気象部屋

"Do Your Best and It Must Be First Class" 〜最善を尽くし一流たるべし〜

気象(その他)

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私ごとながら、今週月曜日に群馬県の碓氷峠に行ってきました。
本当は予報通りの晴れを期待していたのですが、どんより曇り空で山が近づくにつれ
霧も立ち込めるような天気となってしまいました。
湿った東風が予想よりも内陸部にまで拡大したことが予報の外れた原因。
その湿った空気が山の斜面にぶつかることで霧が発生したようです。
ただ、霧に包まれためがね橋はとても幻想的で、次第にこれもありなんじゃないかと
思えるようにもなってきました。


この碓氷峠周辺というのはもともと霧が発生しやすい場所なんです。
いわば階段のような地形をしている碓氷峠では、
関東平野で暖められた空気が上昇して冷やされることにより、霧が多く発生するんです。
軽井沢の年間霧日数は130日以上にも及ぶほど。
碓氷という地名の由来については、霧が多く「陽」が薄くしか見えないことから
「薄陽(ウスヒ)」と呼ばれ、それがいつしか現在の「碓氷」になったのではないか、
という説もあるそうです。

実は日本神話の英雄として有名な
かの日本武尊(やまとたけるのみこと)もここで霧に見舞われていました。
安中市にある熊野神社の縁起によれば、日本武尊は東国を平定し、武蔵、上野を経て
この碓氷峠に差し掛かった時、濃い霧が立ち込めて道に迷に迷われました。
その時、一羽の大きな鳥が朴(ほう)の葉をくわえて尊の前に落としながら道案内を
してくれたことで、尊は無事に峠の頂上に着くことができたそうです。

また、碓氷峠はかなりの急勾配の場所としても知られています。

日の暮れに 碓氷の山を 越ゆる日は 背なのが袖も さやに振らしつ

ひなくもり 碓氷の坂を 超えしだに 妹が恋しく 忘らえぬかも

という2首の歌が万葉集に収められており、
これから峠越えする者と、それを見送る者どちらも辛い思いをしていたことがうかがえます。
峠越えの最中に濃い霧に見舞われたら、それはそれは過酷な旅だったことでしょう。
今でこそ新幹線が開通したり道路が整備されたりと楽々県境を越えるとことができるようになりましたが、
昔はそうでなかったこと、これは私たち現代人も覚えておく必要がありそうです。


閉じる コメント(6)

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碓氷峠は、霧が多いのですね。
年間霧日数が130日というのは、年間の3分の1以上ですね。
これは、関東平野からの暖かい空気が要因なのですね。

平地である名古屋は、年間の霧日数が7.3日しかないようです。
平均して月1回以上霧が発生するのは3月のみのようです。
今年になってから、本格的な霧を見ていないです。

碓氷峠は、勾配の急なところも特徴なのですね。
新幹線の開通に伴って、在来線の鉄道路線は、ここが廃線になってしまったのですね。
岐阜県の関ヶ原付近も急こう配で、この前その区間を電車で乗っていても、下り坂はしばらくノッチを切って走り続けられる感じでしたが、ここは戦中に迂回路線が建設されたのですが、碓氷峠は迂回の機能自体を新幹線に譲ってしまったのですね。

本日は曇りで昼ごろから雨、最低14.5度、最高19.5度でした。
7日ぶりの最高20度未満です。

2016/5/6(金) 午後 9:53 [ 佐尾 麻衣 ]

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碓氷峠と言えば、横川駅で釜飯を買うのを楽しみにしていました。
機関車の増結を見た後、釜飯を買って飛び乗っていました。
間もなく、北陸新幹線(長野新幹線)が開通し、横川駅での楽しみはなくなってしまいました。
数回、通っただけですが、一度も霧が出たことはありませんでした。
霧が出やすいとは存じませんでした。

2016/5/7(土) 午後 10:13 [ 伊牟田勝美(風の谷の生活) ]

> 佐尾 麻衣さん、コメントありがとうございます。
こちらはこの4月以降たびたび霧が発生しています。交通機関が乱れることもあるため、幻想的だなど悠長なことは言ってられませんよ。

2016/5/7(土) 午後 11:57 [ panthanwatch ]

> 風の谷さん、コメントありがとうございます。
めがね橋から1966年〜廃止される97年まで使用された新線跡が見えましたが、かなり保存状態が良く待っていれば電車が来るんじゃないかという錯覚に陥るほどでした。しかし、もう来ることは決してないんですよね。あの時代に戻りたいです。

2016/5/7(土) 午後 11:59 [ panthanwatch ]

私は横川軽井沢間の碓氷峠区間はJR信越本線時代に青春18切符などで何回か乗りました。当時はJRの中では66パーミルと最急勾配で補助機関車を連結して走る姿は最高でかっこよかったです。この区間を含む横川と篠ノ井間は新幹線開業と引き換えにJRが手放した最初の路線で軽井沢と篠ノ井間は第三セクターのしなの鉄道、碓氷峠区間はバスに変換されてしまった。碓氷峠区間は横軽と呼ばれていてJRの名物路線だっただけに廃止されてしまったのはもったいないし少し寂しいです。地元では復活を望む声も。変換後も2010年にしなの鉄道とバスを乗り継いで長野から高崎まで1度だけ利用しました。碓氷峠区間をバスからの景色も最高だけどやはりなんと言っても鉄道が最高だ。でも、その日は雨だったのでリベンジと今度は逆方向(下り)で利用してみたいです。

2016/5/9(月) 午前 6:01 [ may***** ]

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> may*****さん、コメントありがとうございます。
路線自体が復活することは残念がらまずありえないでしょうね。ただ、文化むらからとうげの湯まで走っている観光トロッコ列車(シェルパくん)を軽井沢まで延伸する計画が密かにあるそうです。実現まではかなり先、もしくはされない可能性も大いにありますが、ちょっぴり楽しみです。

2016/5/9(月) 午後 11:30 [ panthanwatch ]


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