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きのう、私は岩手県の宮古から久慈を結ぶ三陸鉄道北リアス線に乗りました。 北リアス線に乗ったことのある方なら分かると思いますが、途中やたらとトンネルが多いんですよね。 わざわざ費用をかけてトンネルを掘るくらいなら山の少ない海岸沿いを走ったほうが良いような気もします。 しかし、これは1896(明治29)年の明治三陸地震による津波被害を考慮したゆえのことなんです。 津波といえば5年前の東日本大震災を連想しがちですが、岩手県から宮城県の三陸海岸一帯では 津波に見舞われたのは実は今回だけではなく今から120年前にも同じような被害が出ています。
当時は高さ10〜20メートルの巨大津波が街を襲い、死者行方不明者は2万人を超えました。 三陸鉄道北リアス線は1970〜80年代に工事が始まり、 この時明治三陸地震を踏まえて路線の半分以上がトンネルとなる内陸よりのルートが選定されました。
そのおかげで東日本大震災の時は被災箇所5箇所、その距離は計5.8キロに留まったそうです (営業距離は71キロ)。
被害を受けた場所のひとつ島越駅からの眺めです。 もともと駅は現在の場所より100メートルほど南にありましたが、 駅舎は津波により消失し高さ15メートルの高架橋も崩落したそうです。
過去の災害が防災のヒントにつながることも。 災害は望むべきものではけっしてありませんが、 災害が起きたらそこから何かを学ぼうとする姿勢も大切なのではないでしょうか。 |
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2016年02月22日
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