くねくね曲がった道

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ひとりごと

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キャンプを考える。

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さてさて、GW突入。
と言うよりは、我が家にとっては待望のキャンプシーズン。

昨年から始まった我が家のファミキャン生活なんだけど僕自身はかれこれ30年以上。
ボーイスカウト時代からだからなぁ〜〜長いわ・・・

当時は、雪の中でキャンプさせられたり・・・シェルターを自分で作らせれたり・・・
ビバーグさせられたり・・・

これは何の修行なのかと思っていたのよ。で、これが面白い遊びだと気付いたのはずっと後の事。




ただ、体に染み付いている感覚は当時のまま。
地べたに近い所で寝っ転がる事によって、人間が昔動物だったことを思い出せてくれるような気がする。

まぁ〜そんな事を子供に体験して欲しい訳ではないんだけど、
とにかく自然の中で思いっきり子供達と遊びたい。若しくは何もしたくない。



キャンプ場はなるべく何も無い所がいいんだよね。本当は・・・

でも、子供達や嫁さんの事考えると便利なオートキャンプ場を選んでしまうんだけど、
これがまた、便利なのなんなのって・・・

お湯が出てくるキャンプ場まであるんだからビックリ。

そんな中で、無印良品がやってるキャンプ場はいいよね。
http://www.mujioutdoor.net/

何もない、高規格キュンプ場ってな感じで。
隣のサイトとも隔離されていてあまり隣を気にしなくていい。
それも、自然のままの状態をなるべく残してる所も好感がもてる。

昨年、南乗鞍には行ったんで、今年は嬬恋にでも行ってみようかな。

この無印良品の嬬恋キャンプ場は、バラギ湖の畔にあるんだよね。
このバラギ湖、昔ボーイスカウトの大会で行った事があるんだわ。
ミヤマクワガタを大量に捕まえて、横浜に持って帰って売ろうと考えてた事位しか記憶にないんだけど、
30年近く経って、どんな所になったか見に行くかな。



そうそう、道具も良くなったよね。
昔は三角テントで・・・かまど作って・・・飯盒でご飯炊いて・・・

あの頃、コールマンなんて憧れの的だった。
お兄さん達が使っていた、ランタンは本当に眩しかった。

小学生の頃、アメリカからボーイスカウトがホームステイでやってきた。
英語が分からない僕。日本語の分からないカウボーイ。
初めて意思の疎通ができた言葉が「コールマン」だったの。
お互いに、ポンピングする真似をしてゲラゲラ笑ってたなぁ〜〜


今では、コールマンのバーナーやランタンは使い辛い部類に入るキャンプ道具になっちゃったよね。
嫁も、2バーナーは使えないから、ガスタイプのに変えてくれって言うし。



まぁ〜キャンプ道具買うのは、釣り道具買うより嫁さんの理解も得られやすいし。
当分、キャンプ道具への散財は続くかな。

価値。。。

チビ助が保育園に行き始めて、4歳になって、
僕の知らない彼の世界が一つ、また一つ増えて行く。

泣き虫で、ワガママなで、甘えん坊のチビ助が、
いつの間にやらお兄ちゃんらしくなって。


最近、彼は貯金を始めたらしい。
大好きなチョコレートを我慢して。
じぃじからお小遣いを貰って。

チョコレートは、チビ娘が二つ入りのを選んで一つお兄ちゃんに渡す。
それも兄弟愛かな。(笑)


仕事を終えて、遅い夕食を取りながら、
そんなチビ達の話をママから聞く。


そして、彼の貯金の目的は、


「パパに釣り竿を買うの。」


胸が熱くなった。
嬉しくて、嬉しくて、


ちょっとフライングして貰った誕生日プレゼント。
「ありがとう」と言うのが精一杯。



こんな良い子に育ててくれたママにもありがとう。



釣り竿は誰にも見せる事無く、使う事もなく、大事に大事に仕舞う事にしよう。

いよいよ今週、我が家では初めてのテント泊が待っているの。
まあ〜僕的には男の子が産まれた時からずっと夢見てた行事。

先月、まずはコテージ泊をして様子見。
そして。。。

万が一に備えて我が家から20分。じぃじの家から10分の馴染みのキャンプ場へ。
ココなら真夜中チビ達が騒いでも大丈夫かなって思って。

これが成功したら、今月末に2泊3日の本格キャンプをやって完結。。。






思えば我が家は30年以上前からファミキャンをやっていたハイカラ家族。
当時は「うちは貧乏だからホテルには泊まれないんだ。」って思ってたな〜〜

そして、ボーイスカウトに入った。
所属の団は専用のキャンプ場を持っていたから、毎週末は何か理由を付けてキャンプをしてた。

軟弱なキャンプから、小麦粉2kgと少々の調味料だけ持たされて山に入るサバイバルキャンプ。
積雪3mの中の雪中キャンプ。

その中で一生の仲間にも出会ったし、色んな事も覚えた(酒とかタバコとか・・・)





中学生の時に親父から貰ったBUCKのナイフ。KELTYのフレームザック。ColemanのPeakOne

大事にまだ持ってるものから、どこか行っちゃった物。また少しづつ集めて行こうかな。
チビ助が中学に上がる時に、まとめてドバッと。

いやあ〜楽しみだ。。。

40歳の12月8日

それは、ジョン・レノンが亡くなった歳であり、日でもある……
僕もとうとう、ジョンより年上になるんだな〜〜


あの日、まだ中学生だった僕は、朝のFM番組でそのニュースを聞いた……
奇しくも、その時流れていた曲は「スターティング・オーバー(再出発)」


そして彼は、神となった……

思い出の革手袋

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15年位前、仲間4人と行ったアメリカ旅行。

レンタカーを借りて行ったラスベガスからの帰り道、何故かハイウェイを降りて辿り着いたのが、
NiptonStationと言う昔の駅馬車の駅。
http://www.nipton.com/history.html

旅の予定にも入れていなかったこの古い建物が、
慣れない国で相当ストレスが溜まっていた僕達には何故か心が和んだ。

ただ、小さなホテルと小さなレストラン、小さな雑貨屋を老夫婦が営んでいて、
まわりは砂漠と言うかサバンナと言うか…

とにかく何にも無い所に僕たち4人は半日居た。




まさにイージーライダーの出で立ちで、チョッパーのハーレーにまたがったおっさん達に囲まれた。

「お前達はどこから来たんだい?」
「日本から…」

恐る恐る答えると…

「俺が出会った初めての日本人だ!兄弟!」

小さな国際交流が始まった。




でっかい太陽が地平線に架かる頃、
僕は今日の記念になるものはないか、小さな雑貨屋を物色した。

そこで目に留まったのが12ドルの皮手袋。

レジでお婆さんに、
「今日の記念にこの皮手袋にサインをして欲しいのだけど…」

すると、びっくりしたような顔をして、奥に居るお爺さんに、

「この子が私にサインをねだっているのよ!」




今では擦れて見えなくなってしまったお爺さんとお婆さんのサイン。
でも、僕達の2週間のアメリカ旅行で、1番思い出に残るこの場所の記憶は消えることはない。

お爺さんとお婆さんはまだ元気にしてるだろうか……

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