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「大谷翔平というスーパースター」
スポーツ選手がどんな記録を作ろうが、活躍しようが、
その運動能力が時代のニーズに合致しただけの話題であるから、
「ふーん、金メダル、良かったね」「すごいね」
くらいの感想しか持たないのだが、
大谷翔平という青年については、とても興味がある。 始めて彼の姿や活躍を知った時の印象は、
「まるで金太郎みたいな青年だな」、そう思った。
ほとんどのプロスポーツ選手は、髪型を気にする。
染めてみたり、アフロヘアーやモヒカン刈りにしてみたりで、
その精神構造は子供みたいなものだ。
胸元には下品な金色の鎖をしたりで、何とか目立ちたいらしい。
芸のない安っぽい芸能人に近い選手も多い。
今、大リーグ挑戦の大谷翔平選手は、キャンプでの前評判を覆して、
160キロを越える剛速球をバンバン投げ、
メジャーの投手のくせ球を豪快にスタンドに運ぶ。
それは彼の稀に見る卓越した運動能力のなせる技なのだが、
そんなことで彼に興味をもったわけではない。
彼はいつも自然体なのである。
髪型は、1000円カットの床屋でやってもらったのと変わらないし、
インタビューで語る言葉にも飾り気がない。
まったくもって屈託がない。
イチローのように格好をつけた言葉を用意しない。
冬季オリンピックで、
表彰台に大きな耳輪をつけて上がった日本の青年がいたが、
大谷翔平という青年は、その対極に存在している。
彼にはいっさいの飾りは必要ではないのだ。
こんなプロ野球選手を今まで見たことがない。
まさに始めて出現した「スーパースター」なのである。
※フリーイラスト集より
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☆ つれづれ現代 ☆
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「豪徳寺の招き猫伝説」&「井伊直弼の墓」&「ねこ検定」のお話し
所用で訪れた東京だったのですが、
かねてから行ってみたかったのが豪徳寺なのです。
理由は私が猫好きだから、それだけでなんです(^_^;
招き猫の大群を見たいのです(^^)
小田急線の豪徳寺駅で下車して、
iPadをたよりにして歩くと10分と少しで到着しました。
火野正平さんなら自転車で「とうちゃっこ」ですねぇ。
少し歩いただけなのに、非常に暑かったにゃーご(×_×)
豪徳寺の招き猫の由来です↓
伊井家の第2代藩主・伊井直孝が、
寺の猫が招くので豪徳寺の門内に入って休憩をしていたところ、
直後の雷雨を避けることが出来た上に、
和尚の法話を聞くことが出来たことから、
後に伊井家の菩提寺になったとのことです。
後に桜田門外の変で暗殺された井伊直弼の墓もあります。
ここが第13代藩主・井伊直弼の墓。この方も幕末の英雄だと私は思っています。
手を合わせてきました。
豪徳寺を去る前に、とても面白い話を聞きました。
豪徳寺には実は賽銭箱がないのです。
理由は豪徳寺を訪ねてボランティアガイドの方に尋ねて下さい。
運が良ければ教えてもらえるかも知れません。秘密なんです。
◎閑話休題。
ついでに「ねこ検定」について。
年度末に第1回のねこ検定を受けてきました。
受験者は東京会場だけで軽く1000人を越えたとのことです。
受験料の一部が千代田区の野良猫たちの保護活動や医療費に使われるそうです。
単なるブームで終わらせたくはないですね。
是非全国の野良たちのためにも使っていただきたいです。
と言うわけで、一夜漬けでしたが、なんとか初級と中級に合格できました。
上級はなかったので受験できませんでした。
第2回「ねこ検定」は、2018年の3月25日にあるそうです。
上級があれば受けたいです。
今回は、かるーい話題でした。。。おわりにゃ
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大リーグで活躍しているマーくん。年俸も20億円以上である。
そのマーくんの登板試合で、著名な大リーグ解説者が試合中に
