ユリアの 風は南から・・・

仕事に専念するため、ブログは書かないことにしました。お世話になった方々には篤く御礼申し上げます。ありがとうございました。

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私の福岡観光

  さて、今回は前回の続きになります。
車中泊しながら、息子や主人のいる博多に行った私は、実は観光もしたいと思っていま
した。
ひとつは、九州の歴史や文化に関するものを数多く展示した九州国立博物館です。
ここは、太宰府天満宮の隣りにあり、出来たばかりの頃、大盛況で、絶対行ってみたか
ったのです。
もうひとつは、地下鉄に乗ることです。(苦笑)
でも、地下鉄に一度も乗ったことがないわけではないのです。
博多はもちろん、名古屋や東京、遠くは北海道の札幌の地下鉄にも乗ったことはあるん
ですが、もう10年以上、乗ってなかったので、博多に行くんだったら、地下鉄と、ずっ
と決めていたのです。
ただ、地下鉄に乗るのはいいのですが、目的地がなかなか思い浮かびませんでした。
それで、かなり前に、姪の浜行きの地下鉄に乗った時に、突然、電車が地上に出て、び
っくりしたことがあったので、とりあえず、あの時の感動を味わおうと、姪の浜駅まで行
ってみようと、博多駅行きの電車に乗り込んだのです。
すると、電車の中吊り広告を見ていたら、レオナルド・ダ・ヴィンチの「アンギアーリ
の戦い」の原画が、福岡市博物館に展示してあると書いてあったので、あの世紀の大天才
の作品を見れると思い、急きょ、そちらに変更したのです。
そこで、その前に腹ごしらえしようと、博多駅に着いた時、あちこち食べ物屋さんを探し
ていたら、阪急百貨店のどんぶり屋さんで、宮崎県が発祥のチキン南蛮丼を見つけたので
す。
きっと、博多の人にも、チキン南蛮は愛されてるんだわ!
そう思ったら、嬉しくて、私もチキン南蛮丼が食べたくなっちゃったのです。
そこで、チキン南蛮とエビ天が一緒になった丼を注文して食べてみたのです。
エビも、一応好きなんです。(笑)
これは、お味噌汁にお漬物もついて、560円だったので、ずいぶん、お得なお値段だ
なと思いました。
お味は、博多で食べるチキン南蛮は格別美味しかったです。
そのどんぶり屋さんのお隣のお酒コーナーでは、こんなものを見つけちゃいました。
芋焼酎なんですね。
イメージ 1

そのあと、地下鉄に乗り、福岡市博物館に近い、西新駅で降りました。
地上に出たら、雨がしとしと降っていました。
ここから、スマホのグーグルマップを頼りに、福岡市博物館に向かいます。
20分も歩けば、到着するみたいです。
そこに行くまでに、通った道が、「サザエさん商店街通り」で、こんなものがあちこち
にあって、なんだか、ウキウキしちゃいました。

イメージ 2


 また、サザエさんと作者の長谷川町子さんの、こんな銅像までありました。

イメージ 3


 実は、「サザエさん」の作者の長谷川町子さんは九州のご出身で、終戦の翌年1946
年に、この辺りにある百道(ももち)海岸付近を妹さんと散歩していた時、「サザエさん
」の家族構成や名前を思いついたらしいです。
そして、連載されたのが、地元のフクニチ新聞だったため、当初サザエさん一家は福岡
で暮らしてるという設定だったとか。
その後、「サザエさん」は全国紙の新聞に連載されることになり、それに伴い、舞台を
東京に移して、1974年まで描き続けられました。
また、1969年からはテレビアニメとして放映がスタートし、日本中のお茶の間で親
しまれ、今も継続中なのはご存知の通りです。
このテレビアニメの「サザエさん」は世界でもっとも長く放映しているテレビアニメ番
組として、ギネス記録を更新し続けており、作者の長谷川町子さんは、あの漫画の神様手
塚治虫も叶わなかった国民栄誉賞を、漫画家の中で、ただ一人受賞しているとか。
まさに、「サザエさん」は世界に誇る漫画とアニメの空前絶後の最高傑作と言っていい
のではないでしょうか♪
 おっと、「サザエさん」のことを、あれこれ考えていたら、「レオナルド・ダ・ヴィン
チ」の絵を見に行くことを、すっかり忘れていました。(汗)
 そんな訳で、何とかようやく、福岡市博物館に到着しました。(苦笑)
すると、博物館に、萩尾望都さんのポスターが。

