を武器にして、飛んでくる小さな虫を狙っている。

お盆を過ぎて、夜にはコオロギなどの虫たち音色が聞こえ、
トンボたちが涼しい高原から我が家の庭に降りてくると、
秋が近いんだな、そう感じて嬉しいのと寂しいのが半々だ。

トンボの後ろに咲いているのは紫陽花の花だ。
6月に花屋で見かけた鉢植えのものが咲いた後で、
花を落として地植えにしたら、
今頃になって新しい花をつけてくれた。
サツキばかりが多い庭にアクセントとして植えてみたが、
8月も後半になって咲いてくれるとは嬉しい誤算である。

新盆に帰ってきてくれた父もみただろうか。
でも亡父が最も楽しみに待っているのは、
アサギマダラの来庭、それは間違いない。
今年はフジバカマが上手く咲いてくれるだろうか。
昨年の信州は秋の訪れが早くて、
フジバカマが開花するまでに霜で萎れてしまったが。

庭のフジバカマは年々増えている。
アサギマダラたちの間で有名?になってほしいなあ。

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「ねこ物語」〈第1話〉後半
僕はイト婆ちゃんに気づいてもらいたくて
「にゃーご、にゃーご」と甘えた声を出してみせた。
二階で毛糸に集中していたイトさんは棒針の動きを止めて、
「おや?」っとつぶやきなながら、
「よっこらしょ」っと、
ゆっくり腰を上げて窓の隙間から外を覗いてみた。
「ほうっ、三毛ちゃん!」、そう言いながら窓を全開にした。
「外は寒いから早く入っておいで!」

僕は部屋の赤い絨毯に狙いを定めて軽くジャンプをした。
イトさんの部屋には毎週のように招かれていたから、
毛足の長い絨毯に舞い降りるのはお手の物さ。
自慢の肉球と、仲間たちに羨ましがられている脚力で
もしもオリンピックならば、10.00の着地をしてみせた。

着地と同時に僕はイトさんの毛糸のズボンに半身を預けながら、
自慢の毛並みをこすりつけるようにして、
素早く行ったり来たりするのさ。
イトさんは僕の頭や身体を撫でようとするのだけれど、
僕の動きが速すぎて手がついてこられない。そのうちに、
上体をひねった格好をしたまま転がってしまったんだ……でも。
身軽で小柄なイトさんは、
まるで起き上がり小法師のように反動で上半身を起こし、
膝を曲げてお尻をついたまま両手を後ろにやって身体を支えている。

イトさんは笑っている。
そのうちに、笑いに腹筋が耐えられなくなったのか、
支えている両手をお腹に持って来たから、
再び上向きに寝転がってしまった。
それでも笑っている、お腹を抱えてずっと笑っている。

僕は何がそんなに面白いのか理解できなかったけれども、
撫でてもらいたくて、両手が押さえているお腹に跳び乗ったのさ。
同時にイトさんは僕を撫でるために
両手を僕の身体にもってきたのだけど、
それからが大変だった。
笑っている。
声を出さないで、小刻みに腹筋を震わして笑っている。
涙を流して!笑っている、笑っている!

さすがにイトさんが涙を流して笑いを堪えているのに気がついた僕は、
慌てて編み物をしているときに使っていた座布団にジャンプをした。
「ふぅ、ふぅー、 あっはは、 ふぅ、ふぅー、あっはは …」
しばらくイトさんは息が苦しくて話せない状態が続いたのだけれど、
とっても生き生きとして嬉しそうだったから、
僕もしっぽを垂直に上げて、ご機嫌のポーズをとって見せたら、
「かわいいね、ほんとにかわいいね」と喜んでくれたんだ。   
                         続く

                第1話<後半>おわり



   「ねこ物語」〈第1話〉前半 ↓


 ※「ねこ物語」実に丸一年振りの更新になりました。
  1年前に、<第1話>前半を書いてから1ヶ月後に父が入院し、
  更に1ヶ月後には緩和ケア病棟のある病院に転院。
  いろいろな想い出が交錯していますが、昨日、新盆をむかえました。
  今後、亡き父や母が喜んでくれるような小説「ねこ物語」にするつもりです。
  
  



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  ↑マヌル猫の赤ちゃん。 上野動物園に展示されている写真より。
西野監督の「決断」に思う 3

なぜだろう。
4年後のW杯を目指すサッカー代表監督は、森保一監督となった。
なぜに西野監督を続投させないのだろうか。

今回のW杯では、西野監督はこれ以上はあり得ない高戦績を残した。
余りにも短い準備期間の中で、ベストの準備をした。
戦いの勝利は兵站で決まるが、それが全く望めない状態の中で、
数少ない持ち駒を自分の責任で選び、
その特性を最大限に引き出して最高の戦いをした。
これ程に代表監督の適性をもった人物は他には居ない。

W杯が終わって「これで代表監督を退きたい」と、そう決断。
W杯では、全責任を自分がとる覚悟を持った采配をした。
今は心身とも疲労困憊の状態に相違ない。
だからといって、それを良いことに日本サッカー協会の幹部が、
容易に短時間で次の監督の人選を行ったことは腑に落ちない。

なぜに時間をおいて、三顧の礼をもって迎えないのだろうか。

失礼ながら、森保一さんからはカリスマ性を感じられない。
W杯の大舞台で、孤独な自分との戦いが出来る方には見えない。
ましてや、五輪代表監督との兼任である。
何を日本サッカー協会の幹部たちは考えているのだろうか。
今まで散々に外国人監督には酷い目にあってきた。
そんなダメ監督を選んだ責任が、
日本サッカー協会の幹部にはあるはずなのに、
それを棚上げして、今度は、結果を出した西野監督を迎えること無く
早急に森保一監督を担ぎ上げてしまった。
なぜに三顧の礼をもって西野監督を迎えないのか。
何かよからぬ思惑があるのだろうか。

せっかく日本サッカーのベスト8以上が見えてきたのに。
残念ながら、次のW杯は予選リーグで終わるに違いない。

なぜに三顧の礼をもって西野監督を迎えないのか。
日本のスポーツの世界には闇ばかり感じてしまう。

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    西野監督の「決断」に思う 1. ↓


           
             西野監督の「決断」に思う 2.  ↓







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