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林家こぶ平が九代目林家正蔵を襲名する。
世間では好意的に受け止められているようだが、少し異論を唱えさせていただく。
こぶ平は、七代目(ななだいめ、ではない、しちだいめ)林家正蔵の孫に当たる。
その意味では、九代目襲名は筋論としてはおかしくはない。
七代目林家正蔵は名人だったらしい。
昭和の大人気噺家であった、林家三平はその息子である。
三平の落語は地噺といって、一般の古典落語ではない。一種の漫談に近いものである。
三平の芸は一種独特の名人芸であって、否定するものではなく、私も別に嫌いではない。

八代目林家正蔵のことを考えて見たい。
彼が、蝶花楼馬楽を名乗っていたころのことである。
先年亡くなった五代目柳家小さんの名跡問題があった。
彼は、若くして小さんという大きな名跡を継ぐことになった。
それには色々と、異論があったらしい。
ひとつは、「こんな大名跡を若くして継いで、うまくいかなかったらそのあとに継ぐ名前はない」ということである。
だが、これは本人の実力次第の問題であって、事実小さんは大看板(おおかんばん)になったのだから杞憂であったと言える。
もうひとつは、若い小さんよりも年も格も上の蝶花楼馬楽の方が、名前が格下だということであった。
馬楽にふさわしい、もっと大きな名跡はないか、という議論になり、七代目が亡くなって空いていた林家正蔵の名跡に白羽の矢が当たったわけだ。
かくして、蝶花楼馬楽は八代目林家正蔵を襲名する運びとなった。

今では「彦六の正蔵」として知られる八代目は、江戸っ子を絵に描いたような人物で、最もいい意味での頑固者で律儀な人物だった。
長屋に住んで、都電の定期で寄席に通い、プライヴェートでは定期を使わなかったという人物である。
「林家正蔵」という名前は本来、三平が継ぐべきものであり、自分は三平の家から借りているんだという意識を持っていて、いずれは返そうと考えていたのである。
ところが、想わぬことに自分より若い三平の急死により、そのタイミングを失った八代目は、数年間思い悩んだ挙句、この大名跡を返上したのである。
本来あり得ないことである。歌舞伎の世界で言えば、団十郎がその名を返上したようなもの。
本人曰く「名無しというのも変だから、何か名前をつけなければいけないと考えましたら、昔<彦六大いに笑う>という映画がありまして。落語家だから大いに笑うなんでいうのはとてもいいんじゃないか」
という考えで、初代林家彦六という名前を勝手に考えて名乗ったわけだ。
地位や名誉にとらわれない、「彦六の正蔵」のこんな考え方、生き方に共感する人は多いのではないだろうか。
このような経緯を踏まえても、こぶ平が九代目を継ぐことは、八代目の意思にも合っていることだし、別に異論はない。
でも、八代目の矜持を思えば、こぶ平は「自分はいまだその任にあらず」というのが本当ではないか。
確かに、最近のこぶ平は芸に精進していると聞く。
九代目襲名に備え、大きな噺にも積極的に挑戦しているという。
それはいいとしても、順序が逆ではないか。
本来、「この人はいい芸をもっているから、この名前を継がせよう」というのが筋であったはずだ。

惜しくも亡くなった二代目志ん朝を思い出してほしい。
一世を風靡した名人、六代目志ん生の次男であり、その実力は折紙付きであった。
大袈裟でなく、志ん朝こそ落語の歴史上最大の名人と言っても過言ではない。
もちろん、志ん生とは違う。志ん生は唯一志ん生であって並ぶものの無い存在であった。
しかし、志ん朝はまた唯一志ん朝だった。
志ん朝が七代目古今亭志ん生を襲名するという話ならば、どこからも文句の出ようのない、素晴らしい話だったはず。
ところが、志ん朝は継がなかった。なぜか。
志ん朝ほどの名人にして、父親である志ん生は余りにも大きな存在だった。真実、七代目襲名は怖かったのである。

こんな話がある。
志ん朝が死ぬ直前、談志と飲んでいる時、談志が「そろそろ継いだらどうだい」と水を向けると「兄さん(あにさん―談志のことをそう呼ぶ)が襲名披露の口上をやってくれれば」と半ば冗談で言った。
いい話に聞こえるけれども、裏がある。
談志は落語教会を飛び出した人物だから寄席には出られない。襲名披露の口上なんかできるわけがないのである。
それを前提にした話であって、婉曲に断ったわけである。

彦六の正蔵や志ん朝の志の高さを想うとき、こぶ平の九代目襲名を果たして祝っていいものかどうか、落語を愛する人は少し考えてみるべきではないか。

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