イメージ 4


 なんでも、北九州市にあるマンガミュージアムで、萩尾望都さんの原画展があるらしい
です。
そういえば、萩尾望都さんは福岡県大牟田市のご出身です。
 そうして、萩尾望都さんのポスターを目にしたあと、「アンギアーリの戦い」が展示し
てある二階にあがっていきました。
いよいよ、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵が見れると、ワクワクしながら入場したら、
もう少し待てば、学芸員の方が解説をしてくれると、受付けの人に言われたので、その学
芸員の方の話を聞きながら鑑賞することにしました。
その学芸員の方、お話がとっても面白くて、芸術といえば、堅苦しいイメージを抱いち
ゃうものですが、とても丁寧にわかりやすく解説して下さいました。
まず、「アンギアーリの戦い」は何を描いたものか?

イメージ 5


 これは、1440年に起きたミラノ軍とフェレンツェほか連合軍の戦い、つまり、戦争
を描いたもので、それぞれが兵士を選抜し、馬に乗り、相手方の軍旗を奪い取った方が勝
ちというやり方だったそうです。
この絵は剣を振り上げている人、馬からふるい落とされて、下敷きになっている人、そ
して、猛々しい馬の動きなど緊張感に溢れています。
ちなみに、この時、死者が一人出たそうですが、剣で刺されたのではなく、落馬による
ものだったとか。
そして、この絵は見る者に強烈なインスピレーションを与えたみたいで、ルーベンスや
ラファエロを始め、多くの画家に模倣されたということです。
 しかし、私はこの絵を見て、もしかしたら運動会の騎馬戦と一緒じゃない?」と気づい
たのです。

騎馬戦で、戦争の勝敗を決め、しかも、剣は持っていても、誰も相手を刺し殺そうとは
しなかった。
それは、ある意味、平和的な戦争の決着方法ですよね?
しかし、人類は、それだけでは飽き足らずに、やがて殺し合いで、決着をつけるように
なってしまった。
そう考えたら、人類という存在がとても恐ろしく思え、愕然とせずにはいられませんで
した。
誰かが、人類の歴史は戦争の歴史であると書いてましたが、その言葉が、ぐさりと私の
心に突き刺さったような錯覚を覚えずにはいられませんでした。
 でも・・・もしかしたら男性が相手の軍旗を奪い取るやり方だったから、「アンギアー
リの戦い」みたいな騎馬戦はなくなっちゃったのかも??
これが、女性同士の戦いだったら、或いはその後も、ずっと続いていたかもしれない!
 私がそう思ったのはかなり前にテレビでやっていた「女だらけの水泳大会」の騎馬戦を
思い出したからです。

