☆ 心の中の流星群 ☆

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禁じられた遊び

「禁じられた遊び」
僕らは気づかれぬように、少しずつ給食を残しては、
放課後はそれを持って、
諏訪湖畔にあった廃材置き場に向かうことにしていた。

その日、いつもそこに居るはずの野良猫は居なかった。
どこかに移動してしまったのか、それとも誰かに拾われたのか、
結局、それ切りになってしまった。


もう初冬であったから、風の強い湖畔で夕暮れは手が悴んでしまう。
廃材置き場に近い子が、家に戻ってマッチを持ってきた。
そして廃材の木切れを集めて火を付けた。焚き火だ。


「あったけえな」。手のひらをかざして、僕らは暖をとった。
焚き火の灯りで、やっと友達の顔を判別できる時間になるまで、
僕らはそこを離れなかった。


あくる日も、僕らはその場所にあつまった。
木切れが無くなると、
プラスチックやら発泡スチロールやらをくべた。


黒い煙幕が匂いとともに上がっていく。
みんな思いっきり吸い込んで「いい匂いだな〜」
誰かがそう言った。僕もそう思った。
「プラスチックストーブだよね」誰かが言った。
 
ある日、その楽しい火遊びは突然終わりを告げた。
通りかかった大人から注意を受けたのだ。
あの暖かい光と、それを映して燃えるように紅い友達の顔、
黒煙の強烈な臭いを私はずっと憶えている。
いつも遊んでいた。
昭和の少年の、淡く幸せな想い出だ。

イメージ 2
   野良の子猫。保護してあげようと近づこうとしても、
       警戒心が強くてすぐに逃げてしまう。
   なんとか、生き延びてくれていればいいのだけれど。


イメージ 1
 ある初冬の夕暮れ。自宅から諏訪湖の方角を写す。









◎参考までに。 湖池健彦の「アロマブログ」を
  こちらで始めました↓アロマテラピーに関心のある方は どうぞご覧下さい。


最後の卒業式

長野県内の小中学校は、今日が卒業式のピークである。

中には父兄の方が張り切っている姿もあるが、
もちろん主役は児童・生徒である。

私も遙か昔になってしまったが、
諏訪湖を見渡すことができる新築のJ小学校で卒業式を迎えた。

家から歩いて僅か数分の場所にJ小学校が出来たのは、
私が小学2年になろうとしていた頃だった。
小学1年生の時には、
約1.5kmの道のりを歩いてT小学校に通っていた。

家の近所にJ小学校を建設するために、
山の中腹の雑木林が切り倒され、
多くの土砂が平らに整備されていった。

最初の頃は土砂はいくつかの小山に盛られていたので、
夕方や休日には、その場所が、
私たち小学1年生には格好の遊び場になっていた。

土砂の小山の頂上に立ち、思い切り走り降りていく。
その勢いをもって、次の小山に。
傾斜に脚を上手く送れずに転んだりして、
膝を擦りむいて血を出しながらも、
暗くなるまで思い切り遊んだ。

今なら、立ち入り禁止になっているような場所だったが、
当時は何も規制がなく、
おかげで思う存分楽しい時間が過ごせた。

小2から通い始めたピカピカのJ小学校は、
小1のときにお世話になったT小学校のように、
体育館の雨漏りにバケツを用意することもなく、
だるまストーブに石炭をくべる必要もなかった。
重油を使った全館暖房で、
真冬の寒い時期でも、暑すぎて窓を開けることすらあった。

春から秋は虫の季節だ。
私は学校が終わるとすぐに、
J小学校から100mの下り坂を数分で駆け下り、
家の玄関にランドセルを投げ入れると、
その足で捕虫網を抱えて学校の裏山に出かけた。

もともとが雑木林の里山を削って小学校を建設したので、
学校の裏山には、雑木林がそのまま残っており、
多種多様な昆虫たちが生息していた。
また学校の横に流れる小川を形成する沢には、
沢ガニや水生昆虫が多くみられた。

