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1週間以上遅れましたが、私ごとながら22日から23日にかけて鳥取県に行っていました。 鳥取県といえば、言わずと知れた二十世紀梨の一大産地ですよね。 お土産屋には二十世紀梨を使ったお菓子等がたくさん置いてありました (私は写真の通りゴーフレットとゼリーを購入)。 でも、一体なぜ鳥取で二十世紀梨がこれほどまでに有名になったのでしょうか。 実は、もともと二十世紀梨が誕生したのは鳥取ではありませんでした。 発祥は、意外なことに鳥取からは遠く離れた千葉県松戸市です。 1888(明治21)年、松戸市に住む松戸覚之助という13歳の少年が 偶然にも親戚の家の裏庭にあるゴミ捨て場で小さな梨の木が生えているのを見つけました。 そして彼は、父が経営する梨園にその木を植え替えてみたところ、 10年経って実がなり、食べてみるととんでもない美味しさ! これまでの梨に比べて芯が小さく、果肉が多く、色は乳白色、口の中でジュワっと広がる 心地よい甘味と水分があり、文句なしだったそうです(梨だけに?笑)。 ※二十世紀梨の名前の由来 松戸で偶然見つかった梨に「二十世紀梨」という名前を付けたのは渡瀬寅次郎という人物。 渡瀬寅次郎は日本最初の農学士で、札幌農学校でクラーク博士の教えを受けていました。 「二十世紀になったら梨の王様になるだろう」と願いを込めて命名したそうです。 その後、梨は見事に期待に応えてくれて、全国へと広まりました。 1904年(明治37)年には、北脇永治という人物が松戸覚之助から苗木10本を購入し 鳥取県に導入しました。 これが鳥取県の梨栽培の始まりです。 とてもおいしい二十世紀梨ですが、ひとつ問題があって、それは黒斑病に弱いということ。 他にも愛知県や静岡県、愛媛県などでも二十世紀梨が普及したのですが これらの県では黒斑病との戦いに負けて栽培を断念してしまいました。 しかし、鳥取県では紙の袋を梨の実にかぶせて黒斑病による落果を防ぐという技術を 導入するなど生産者や農業団体、行政などが三位一体となり努力をしたことで、 見事に黒斑病を克服したのでした! また、鳥取県は気候の面から二十世紀梨の栽培に適しています。 露木の雨が少なく、台風の直撃もほとんどない。 冬は寒すぎず夏は暑すぎない。 今や全国の生産量の半分を占める日本一の二十世紀梨の産地・鳥取県。 その背景には、偶然の発見、たくさんの人の努力や諦めない精神、そして 最適な気候といった様々な要素の重なり合いがあったのですね。 そのことを思ってお菓子をおいしく頂きたいと思います。 最後におまけ 日本海です。キレイですね〜。 |
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2014年08月31日
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