イメージ 6


 その名も「ポロリ!スーパー騎馬戦」

イメージ 7


 これは、芸能人の美女が、相手の水着に手をかけ、おっぱいポロリさせちゃうという騎
馬戦で、「女だらけの水泳大会」の数ある種目の中で、もっとも人気があり、当のワタシ
でさえ、どんなやり方でポロリさせちゃうのか、ドキドキしながら見ていたのです。
こういう騎馬戦なら、男性同士で軍旗を奪い取るより、はるかに面白くて長続きしてい
たのではないでしょうか?
おっぱいポロリさせられちゃう女性も、殺し合いをしないで戦争の決着がつけられるの
であればと喜んで参加すると思います。
 そういう私だって、平和的に戦争が終わるのであれば、おっぱいポロリくらい・・・
 あら?
いやだわ、私ったら。
どこでどう間違えて、レオナルド・ダ・ヴィンチから、こんな話になっちゃたのかしら
?(真っ赤)
 この福岡市博物館には「アンギアーリの戦い」以外にも、レオナルド・ダ・ヴィンチの
作品のレプリカがいくつも展示してありました。
その中には、あの有名な「モナ・リザ」や「最後の晩餐」もあったのですが、ここで驚
いたのは「モナ・リザ」が、レオナルド・ダ・ヴィンチの最高傑作と紹介されている点で
した。
というのも、私は「最後の晩餐」の方が、最高傑作と思っていたからです。
理由は、超スーパースターのイエス・キリストが描かれているし、たった一人の「モナ
・リザ」より、何人も人物が描かれているので大変だったと思うからです。
でも、芸術って、そういうものではなかったのですね。(苦笑)
学芸員さんの「最後の晩餐」のお話で面白かったのは、ダ・ヴィンチはこの絵を描くの
に、とても苦労し、描き終えるのに、すごく時間がかかり、絵の依頼者に矢のような催促
をされた時のお話です。
時間がかかった最大の理由は登場人物の顔で、その中でも反逆者のユダはなかなか描け
ず、ダ・ヴィンチは犯罪の多い街に出掛けて行き、ユダのイメージに合うような人を探し
たりもしたそうです。
しかし、その間も絵の依頼者にしつこく催促され、うんざりしたダ・ヴィンチはとうと
う、その依頼者の顔を、ユダにしちゃったのだとか。
世紀の天才ダ・ヴィンチの人間的な一面が垣間見え、ちょっと親しみを感じちゃいまし
た。
あと、ダ・ヴィンチの自画像を見て、学芸員の方が、髪をウェーブさせているところか
ら、かなりお洒落な人だったんじゃないかと喋っていたのが印象的でした。 
でも、そう言われれば、「モナ・リザ」の絵が、微笑んでいるのも納得です。
あの絵は、実際にモデルさんを描いたそうなので、ダ・ヴィンチはお洒落であると同時
に、女心を掴むのが上手だったのかも知れないなと思いました。
 学芸員の方のお話を聞きながら、「アンギアーリの戦い」以外にも様々な作品を鑑賞し
たので、2時間くらいかかりましたが、今ある日常の瑣末事を忘れ、とても優雅で贅沢な
気分を味わうことが出来ました。
   
「アンギアーリの戦い」を鑑賞したあとは、せっかくなので通常展示のコーナーも見て
回りました。
ここには福岡の様々な歴史や文化を伝えるものが数多く展示してあり、どれも興味深か
ったのですが、その中で私がとくに気になったものが、二つありました。
1つめは、志賀島で発見された金印でした。
これは、学校の教科書に載っていて見覚えがありましたが、一辺が2,3センチしかな
くて、あまりにもちっちゃかったのが、すごく意外でした。
 2つめは、神風で有名な鎌倉時代の蒙古襲来を伝える図や兜や手紙など、いくつもの史
料でした。
鎌倉時代といえば、今から約750年前で、そんな遠い時代の史料が沢山、残ってい
ることに、蒙古襲来が当時の日本にとって、いかに大変な出来事であったか、まざまざと
知らされた思いでした。
私は、それまで蒙古襲来はたんに神風が吹いて、蒙古(モンゴル帝国)の船が沈んじゃ
ったから、日本が助かったくらいの知識しかありませんでした。
だけど、これを機にいろいろ調べてみたのです。
すると、意外なことが次々と明らかになりました。