小学校高学年になってくると、私は特に蝶に興味をもち、
標本をつくることに夢中になっていった。

晩秋になり、昆虫たちが少なくなると、
谷に続く小道に、大量に積もった落ち葉を使って
急斜面から滑り落ちる遊びをした。
ズボンに穴が開いて、帰ってから母から叱られたが、
すぐに知恵を働かせて、叱られないように
蓆(むしろ)や茣蓙(ござ)を持ち込んで滑り落ちるようにした。

冬になると、
小学校の体育館横の傾斜を利用してソリ遊びをした。
私は器用な父がつくってくれたソリを使って滑った。
父は竹を割って火で炙り、
微妙なカーブを付けたものをソリに付けてくれた。
実によくスピードが出た。

四季を通じて山の中に基地も作った。
雑木林の中を探検して真っ黒になった。
一度大きな骨をみつけたときには怖かった。
小学校の6年間、
まるでそれが仕事であるかのように、実によく遊んだ。

そして卒業式。
蛍の光や校歌を歌っていたら、なぜか涙が出てきて困った。
男子で泣いている子は、私の他に居たのであろうか。
今思うと、あれは思い切り幸せな涙だったのだ。
幸せすぎた小学校時代を振り返った嬉し涙。

そして。
私には、それが自身の最後の卒業式になった。
中学、高校、大学と、卒業式には出られなかった。
入院していたり、失恋して寝込んでいたり、
まあ、人生いろいろあるよ。

自身一度きりの「卒業式」のことを父に話したら、
父は「修学旅行」に行ったことがない、と切りかえされた。
そもそも、戦争の時代を生きてきた父には、
そんなことくらいで、
はしゃいだりしている人間が滑稽にうつるのかも知れない。

でも、私にとっては忘れられない記憶になっている。

☆ J小学校校歌 ♬の第1番(覚えている範囲で)
 たかつき繁る 宮ちかく ♪
 翼をはった 輝く母校 ♪
 諏訪湖みわたす 明るい庭で ♪
 われら鍛えよ いつの日も ♪


イメージ 1

      翼を張った輝く母校 諏訪市立 J 小学校

嗚呼、高校ラグビー!

大阪の花園ラグビー場に試合終了の笛が鳴る。
「KS」くんが、左ウイングとして出場した岡工は、
1回戦で岡山県代表の津山工業を大差で破って勝ち上がり、
大阪代表の淀川工業との2回戦を同点で引き分けた。

あの年、岡谷工業高校は長野県予選を他校を
全く寄せ付けない力で勝ち上がり、
そのままの勢いで全国大会に臨んでいた。
自慢の重量フォワードと俊足の両ウイングを有したチーム力は、
岡工ラグービー部史上、屈指の戦力だった。

KSくんは中学3年生の夏期講習から塾に来た。
初対面で「KSくんだね。じゃあ、Kちゃんと呼ぼうかな」
と言った私の顔を彼は鋭い眼光で睨み返してきた。

あるとき、こんな事件があった。
秋も終わりの寒い日に、彼は真っ赤な顔をして塾にやってきた。
ろれつが回らない。
明らかに酒に酔っている。しかも相当に。
彼は学校では無口らしかったが、その時は雄弁だった。
「悪友のところに集まっていて酒を断れなかった」
「団地内を何周かランニングしてきた」
「ランニングして酒を醒まそうとした」とも。
とにかく彼は良くしゃべった。
そんな状況でも彼は塾に勉強しに来た。
だから今日のことは不問に付そう、私はそう思った。

彼は体格こそ175cm程度であったが、
スポーツ万能の運動神経と鋭い目つきで恐れられていたらしい。
同級生を一睨みで泣かせてしまった話や、
隣町の中学生から呼び出しを受けて一人で乗り込んでいったら、
相手がみんな逃げてしまった話や、
同学年の生徒をバスの停留所の支柱に括り付けて放置した…
そんな話を人づてに聞いていた。

