●写真は7月2日に演奏するヴェルディ:レクイエムのスコア冒頭ページです。
私も含めてですが、器楽奏者の場合、演奏している曲の音の意味を譜面(音符の音価)だけから感じている人が多いように感じます。
●曲の中には例えばバロックの曲の物寂しげな印象に心を大きく奪われて演奏するケースも有るかとは思いますが、私はバロック音楽や古典派の早い時期の曲には雰囲気(例えば、例が適切かどうかわかりませんが>>「夕日が落ちるのを見て涙する・・・」ロマンティックな気分を感じる自分が素敵!!なんていった人生表現としてはあまり意味がないけど音楽や音の響きそのものと表現が音楽家(音楽そのものではなくて)、時代的に求められていたことと混同してはならないと考えています。いわゆる宮廷の求め=作曲家の身分がその時代。
●一方、ベートーヴェンさんやモーツァルトさんのように作られた背景に作曲家の全人生が感じられる音楽のケース、ドビュッシーのようなアトモスフェアそのものが人間の根源を幹事される音楽(ストラヴィンスキーの作曲家個人が特異に持って生まれた音楽的資質。)
●ショスタコーヴィチが社会そのものと人間の弱さ、強さ、卑猥さ、尊さetc...と対峙した人間の限界を超える表現。身近にはジョン・レノンが目指した、簡素だけれどヒューマニティー溢れる音楽。こそに着目し表現することが演奏家の一番根本的な責任と思っています(すべてではありません)。
●ヴェルディのレクイエムはよく『オペラ的で宗教曲的ではない(否定的な意味ではないと思いますが)』と言われます。でも曲そのものは素晴らしい!!何故なら心臓を鷲づかみにされてこの悲しみや人間の不遇を、切なさを、虚しさを、聴くものは(現代に生きているものは・・といったほうが正しいかも)知っているか?知ろうとしているか!と少なくとも私は責めたられているような気がします。今の若い人の音楽は意味をなんていったらいいでしょうかね。彼らにとっては彼らの時代時間に必要だとは感じますが。
●なんか徒然になってしまいました。ご完読下さった皆様、ありがとうございました。
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パッヘルベルの【カノン】と 千秋真一が 好きです♪
2008/3/26(水) 午後 4:48
ペコちゃん、ご無沙汰です。お元気ですか?
最近は元々の職業であったフルート演奏技術を活用して、個人レッスンもしていますよ(^−^)
また、近々ホームページ作成業務請負も始める予定です。毎日、仕事仕事勉強勉強・・・・。時間だけはすべての人に平等にありますから。ペコちゃんも遊んでばなりいないで、「勉強+努力+感性育成」=素敵なペコちゃん(^_^;)
2009/3/11(水) 午後 10:45 [ hello2009_muikamachi ]