蒙古が日本を征服しようと野望を持った直接の原因はマルコ・ポーロの「東方見聞録」
に、ジパング(日本)には金銀財宝が、ザックザクと書いてあるのを読んだからだそうで
す。
だけど、いきなり、日本を襲うのでなく、はじめは友好関係を結ぼうと持ちかけてるん
です。
ところが、当時の鎌倉幕府は北条時宗が八代執権に就任したばかりで、南宋の禅僧の進
言や大陸における蒙古の暴虐などの報告から、日本の様子を伺っているだけで、いずれ襲
来するに違いないと厳戒体制を敷くのです。
やがて、日本からの返事がなかなか来ないことに業を煮やした蒙古の皇帝クビライ・カ
ーンはついに本性を現し、大船団を組み、大陸からもっとも近い九州を襲うのです。
まず、襲ったのは対馬、次いで壱岐の二つの島です。
この時、日本の御家人つまり、侍は勇敢に戦ったそうですが、敗北を喫し、多くの島人
が虐殺され、また女性は捕虜として、手の平に穴を開け、これを貫き通して、船壁に並べ
立てて、自国に連れ去り、過酷な労働に使ったそうです。
また、この時の惨劇は日蓮宗の開祖、日蓮が文書として残しているとか。
これに味をしめた蒙古はいよいよ博多湾に上陸し、これを迎え撃ったのは主に九州の御
家人でした。
だから、これは九州の御家人(侍)VS蒙古(モンゴル帝国)と言っても過言ではありま
せん!
もしかしたら、九州男児という言葉はこの時、生まれたのかも?
 がんばれ、九州のお侍さん!!
 蒙古なんか、蹴散らしちゃえ!!!

だけど、当初、日本の御家人は戦えど、戦えど、次々と蒙古に殺されたらしいです・・


その理由として挙げられるのは、侍は名乗りを上げてからでないと戦わず、しかも一騎
打ちが普通だったため、蒙古の大人数で、侍がまだ名乗りを上げている途中であろうがお
構いなしに攻撃してくる戦法には歯が立たず、簡単に討ち取られてしまったのだとか。
 だったら、そんなことしなければよかったのにと思わないでもないですが、でも、私は
当時の日本の御家人は、男として、とても立派だったような気がしてならないのです。
 武士(御家人)にとって名乗りを上げるとは、自分の姓名・身分・家系などの素性、戦
功、戦における自分の主張や正当性を大声で告げることで、武士の作法として、名乗りが
行われている間に攻撃することは良しとされなかったそうです。(ウィキペディア)

なぜ、武士がこういうことを始めたのかと言いますと、自分が何者であるかを明らかに
することで、正々堂々と戦うことを宣言する意味だと思います。
一騎打ちもそれに当てはまると見ていいでしょう。
だいたい、まだ刀も抜いていない一人の武士を、大勢で襲うのであれば、誰でも簡単に
勝てますよね?
 つまり、卑怯者!
 蒙古が卑怯なのは日本を征服する目的なのに、当初、友好関係を持ちかけてくるところ
にも如実に現れていますが、老人や子供、病人までも情け容赦なく虐殺し、女性は捕虜と
して捕え、手の平に穴を開けるという極悪非道な行為にも感じることが出来ます。
というのも、戦争のやり方を大きく変えたのは大量殺戮兵器を発明した20世紀になっ
てからだと言われているからです。
それ以前の戦争は、兵隊だけで戦い、戦う気のない老人や女子供が戦争に巻き込まれて
死ぬことは非常に少なかったそうですから。
その理由の一つに、その頃の男性は戦うことにロマンや男らしさを感じていたのが挙げ
られると思います。
だから、蒙古みたいに、大勢で一人の男性を襲うことはなかったし、ましてや、苦もな
く殺せる女子供や老人など相手にしなかった。

まず初めに、名乗りを上げて、正々堂々と戦うことを宣言し、一対一で勝負しようとし
た当時の侍はとっても男らしいですし、尊敬に値すると思います。
 福岡市博物館にあった沢山の蒙古襲来の史料で、そんなことを思いました。
 