そんな彼だったが、
同級生の女の子が言うには、
「学校ではいつも威張っていて恐いけど、塾では笑顔で気持ち悪い」と。どうやら塾では別人になるらしい。

冬が来て、いよいよ進路を決めなければならない時期になった。
Kくんは岡谷南高校への進学を希望していた。
岡谷南はそれなりに学力が必要な高校だが、
彼には合格圏内の学力はある。

「岡谷南に入って勉強したいのか?」という私に、
「勉強は嫌いだ。岡谷南で野球を続けたい」という。
「だったら岡谷工業はどうかな?」
「岡工で野球ですか?」
「いや、ラグビーだよ。君の運動能力や性格はラグビーに向いている んじゃないかな。
 それに、岡工なら花園の全国大会に出られると思うよ」
「じゃあ、もしオレが花園に出たら、先生は応援にきてくれる?」
「ああ、絶対にいく」
「それならオレ、岡工にする。岡工でラグビーをやりたい」

そして私は彼との約束を3年後に果たすことになる。
1回戦の津山工業戦の応援は
大雪で高速道路が閉鎖されて行けなかった。
そして2回戦、
暗いうちに家を出た私は花園ラグビー場にやってきた。

試合開始一時間前のグラウンドに降りて、
ゴールを見上げていた私の横を岡工の選手が通り過ぎていく。
居た。Kくんだ。
「K!」
彼は私の方に鋭い視線を送ってきた。
気迫が全身から溢れていて恐い。
「おう、先生、来てくれたんだ!」
彼はそう言うと柔和な微笑みをみせた。
「K! 勝てよ!」
「おう、絶対に勝つ!!」
彼はそう言うと短距離の選手のように全力で疾走して行った。

試合中に野球やサッカーのような黄色い声援は一切なかった。
低音でドスの効いた「おーかーこー」の応援しか聞こえない。

重量フォワードの激突、モール。俊足のウイングをタックルが襲う。
倒された選手から別の選手へとボールが託される。
実力者同士が全力でぶつかる、すごい試合だった。
見ているだけで背筋が寒くなった。
彼らを走らせているものは度胸ではない。勇気だ!

試合は終わった。
ラグビーには延長がないために、抽選で勝ち上がる学校を決める。
抽選くじの結果、3回戦に進むことができたのは淀川工業で、
岡工は涙をのんだ…。

私は…ひたすら高速道路をぶっとばし、
時々「あー!」「くそー!」と激しい言葉をぶつけながら
帰路についていった。


後日。
高校を卒業した彼は、穂高のワサビ漬けを持参して塾を訪れた。
「先生、就職が決まりましたので報告にきました」
「どこに就職したの?」
「C電力です。オレ、ラグビーやってなかったらC電には入れなかったと思います」

さらに数年後。
彼の結婚式に招待された私が会場で見たものは…。
いやはや、近づきたくない猛者の集団で会場はいっぱい、いっぱい。
みーんな、あの時のラグビー部の連中だ。(笑)



彼は私の親友で、名前をTKという。

彼は小学生の頃、発言好きで素直な明るい少年だった。
読書好きな彼は、推理小説やSF小説が大好きで、
将来はホームズのような探偵か、アルセーヌルパンのような怪盗か、
宇宙のことを研究する科学者になることを夢見ていた。

そんなTKだったが、中学生になると口数が減り、内向的な性格になり、
学校でも、居るか居ないか分からない存在になっていった。
その変化の理由を、周りは思春期が原因と考えていたが、
実際は精神的なものではなくて、肉体的なものだった。

彼は中学1年生の後半には、鼻では息が出来なくなっていた。
彼は小学生のときに「副鼻腔炎」と診断されていたが、
家族も彼自身も、大した事はないと思っていた。
だから医者には行かずに何もしなかったのだ。

その結果。
中学入学時には、鼻腔の横にある上顎洞はすでに膿でいっぱいで、
信じられないことに、眼の上の前頭洞まで膿でいっぱいになっていた。
度々、激しい偏頭痛が彼を襲い、全身に蕁麻疹ができた。
彼は記憶に障害を発症し、試験勉強はおろか、
大好きな読書も出来なくなった…数秒前に読んだ箇所の記憶がないのだ!

