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彼は私の親友で、名前をTKという。

彼は小学生の頃、発言好きで素直な明るい少年だった。
読書好きな彼は、推理小説やSF小説が大好きで、
将来はホームズのような探偵か、アルセーヌルパンのような怪盗か、
宇宙のことを研究する科学者になることを夢見ていた。

そんなTKだったが、中学生になると口数が減り、内向的な性格になり、
学校でも、居るか居ないか分からない存在になっていった。
その変化の理由を、周りは思春期が原因と考えていたが、
実際は精神的なものではなくて、肉体的なものだった。

彼は中学1年生の後半には、鼻では息が出来なくなっていた。
彼は小学生のときに「副鼻腔炎」と診断されていたが、
家族も彼自身も、大した事はないと思っていた。
だから医者には行かずに何もしなかったのだ。

その結果。
中学入学時には、鼻腔の横にある上顎洞はすでに膿でいっぱいで、
信じられないことに、眼の上の前頭洞まで膿でいっぱいになっていた。
度々、激しい偏頭痛が彼を襲い、全身に蕁麻疹ができた。
彼は記憶に障害を発症し、試験勉強はおろか、
大好きな読書も出来なくなった…数秒前に読んだ箇所の記憶がないのだ!

TKは、高校入試が終わると、すぐに入院して手術を受けた。
それは上の唇の裏側からメスを入れて上顎洞を斬り開き、
膿のついた骨をゴリゴリ削り取るから、かなり痛い手術だった。
そのまま2週間入院していたから、TKは中学の卒業式にも出なかった。

そして高校生活は始まった。
希望には程遠い高校に入学したから、毎日が苦痛だった。
手術で上顎洞の膿は取り除かれたが、鼻を擤むと毎回血の塊が出た。
出血でいつも顔色が悪かった。
おまけに、眼の上から額の部分・前頭洞に残された膿はそのままだったから、
(前頭洞は危険で手術ができないのだ…)
激しい頭痛も記憶障害も、そのまま改善しなかった。

朝が来ると、早く学校が終わって夜にならないかと願った。
土曜の午前の授業が終わると、あと何回学校に行けば卒業できるかと…
そんなことばかり考えて週末を過ごしていた。
やがて胃潰瘍にもなって通院し、胃の痛みにも耐える毎日になった。
そんな状況だったから、
学校に行く意味を見いだせなかった。
生きている意味も見いだせなかった。

担任は高校3年間、ずっとK先生だった。
五十歳代後半の小柄な男性で、社会科を担当していたが、
脱線のない真面目なだけの、つまらない授業だった。

K先生は一度、
帽子をかぶったまま授業を受けようとした男子生徒を叱りつけて、
生徒と睨み合いになったことがあった。
運動部に所属していたその大柄な生徒は、
丸刈りの頭を隠そうと帽子をかぶっていたのだが、
K先生は、顔を真っ赤にして「教室内では帽子を取れ!」と。
二人の睨み合いが続いた。

その筋骨隆々とした生徒は興奮して立ち上がり、
K先生を上から見下ろしていたが、
やがて帽子を取ると床に叩き付けて、睨み合いは終結した。

TKはその時、K先生が担任で居てくれることが嬉しいと感じた。
その一件以来、高校をやめることは考えなくなった。

その後もTKの高校生活は、何も変わる事なく過ぎていった。
TKは予習も復習もテスト前になっても何も勉強ができない。記憶できない。
おまけに、夜も胃の痛みで眠れない日々が続く。
自分の部屋でよく机を思い切り拳で叩いた。痛さでも泣いた。

毎日毎日、余程暗い顔をしていたのだろう。
担任K先生が、TKの自宅を訪問した。
約束の時間よりも早めにやってきたK先生は、TKと居間で母親を待っていた。
そこにTKの母親が、勤めている会社を抜け出してきた。
時間より早かったから、母親は、K先生はまだ来て居ないと思ったのだろう。
K先生の斜向い側に座っているTKに向かい、何を思ったのだろうか、
母親は網戸越しに百面相を始めた。ほっぺたを引っ張ってみたり、舌を出してみたり…。ようやく先生が座っていることに気付く母親…。
TKは、あまりの恥ずかしさに真っ赤になり、
「すみません」とK先生に謝ったそうである。

そのときK先生はTKにむかって
「いや〜、良いお母さんだね。君は本当に良いお母さんをもって幸せだ!」
と、満面の笑みを浮かべて言ったそうである。

TKは結局、高校を卒業したが、体調不良で卒業式には出なかった。
卒業証書は後日、K先生が自宅に届けてくれた。
「君はこのまま終わってはいけない。
 ぜひ君は勉強をやり直して大学に進みなさい」
そう言ってTKに買ってきた参考書類を手渡したそうである。

TKは、その後も体調がすぐれず、
それから一年間は自宅で引きこもりをしていたが、
やがて勇気を出して東京に出て行った。
東京でも体調には悩まされ続けたが、
やがて漢方薬局の薬剤師や、西洋医学の特効薬に出会い、
自らの十数年間に及ぶ節制もあり、徐々に元来の自分を取り戻していった。

K先生は教員を退職後も、TKの事を気に掛けてくれて、
TKが社会人となったあとも、手紙をくれて励まし続けたという。

そのK先生は、先日94歳で亡くなられてしまったそうである。

「一度、K先生の自宅にを訪れて、元気な顔を見せたときに、
 先生は本当に嬉しそうにしてくれた…」
「いつでも遊びに来てください…そう毎年の年賀状に書かれていたのに、
 俺は一度しか先生に会いに行かなかったのが悔やまれてならない」
TKはそう言って泣いた。

教員といえども普通の公務員である。
明るい生徒が好きに決まっている。将来、スポーツや勉強で活躍するであろう生徒と仲良くしておく方が楽しいに決まっている。
だから当然、プラスの面で目立つ生徒を可愛がる。

比べて、TKの恩師は「教育者」である。
「教育者」とは、勉強のできる生徒・出来ない生徒、スポーツの出来る生徒・出来ない生徒、明るい生徒・暗い生徒…ようするに、どんな生徒にも依怙贔屓(えこひいき)をしない先生のことである。
その視線は、日の当たる生徒にも、日陰の生徒にも、平等に注がれる。

新聞でK先生の死を知り、TKは仕事の途中で葬儀場へ。
遺族にお悔やみを言い焼香へ…。 え、焼香台が見つからない!
慌てて係員に聞く。
焼香台は死角になった場所に3台も置かれていた。
そこには大きなK先生の笑顔の遺影があり、
まるで「TKくん、ありがとう!君はそそっかしい所が、お母さんにそっくりだね〜。本当に良い人だよ!」と先生の声がしたように思った…と。


TKの恩師のK先生。
これからもずっと、私とTKの人生の指針なのだ。






























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湖池健彦 Essay
湖池健彦 Essay
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