その日は福岡市博物館に行ったばかりで、次の日、九州国立博物館に行くことにしまし
た。
でも、その前の夜、ネットで調べたら、隣りにある太宰府天満宮からトンネルを通って
行くのもありだと、誰かが書いていたので、参拝も兼ねて、太宰府天満宮から行ってみま
した。
太宰府天満宮ではお願いのほか、家族分のお守りを買ったり、おみくじを引いたりしま
した。
中吉だったかな。
そのあと、九州国立博物館に通じるトンネルに入ったのですが、斜め上に伸びていて、
エスカレーターになっていたり、動く歩道になっていて、とっても楽チンでした。
それに、トンネルの壁面を色とりどりな光の帯が次々と過ぎ去って、まるで、タイム・
マシンに乗ってるみたいでした♪
そして、トンネルを抜けたら、九州国立博物館の巨大な姿が!

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 建物だけでも、すごく感動♪
 国立の博物館は、国内に四つしかないらしく、とても貴重なものが、沢山、展示してあ
りました。
昔のものを、直接見れるのは感動の連続!
その中で、私がもっとも興味を持ったのは、昔の世界地図でした。
それらは、16世紀くらいからのものから、いくつも展示してあり、もちろん、正確で
はありませんでしたが、あの時代にどうやって調べたのか不思議でならなかったです。
 そして、その晩は家族みんなで、博多駅の地下で食事しました。
そこで、私は宮崎の黒霧島という芋焼酎を飲み、ほろ酔い気分で、息子のマンションで
、ぐっすり寝ました。 

そして、次の日を迎えたわけですが、もう帰らなければいけません。
でも、真っ直ぐ帰るんじゃなく、私には行きたいところがありました。
それで、早朝6時には主人の見送りを受け、マンションをあとにしました。
息子たちはまだ夢の途中。(苦笑)
私が行きたかった場所。
その一つは、来るときに通った黒木町です。
黒木町はご存知ない方が多いかもしれませんが、女優の黒木瞳さんが生まれた町で、私
は20年以上前にも一度行ったことがあるんです。
その時、町という名称とはうらはらに、すごい田舎だなとびっくりした記憶があるんで
す。
そう、黒木瞳さんと言えば、大都市で生まれたようなイメージを多くの人は持つと思う
のですが、実際はそうではないのです。
それで、黒木町を、もう一度じっくり見てみたかったのです。
黒木町には、町を横切る道路が一本通っています。
そして、車で走って、まず気づくのは道路が川と山の間にあり、川に沿って蛇行してい
て、前方がよく見通せないということです。
それに、農家が多く、まるで時間に忘れ去られたような古い建物がいくつも道路の両側
に見えてきます。
ね?
これだけでも、黒木瞳さんの都会的なイメージと、全然違うでしょう?
だけど、それ以上に気になるのは、山に阻まれ、空が少ししか見えないという点です。
それも車で走ってて、ずっと空が少ししか見えないんです。
これは考えさせられますねえ。
黒木瞳さんは子供の頃、少ししか見えない空と、それを阻む山を見つめて、きっとあの
山の向こうには何があるんだろうと想像を膨らませていた気がしてならないんです。
 上田敏が翻訳詩集「海潮音」で訳したカール・ブッセの「山のあなた」みたいに。
 山のあなたの空遠く、
 「幸」住むと人のいふ。
 ああ、われひとと尋めゆきて、
 涙さしぐみ、帰りきぬ。
 山のあなたになお遠く、
 「幸」住むと人のいふ。
 だけど、黒木瞳さんは、その夢を次々と叶えてきたのですね。
 初めに宝塚に入り、それから映画女優として、着実に一歩一歩歩んできた。
 そういえば、同じ、福岡県出身の小柳ルリ子さんも、歌手になる前、はじめは宝塚に入
ったとか。
だけど、宝塚に入ることを親御さんに大反対され、「どうしても宝塚に入りたかったら
、1番で試験に合格しなさい。それで、1番になれなかったら、きっぱり諦めなさい」と
言われ、猛勉強の末、1番で合格したというエピソードがあるそうです。
親御さんとしては、諦めさせるつもりで、1番になったらいいと言ったそうですが、本
当に1番になったので、約束通り、宝塚に行かせるしかなかったらしいです。
 話を元に戻します。
でも、黒木瞳さんは、黒木町で、遠い世界を夢見ていた頃を忘れてない気がします。
それに、彼女は詩人の谷川俊太郎さんに、詩の才能を認められるほど、感受性に溢れ、
詩集をいくつも出しているからです。
それは、「真心」という詩に感じることが出来ます。