「ピッチングコーチがマウンドに行くのに通訳を同行するな!」
「外国人の投手はベースボールの言葉を覚えろ!」と
テレビ中継で意見したことが物議をかもしている。
大リーグではマウンドに通訳を同伴するのを認めているから、
ルール上は何の問題もない。しかしながら、
マーくんは渡米してからすでに3年も経過しているMLBの投手だ。
そんな記事を読んでいて、
私はかつてマリナーズでクローザーとして大活躍していた
長谷川投手のことを思い出した。
彼は日本のオリックスのプロ野球投手だったが、
早くから大リーグ挑戦の夢を持ち、オリックス時代から英会話学校にも通い、
通訳なしで記者会見をして大リーグのマウンドにも立った。
さらにアメリカに渡ってからも英語の勉強を続けて、
「メジャーリーグで覚えた僕の英語勉強法」(幻冬舎)を
出版するほど英語が堪能であり、1998年には米国永住権も獲得している。
しかもオリックス時代には並の投手だったにもかかわらず、
2003年、大リーグでは35歳にして、
マリナーズであの「大魔神」佐々木に代わるクローザーとして大活躍し、
その年の防御率は驚異の1点台であったと記憶している。
オリックス時代に最高140キロだった球速は、
大リーグに移籍してから149キロに達している。
これは大リーグ入りしてから続けたウエートトレーニングの成果である。
オリックス時代から大リーグでやるという目的をしっかり持ち、
英語もしっかり勉強してから渡米した長谷川投手。
目的意識が高く、飽くなき向上心を持ち続けている長谷川滋利さんは、
プロ野球の選手というより、人生のプロフェッショナルである。
《参考》☆長谷川投手の英語 ↓
《参考》☆川崎内野手の英語 ↓
マーくんはMLBのプロとして、
20億のほんの一部を英語の勉強に使ってほしい。
MLBで生きていく選手なんだから。
専属の家庭教師を雇えば良いだけの話なんです。
※参考
湖池健彦のアロマブログはこちらです↓
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「笑点」(日本テレビ系)放送50周年おめでとう!なのだ (^。^)
5月の連休中に「笑点」特別展を見るために、
日本橋の高島屋に行ってきました…ちょっと前になりますが^_^;
でも、京都で7月20日〜、横浜で8月3日〜、大阪で8月24日〜と、
高島屋を巡回していくみたいなので、まだまだ現在進行形ですよね。
笑点が始まったのが1966年ということだから、
これは確かビートルズが来日した年と重なるんじゃないかな。
小生はまだ6〜7歳だったはずだ。
今日、7月3日放送の「笑点」は面白かった。
歌丸師匠が司会を引退して、新メンバーになってから3回目。
番組は録画で行われていたから、
そろそろ三遊亭円楽師匠がFRIDAYされて、
そのウエーブが来るころかな、と思って見ていたら、
やはり波が来ました。
神妙な顔つきで落ち着きのないの円楽師匠と、
笑いをこらえた表情の他のメンバーが登場〜(^_^)
登場するなり、円楽は座布団をすべて没収されて、会場は爆笑!
その後も、メンバー全員による円楽イビリが続きます(^_^)b
まっ、身から出た錆なので、仕方ないですよね(^_-)
さて。
「笑点」特別展ですが、
まずは巨大な歌丸人形(3m)のお出迎えです↓
歌丸さん司会のときのメンバーも勢揃い↓
でも、少し斜めから見ると…薄っぺらいのです↓ (^0^;)
↑歌さんの持っている色紙には「笑いのある人生」の文字が。
↓こんな懐かしい少年漫画も展示されていました(O_O)
↑下の方の三人は、左から、三波伸介・先代の三遊亭円楽・
そしてそして、小生が一番好きだった三遊亭小円遊!
当時、小学生だった小生は、
なぜか三遊亭小円遊さんが大好きで、
毎回お腹を抱えて笑っていたのを覚えています。
顔は同級生の金子くん(あだ名・チンネン)によく似ていて、
この顔で、キザなことを色気のある仕草で言うので、
「なんて面白い落語家なんだろう」と感心していました(^。^)
プラスして、
三遊亭小円遊さんと、歌丸さんのやり取りは相当面白かった!