TKは、高校入試が終わると、すぐに入院して手術を受けた。
それは上の唇の裏側からメスを入れて上顎洞を斬り開き、
膿のついた骨をゴリゴリ削り取るから、かなり痛い手術だった。
そのまま2週間入院していたから、TKは中学の卒業式にも出なかった。

そして高校生活は始まった。
希望には程遠い高校に入学したから、毎日が苦痛だった。
手術で上顎洞の膿は取り除かれたが、鼻を擤むと毎回血の塊が出た。
出血でいつも顔色が悪かった。
おまけに、眼の上から額の部分・前頭洞に残された膿はそのままだったから、
(前頭洞は危険で手術ができないのだ…)
激しい頭痛も記憶障害も、そのまま改善しなかった。

朝が来ると、早く学校が終わって夜にならないかと願った。
土曜の午前の授業が終わると、あと何回学校に行けば卒業できるかと…
そんなことばかり考えて週末を過ごしていた。
やがて胃潰瘍にもなって通院し、胃の痛みにも耐える毎日になった。
そんな状況だったから、
学校に行く意味を見いだせなかった。
生きている意味も見いだせなかった。

担任は高校3年間、ずっとK先生だった。
五十歳代後半の小柄な男性で、社会科を担当していたが、
脱線のない真面目なだけの、つまらない授業だった。

K先生は一度、
帽子をかぶったまま授業を受けようとした男子生徒を叱りつけて、
生徒と睨み合いになったことがあった。
運動部に所属していたその大柄な生徒は、
丸刈りの頭を隠そうと帽子をかぶっていたのだが、
K先生は、顔を真っ赤にして「教室内では帽子を取れ!」と。
二人の睨み合いが続いた。

その筋骨隆々とした生徒は興奮して立ち上がり、
K先生を上から見下ろしていたが、
やがて帽子を取ると床に叩き付けて、睨み合いは終結した。

TKはその時、K先生が担任で居てくれることが嬉しいと感じた。
その一件以来、高校をやめることは考えなくなった。

その後もTKの高校生活は、何も変わる事なく過ぎていった。
TKは予習も復習もテスト前になっても何も勉強ができない。記憶できない。
おまけに、夜も胃の痛みで眠れない日々が続く。
自分の部屋でよく机を思い切り拳で叩いた。痛さでも泣いた。

毎日毎日、余程暗い顔をしていたのだろう。
担任K先生が、TKの自宅を訪問した。
約束の時間よりも早めにやってきたK先生は、TKと居間で母親を待っていた。
そこにTKの母親が、勤めている会社を抜け出してきた。
時間より早かったから、母親は、K先生はまだ来て居ないと思ったのだろう。
K先生の斜向い側に座っているTKに向かい、何を思ったのだろうか、
母親は網戸越しに百面相を始めた。ほっぺたを引っ張ってみたり、舌を出してみたり…。ようやく先生が座っていることに気付く母親…。
TKは、あまりの恥ずかしさに真っ赤になり、
「すみません」とK先生に謝ったそうである。

そのときK先生はTKにむかって
「いや〜、良いお母さんだね。君は本当に良いお母さんをもって幸せだ!」
と、満面の笑みを浮かべて言ったそうである。

TKは結局、高校を卒業したが、体調不良で卒業式には出なかった。
卒業証書は後日、K先生が自宅に届けてくれた。
「君はこのまま終わってはいけない。
 ぜひ君は勉強をやり直して大学に進みなさい」
そう言ってTKに買ってきた参考書類を手渡したそうである。

TKは、その後も体調がすぐれず、
それから一年間は自宅で引きこもりをしていたが、
やがて勇気を出して東京に出て行った。
東京でも体調には悩まされ続けたが、
やがて漢方薬局の薬剤師や、西洋医学の特効薬に出会い、
自らの十数年間に及ぶ節制もあり、徐々に元来の自分を取り戻していった。

