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「建国記念日」の諏訪湖、氷の想い出。
溶けた氷が、さざ波に乗って岸に打ちあげられていた。
子どもの頃に、4月でも岸辺の水が厚く凍っていたことがあった。
乗って遊んでいたら、いきなり厚いはずの氷が割れて脚が水中に。
間一髪、危ういところを友達が岸に引きずりあげてくれた。
氷が今日の状態では、誰も乗らない、乗る気にならないはずだ。
所々に危険を知らせる赤い旗が僅かに揺れていた。
諏訪湖には温泉が流れ込むので、氷は厚いところばかりではない。
昔、真冬に運悪く割れた氷から湖の中に落ちた高校生がいた。
そして割れた氷は、フタの役目をしてしまう。
彼が発見されたのは、氷が溶けた春になってからだった。
諏訪湖の湿地帯の氷も溶けて、水鳥たちは楽しそうだ
この日差しは春が近いことを知らせてくれる
逆光の写真で、フレアが出ているが、
私はフレアがとても好きなのです(^。^)
↓昨年の「建国記念の日」ブログ記事
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「諏訪湖の御神渡りは」
ここ数年は見られない諏訪湖の御神渡り。
氷点下10℃以下が3日以上なければ、と言われている。
いったんは全面結氷した氷が、もう融け出してきている。
御神渡りの判定をする八剣神社の宮司は、湖面監視を打ち切った。
子どもの頃、冬の諏訪湖はスケート場になった。
各小学校は皆、それぞれのリンクを持っていて授業を行った。
今はなくなってしまった寒中休みにもスケートをしたものだ。
御神渡りは、諏訪大社の神様が諏訪湖を渡った証なのだが、
神様もここ数年は、さぞかしじれったい思いをしているだろう。
今春、諏訪地方は六年に一度の「御柱祭り」の年にあたる。
結氷した諏訪湖。この角度で富士山を拝める日もある。
氷が融けだして、今年も御神渡りは見られない。諏訪大社の神様もガッカリ。
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包装紙の「ブック・カバー」
出先や旅先で買い求めた土産物の包装紙。
気に入ったものは捨てないでいる。
用途の一つがブック・カバー。
資格試験の本や参考書など無味乾燥な書籍を包んでみる。
この類の本を開く前には、まずながめてみる。
たとえば、浅草寺の参道の賑わいや香りが。
たとえば、山里の新蕎麦の味わいや紅葉が。
つまらない本なのに、手にとってみる気持ちにさせてくれる。
包装紙の手触りや匂い。
「本」は中身だけでは「本」にはならない。
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本日は成人の日だそうである。
きっと、おめでたい日なのだろう。
はるか昔、私は出席しなかったが。
今日、浦安市の市長が祝辞をのべたそうだ。
「みなさんはこれから結婚適齢期なのだから、
この時期に、がんばって子どもを作ってほしい。
そして未来のために人口減少に歯止めを!」
だそうである。
市長や町長が、しちめんどくさい成人式を続けようとし、
白々しい祝辞を述べるのは、選挙票を考えているからだ。
まともな首長ならば、
もちろん本音は税金の無駄だと思っているはずだ。
自然界の動物・昆虫じゃあるまいに、子どもを増やすことに
何の意味があるのか。
大切なのは、
子どもの数じゃなくて、子どもの質だろうに。
質の低い子どもが大きくなっても、
働きもせず、税金は払わないし、
社会の迷惑因子になるだけじゃないか。
子どもの質こそが問われるべきだよ。
働く意欲もなくて、昼からパチンコ三昧の親だって、
子どもは作れるさ。
ろくに学校も行かないで悪さばかりの子どもにだって、
子どもは作れるよ。
日本の10代の青年の中にも、小数の「大人」はいる。
そして、
40、50を越えるような年齢でも「子ども」は大勢いる。
そもそも年齢で「大人」「子ども」を分けるなんて
まったく無意味、ナンセンスなのだ。
「成人式」なる税金の無駄使いは早くやめるべきだ。
まったく「意味のない行事」だと思う。
もしも「成人式」を同窓会だと勘違いしているのなら、
自分たちで企画して、自分たちで金を工面すればいい。
20歳は「大人」なのだ、というならば。
青年は荒野をめざす
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「禁じられた遊び」
僕らは気づかれぬように、少しずつ給食を残しては、
放課後はそれを持って、
諏訪湖畔にあった廃材置き場に向かうことにしていた。
その日、いつもそこに居るはずの野良猫は居なかった。
どこかに移動してしまったのか、それとも誰かに拾われたのか、
結局、それ切りになってしまった。
もう初冬であったから、風の強い湖畔で夕暮れは手が悴んでしまう。
廃材置き場に近い子が、家に戻ってマッチを持ってきた。
そして廃材の木切れを集めて火を付けた。焚き火だ。
「あったけえな」。手のひらをかざして、僕らは暖をとった。
焚き火の灯りで、やっと友達の顔を判別できる時間になるまで、
僕らはそこを離れなかった。
あくる日も、僕らはその場所にあつまった。
木切れが無くなると、
プラスチックやら発泡スチロールやらをくべた。
黒い煙幕が匂いとともに上がっていく。
みんな思いっきり吸い込んで「いい匂いだな〜」
誰かがそう言った。僕もそう思った。
「プラスチックストーブだよね」誰かが言った。
ある日、その楽しい火遊びは突然終わりを告げた。
通りかかった大人から注意を受けたのだ。
あの暖かい光と、それを映して燃えるように紅い友達の顔、
黒煙の強烈な臭いを私はずっと憶えている。
いつも遊んでいた。
昭和の少年の、淡く幸せな想い出だ。
警戒心が強くてすぐに逃げてしまう。
なんとか、生き延びてくれていればいいのだけれど。
◎参考までに。 湖池健彦の「アロマブログ」を
こちらで始めました↓アロマテラピーに関心のある方は どうぞご覧下さい。
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