小円遊さんと歌丸さんが、お互いに真っ赤な顔になって、
落ちをつけて言い返す様子こそが、
今考えると、「芸」「話術」「間」というものに、
初めて出会った瞬間だったのだと思えます。
桂歌丸さんが、司会ではなくて回答者で元気だった頃、
歌丸さんって、座っているだけで、顔をみてるだけで
面白いなぁ、そんなことを感じていました。
何も言わなくても面白い。
それこそが「芸人」=芸のある人、の証拠なのだと思います。
ここ1年程の歌丸さんは、
病気療養中のこともあり、司会をしていても苦しそうだった。
「大丈夫かな…」
この、私が感じている思いを、会場の何人もが感じていて、
その思いが、歌丸さんにも届いていたに違いない。
「心配されるようになったら、司会は引退だよな」
それが歌丸さんの笑いの世界に対するプライドなのだと思う。
歌丸さん、そして43歳の若さで亡くなった小円遊さん。
お二人とも、本物のすぅっっっっごい「芸人」なのです。
若かりし頃?の歌丸さん人形↓
PS.そう言えば、2年程前に、
お笑いタレントとかいう奴らのなかで、
「僕は、売れっ子とか言われていたけど、
僕はただ、人から笑われているだけのお笑いタレントだと
ようやく気がつきました。
何とか、人を笑わせられる芸人になりたいのです」
そう言って、お笑いタレントを引退して、
落語の世界に飛び込んだ若者がいた。
ぜひとも、初志貫徹してほしいです。
◎参考までに、湖池健彦の「アロマブログ」は
こちらでやっています↓
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SBC信越放送 ラジオ「坂ちゃんのずくだせえぶりでぃ」 2
信州のローカルな話題である。
長野県にはSBCラジオという地方放送局があり、
午前中は比較的に時間がとれる私は、
「坂ちゃんのずくだせえぶりでぃ」というラジオ番組
を家事をしながら良く聴いている。
「ずく出せ」とは、怠け心を抑えて頑張れ、みたいな意味の方言で、
信州人は普通に使っている表現である。
ラジオは、他の事をやりながら聴けるのが最大の利点で、
坂ちゃん(坂橋アナウンサー)の軽妙な語りが評判である。
一時期、菊池恵子アナウンサーが病気のために休んでいて、
大ファンの私は大いに心配していた。
菊池アナが復帰してからも、しばらくは、かすれ声であったために、
本当に大丈夫なのかな・・・と思った時期もあった。
今は、金曜のレギュラーとして定着し、声にも張りが出てきたので
一安心というところである。
かつては、この番組、
坂橋アナウンサーと菊池恵子さんのやり取りが看板だった。
坂ちゃんの強烈な突っ込みを、恵子さんが軽く流す・・・
その絶妙なやり取りが実に面白かった。
昨今は、
坂ちゃんが恵子さんに「遠慮しがち」のトークになっているので、
パワーダウンしている感が拭えなかった。
やはり、恵子さんの体調が・・・そう感じていた。
しかしながら、坂ちゃんの毒舌は復活したのだ!
以下は、恵子さんの後継者?
峯岸悦子アナとの抱腹トークの一部^^
坂ちゃん「・・10時台のゆるいリスナー参加型コーナー、
月曜は、峯岸悦子デー」
峯岸アナ「ご無沙汰女子!」
坂ちゃん「トレンディー、アラサー、アラフォーはもう古いんです」
峯岸アナ「ご無沙汰女子!」
坂ちゃん「時代は」
峯岸アナ「ご無沙汰女子!」
坂ちゃん「略して」
峯岸アナ「ご無女!」
坂ちゃん「こう力説するご無女のカリスマ」
峯岸アナ「ご無カリ!」
坂ちゃん「峯岸くんと一緒に、ご無女について学んでいきます」
峯岸アナ「はーい!」
坂ちゃん「一番早く正解した方には、か・わ・き・も・の」
峯岸アナ「乾き物!」
坂ちゃん「をお送りします。チャレンジ、受付、電話のみ。
お一人さま1日1回のみでお願いいたします。
ではまいりましょう、今日の問題は・・・」
といった具合である。
一番ほめるべきは、峯岸悦子アナウンサーの寛容である。
昨今は、何かと「・・ハラ」「・・ハラ」などが話題になる時代。
女性アナに対して「ご無沙汰女子」「か・わ・き・も・の」
などの表現を使うと・・・とも思えるが、
私はこの番組から「古き良き昭和の時代」を連想している。
かつての民放ラジオはかなり過激であった。
テレビでは絶対言えないことが、次々と発言されて(特に深夜)、
ラジオの個性が際立っていたものだ。
朝から昼過ぎまでのこの番組、
PTAおばさんみたいなクレーマーからは、
いろいろと意見が寄せられているのかも知れない。
でもね、そんなのに負けていたら、
民放ラジオは要らなくなってしまう。
平成の世の中であっても、
一つくらいは「昭和ラジオ番組」が聴きたいよ\(^O^)/
坂ちゃん、峯岸悦子アナ、番組ディレクター、関係者のみなさん、
ぜひとも、あと30年は頑張ってくださいね。
あは、坂ちゃんは80歳を越えてしまうけど (^。^)
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