K先生は教員を退職後も、TKの事を気に掛けてくれて、
TKが社会人となったあとも、手紙をくれて励まし続けたという。

そのK先生は、先日94歳で亡くなられてしまったそうである。

「一度、K先生の自宅にを訪れて、元気な顔を見せたときに、
 先生は本当に嬉しそうにしてくれた…」
「いつでも遊びに来てください…そう毎年の年賀状に書かれていたのに、
 俺は一度しか先生に会いに行かなかったのが悔やまれてならない」
TKはそう言って泣いた。

教員といえども普通の公務員である。
明るい生徒が好きに決まっている。将来、スポーツや勉強で活躍するであろう生徒と仲良くしておく方が楽しいに決まっている。
だから当然、プラスの面で目立つ生徒を可愛がる。

比べて、TKの恩師は「教育者」である。
「教育者」とは、勉強のできる生徒・出来ない生徒、スポーツの出来る生徒・出来ない生徒、明るい生徒・暗い生徒…ようするに、どんな生徒にも依怙贔屓(えこひいき)をしない先生のことである。
その視線は、日の当たる生徒にも、日陰の生徒にも、平等に注がれる。

新聞でK先生の死を知り、TKは仕事の途中で葬儀場へ。
遺族にお悔やみを言い焼香へ…。 え、焼香台が見つからない!
慌てて係員に聞く。
焼香台は死角になった場所に3台も置かれていた。
そこには大きなK先生の笑顔の遺影があり、
まるで「TKくん、ありがとう!君はそそっかしい所が、お母さんにそっくりだね〜。本当に良い人だよ!」と先生の声がしたように思った…と。


TKの恩師のK先生。
これからもずっと、私とTKの人生の指針なのだ。






























辺りは真っ暗だ。

懐中電灯の灯りだけを頼りにして、

真白い息を凍らせながら雪と砂利が混じった急な坂道を上って行く。

夜明け前だから、気温は氷点下10℃に近かっただろう。

城北小学校4年生だった僕たち四人は、山の中の雑木林の中にある、

中継地点になる「七曲がり」の笹の道を目指して、

千本木川に沿って続く雪の積もった小道を黙々と歩いていた。


出発時の高揚はすでに消えていて、

暗闇を行く少人数の心細さが僕らを無口にしていた。


やがて、東南の方角の山の裏側が少し白み始めた頃、

誰かが「あっっっ」と奇声を発した。

彼が指さす方角を見れば、見覚えのある怪獣が、

尖った鋭い三角形を備えている灰色の皮膚をまとって

仁王立ちしているではないか!


「わあ〜っ」と僕らは雑木林をめざして、一目散に駆けだした。   

そして「七曲がり」の入り口付近で、

僕らは息が切れ、足がもつれて雪の上に重なりあって倒れた。


太陽が現れて、雪上を照らし始めていた。

怪獣の陰影はどこにも無かった。

そこには、垂直に切り立った灰色の岩場の、

凹凸のある複雑な地形が見えるだけだった。


夏には何度か通ったことのある「七曲がり」だったが、

冬のそれは勝手が違っていた。

冬用の長靴を履いているのに、何度もすべって転んで、

全身が雪まみれになった。

雑木林の七曲がりを抜けると、

そこには別世界の明るさが広がっていた。


夏には小さな滝だった川が凍って、そこに朝日が反射している。

水滴の一粒一粒が水晶のような形を形成し、

虹色のグラデーションの連続が瞳に飛び込んできた。


幼い小学生の目にも、その光の芸術群は格別なものに映り、

僕らは20センチにもなる霜柱を踏みつけながら、

しばらくはその場所で遊んだ。


最後の急な坂道を上りきると、僕らは「蓼の海」に着いた。

背中のナップサックに入れて持ってきたスケート靴を取り出し、

握力の足りない少年の指で、ひもを強く結んだ。


鈴木恵一などの名スケーター達が

日本記録を何度も塗り替えた天然氷のリンクの上を、

僕らは転倒を繰り返しながらも元気に滑っていた。

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