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めがね橋 |
(以前の記事)名橋巡り
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聖橋 震災復興事業の一環として、1927年に完成した。 聖橋の名は、「湯島”聖”堂」と「日本ハリストス正教会復活大”聖”堂(ニコライ堂)」を結んでいることに由来すると言われる。 設計は建築家山田守。 山田守の作品で、一般によく知られているのは、日本武道館と京都タワーだと思うが、この橋は多くの人々に親しまれている。 お茶の水橋から見る。 神田川は人工の川だが、東京でもこれだけの渓谷美を誇る場所はない。 右はJRの御茶ノ水駅。 聖橋の向こうに、地下鉄丸の内線が姿を現す。 ここではごく近い範囲で総武線、中央線、丸の内線の線路が3段になっている。 ポイントをうまく狙えば、3本の電車を1枚の写真に収めることも可能。 なお、この地下には千代田線が走っている。千代田線は丸の内線よりも新しく、深いところを走っているので、神田川はそのまま地下で越えている。 地下鉄丸の内線は面白い路線で、この場所の他に茗荷谷駅と後楽園駅の周辺でも地上を走っているし、四ツ谷駅では駅の部分だけ地上に出る。 お茶の水橋 隣の聖橋が余りに美しいので、非常に損をしている感じの橋。 いかにも実用一点張りの印象だが、構造的には面白い橋である。 ラーメン橋の一例としてよく紹介される橋。意外に鉄骨のラーメン橋というのは少ない。 しかし、この橋は橋脚の外側(両岸側)が片持ちになっていて、それに橋桁が乗る形になっていて、ラーメン橋とゲルバー桁の組み合わせという珍しい構造になっている。 「ラーメン」というのは、ドイツ語で「架構」を表わし、柱と梁(この場合は橋脚と橋桁)が剛接合になっている構造を言う。 建築ではごく一般的な用語。 地味に見えてしまうのは、思うに色がよくないのだと思う。自然の中なら赤が映えると思うが、こういう場所だから白がいいのではないか。 バックに、ノーマン・フォスターの日本での最初の作品「センチュリータワー」が聳えているのが、個人的には好みの風景。
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不動沢橋 |
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箱根登山鉄道 早川橋梁(塔ノ沢−大平台駅間) 6/18 仕事で小田原に行くことになった。 この日の夜は、プライベートで川崎に行くことになっていたが、ちょうど日程が噛み合ったのだ。 午前中はフリーになったので、箱根に足を伸ばしてみることにした。 と言っても、時間が限られているので、箱根登山鉄道と早雲山までのケーブルカーの往復が限界だった。 ただ、咲き始めたアジサイを車窓から眺めながら行くのもなかなか楽しかった。 関東育ちなので、箱根はお馴染みなのだが、実はこの電車に乗ったのは初めてなのである。 前回、小田原から入生田までを往復しただけである。 箱根登山鉄道は、箱根湯元で乗り換え、強羅までの急勾配を登る日本有数の登山鉄道である。 3度のスイッチバックがあるのが最大の特徴で、つまり発車した時と到着した時は向きが反対になっていることになる。 塔ノ沢駅を出てすぐ、早川を渡る。 この鉄橋は、通称「出山の鉄橋」とも呼ばれている。 秋には紅葉の名所になるので、この時期は目が覚めるような青葉が美しい。 橋の上から見る風景。 橋を過ぎると1回目のスイッチバック、大平台駅で2回目のスイッチバック、更にもう一回のスイッチバックを経て強羅に向かう。 橋長は61mのダブルワーレントラスである。 単純な三角形のトラスをワーレントラスと言い、X字型になっているものをダブルワーレントラスと言う。 これは斜材が中央でピン接合になっているので、座屈に対して有利になっている。 単純なワーレントラスがX字型になっただけで、デザイン的に洗練されたものに見えてしまうのが面白い。 実はこの橋は、1888年に東海道線天竜川橋梁として架設された19連の一つを再利用したものである。
1915年に工事開始、2年後に完成した。 この時代、こういう使い回しはよく行われている。 |
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利根川河口に架かる銚子大橋は、1962年に開通した。 当時としては国内有数の長大橋だった。 当初は有料道路だったと思う。 「凄い橋が出来たらしい」と、うちの方でもたくさんの人が見物に行ったらしい。 その橋も老朽化には勝てず、架け替えとなった。 新しい銚子大橋は流行の斜張橋である。 旧橋の老朽化は待ったなしの状態だったと思われ、中央2径間だけが今年の3月から暫定供用されている。 実はこの新橋も両端部分はまだ出来ていない。 中央だけ新しい橋という、なかなか珍しい状態である。 旧橋は撤去工事中で、1スパンが残っている。 旧橋は単純なトラス橋だったが、結構好きな橋だった。 こうなる前に撮影しておきたかった。 別の1スパンは、台船に載せられ、岸壁で解体作業が進んでいる。 これも珍しい光景と言える。 |






