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月山、湯殿山、羽黒山を総称して出羽三山と言います。 古くから山岳信仰の山として知られており、それぞれに神社があります。 月山には山頂に月山神社があり、湯殿山は山本体が御神体です。 普通、出羽三山神社と言うと、羽黒山神社を指します。 月山、湯殿山は冬季は深い雪に閉ざされるため、比較的雪の少ない羽黒山に三神を祀っています。 それが三神合祭殿です。 この藁葺屋根の厚さは2.1mもあり、他に類を見ない特異な建築と言えます。 国の重要文化財。 羽黒山五重塔 東日本で唯一、国宝に指定されている五重塔です。 高さは29.9m 平将門の創建と伝えられています。 樹齢1000年の爺杉(天然記念物)の向こうに五重塔。 同じように悠久の歴史を刻んできた存在。 |
(以前の記事)伝統建築
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熊野神社長床(福島県喜多方市) 1055年、源義家とその子である八幡太郎義家が、現在の河東町に熊野神社を勧進し、その後1085年に義家がこの地に遷宮したものと伝えられる。 この長床(ながとこ)と名づけられた建物は、参道の正面、本殿の手前に建ち、拝殿の役目を果たしている。 桁行9間、梁間4間、直径1尺5寸の柱が44本林立する空間で、壁も建具もない吹きさらしの建築である。 このような形式は修験道に由来するものとされているが、現存するものとしては唯一のものかも知れない。 1611年の大地震で倒壊、翌年再建されたが、創建当時の姿と変わってしまったため、1971〜74年にかけて行われた解体修理で、当初の姿に近い形で再建された。 足元と内法(うちのり−柱の頭を繋ぐ部分)に長押が通り、水平線を強調する。 現代においては、長押は鴨居の上に通す意匠的な部材だが、昔は構造部材であって、長床ではこれが耐震要素になっている。 44本の柱が林立する空間。 全体のイメージ、細部のデザインに至るまで、簡素で力強さが漲る建築となっている。
国の重要文化財 |
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吉島家住宅 岐阜県高山市 吉島家は、江戸時代中期から代々造り酒屋を営み、江戸時代後期からは生糸の売買などで栄えた旧家である。 明治8年の大火で焼失、翌年に再建されたが、明治38年に再び焼失した。 現在の建物は、明治40年に名工西田伊三郎により建てられた。 隣の日下部家住宅とともに、国の重要文化財に指定されている。 日下部家の男性的な力強さに対し、女性的な繊細さに溢れていると称される。 正面入口部分 軒先には、造り酒屋であることを示す杉玉が下がる。 格子の意匠はとても繊細である。 この建物は2階建てだが階高は低く、一種のスキップフロアになっていて、内部構造は意外に複雑である。 土間の吹き抜け部分の意匠は、この住宅の白眉と言える空間。 柱は檜、梁は赤松が使われている。 棟まで1本で通した大黒柱は太く美しい。 梁は鉋で仕上げられ、漆を塗られている。 高窓から差し込む光が、斜めにこの吹抜けを通り、陰影をもたらす構成はこの上もなく美しい。 中庭と裏庭があり、茶室、仏間、本座敷、次の間から眺められる。 裏庭に面した縁側は、ケヤキの一枚板で、厚さは2寸。 自在の意匠はシンプルかつ機能的である。 1977年、アメリカの建築家チャールズ・ムーアが「最高の日本建築」と絶賛した。
観光客が行き交う三之町からはちょっと離れていて、静かな雰囲気を味わえる。 隣の日下部家は「民芸館」と銘打っているので観光客にも人気だが、できればこちらも見学されることをお勧めしたい。 |
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山居倉庫 山形県酒田市 これは明治26年(1893)に建てられた酒田米穀取引所の倉庫で、築百年以上経った今も現役の農業倉庫です。 土蔵造りの12棟から成り、屋根は二重構造で、倉の内部は湿気を防止する構造になっています。 ファサードデザインは、簡素ながら均整のとれたプロポーション。 なかなか大胆なキャンティレバーですが、遊び心にも溢れています。 建物の背後は、最も有名なポイント。 「倉庫の裏」というイメージからは程遠い。 見事なケヤキ並木ですが、日よけと風よけの役目を果たし、自然を利用した低温管理が行われています。 現代の倉庫で、これほど贅沢な意匠を纏った建築はありません。
工場や倉庫といった生産施設は、どれほど優れたデザインであっても、デザインが生産性に直接寄与しないからです。 山居倉庫を見ていると、現代って本当に進歩したのだろうか、と考えさせられてしまいます。 |
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室生寺 奈良県宇陀市 2006.4.9 奈良の桜撮影の途中で立ち寄った室生寺。 真言宗室生寺派大本山の寺院です。 女性の入山が許されたことから「女人高野」と呼ばれ、これは室生寺の代名詞にもなっています。 日本で一番小さな五重塔です。 高さはわずか16.1m。一番高い京都の東寺(教王護国寺)の五重塔が54.8mですからその1/3以下の高さしかありません。 1998年9月22日、台風で倒れた高さ50mの杉が屋根を直撃、各重の屋根が大被害を受けたのはショッキングな出来事でしたが、それでも倒壊に至らなかったことに驚嘆しました。 翌1999年から2000年にかけて復旧工事が実施され、元の姿を取り戻しました。 小さいながら、これは日本で最も美しい五重塔だと思います。 五重塔としては法隆寺に次いで古い塔です。 特徴として、一重から五重に至る屋根の逓減率が小さく、屋根の大きさがあまり変わらないことです。 法隆寺の五重塔は一重目が大きくどっしりした印象ですが、室生寺のそれは軽快な印象があります。 石段の下から見上げるとき、この塔の美しさが最も際立ちます。 土門拳の、雪を被った室生寺の五重塔の写真は有名です。 室生寺を過ぎてしばらく上がると、春爛漫の室生の里を見下せる場所があります。 ところで 五重塔が地震で倒れたという話は聞きません。 逆に言うと、五重塔を倒すほどの地震は存在しないと言ってもいいようです。 五重塔はなぜ倒れないのでしょうか。 五重塔は箱を5層、一番上に大屋根を1層積み重ねた構造です。 有名な宮大工の西岡常一氏によると、五重塔の屋根を手でゆっくり押すとゆらりゆらりと揺れるらしい。 今で言う、柔構造で作られています。 五重塔の中心には、心柱と呼ばれる通し柱が上下に貫いています。 「地震荷重は心柱に集中し、最終的に地盤に伝わる」かと思うとそうではない。 法隆寺などの五重塔では、心柱は礎石の上に載っています。 この構造だと長い間に塔全体が収縮によって下がり、心柱と屋根の間にすき間ができて雨仕舞がよくないので、適宜心柱の下部を切り取って対処しています。 年代が下がり、日光東照宮の五重塔になると、心柱は1層の途中で切られ、鎖で宙吊りになっています。 つまり、心柱の荷重は直接地盤に伝わっていないことになります。 心柱が各層を貫く部分は非常にルーズに出来ています。
大きな地震があると各層が左右に揺れて心柱にガタガタ当たります。 ここがルーズでないと、各層が一緒の動きをして、全体が倒れてしまう恐れがありますが、ルーズであるために各層がばらばらに動いて、全体として安定する効果があります。 要するに五重塔というのは、各層をルーズに重ね、真ん中に心柱を突き刺したというモデルを考えるとわかりやすい。 つまり、心柱は制震ダンパーであるということが言えます。 誰が考えたのか、非常に巧みな構造であるということを感じます。 |