あなたのために 心をみがいている

ほんとうの私を知ってもらいたいから
 一点の曇りもないほどに
 私の心をみがいている
 嘘がつまった体を捨てて
 ほんとうの私に戻ったら
 あなたに伝える

私の真心 
 
 黒木町の次に私が行きたかったのは、そこからそれほど遠くない熊本県の黒川温泉です
 黒川温泉は本州ではあまり知られてないかもしれませんが、九州ではかなり前から女性
に人気の温泉スポットなんです。
ここも、息子のところに行く途中に通って見つけ、機会があれば、一度は入ってみたい
と思っていました。
この黒川温泉は入湯手形を買うと、いくつもの露天風呂に入れるのですが、私はその日
のうちに家に帰り着きたかったので、スマホで調べて、一番、評価が高かった「山みず木
別邸 深山荘」だけに入ってみました。

行ってみたら、若い女性に人気があるのが分かる気がしました。
どことなくオシャレで、すぐ近くを流れている小川のせせらぎもいいですし、その先に
ある竹林や青々と茂った樹木など、露天風呂から見える景色がとても癒やされるんです。

私は午前中に入りましたが、夜、月明かりの中、入るのも幻想的でいいかもなと思わず
にはいられませんでした。
そして、その時には松尾芭蕉のこんな俳句が似合うのかもしれません。

ほととぎす 大竹藪をもる月夜

 こうして、三泊四日の旅を終え、無事、わが家に到着しました。
 二つの博物館と黒木町や黒川温泉のことなどをメインに書いちゃいましたが、久しぶり
に家族みんなと再会して、元気な様子を確認出来たし、それに次男が希望に夢膨らませて
張り切っているのが何より嬉しかったです。
 それにしても、旅の楽しみはその土地でしか食べられないものを味わうことという人が
多いのに、私ときたらチキン南蛮や芋焼酎の黒霧島など、私の地元のものを食べたり飲ん
だりして。(苦笑)
だけど、私は福岡の人が、私の住んでる宮崎県のものを好きだという事が、とても嬉し
かったのです。
それに、博多で味わったチキン南蛮や黒霧島は格別、美味しかったんですヨ♪
 だから、こういう旅もありなんじゃないかと、ご理解いただけたら嬉しいです。
 最後に、いつにも増して長い文章を、全部、お読み頂き、誠にありがとうございました
。  

人生初の車中泊!

  お久しぶりです。
ゴールデンウィークの半ば、5月1日から、昨日にかけて、博多にいる息子や主人に会いに
行ってきました。
しかも、ただ会いに行ってきただけではなく、人生初の車中泊を体験して行ってきたので
す。
その訳は、ずっと前から、北海道に住むある女性のブログを読んでいるのですが、彼女の
いずれキャンピングカーを買って、女一人旅に出かけたいという文章に触発されたからです

でも、だからと言って、私もキャンピングカーを買いたいと思ったわけではないのです。
私は旅行が趣味ってわけではないですし、そんな余裕もありませんから。
それに、独身の頃や子供が小さかった頃、奄美諸島や沖縄の島々など、九州各地、いろん
なところを旅行してましたから。

え?
だったら、九州から、外に旅行に出掛ければいいじゃないかですって???
 実は、私、九州を離れて、旅行するわけにはいかないんです。
その理由は、昔、BOROという人が歌った「大阪で生まれた女」に隠されています。
 ♪踊り疲れたディスコの帰り これで青春も終わりかなとつぶやいて あなたの肩を眺め
ながら やせたなと思ったら泣けてきた 大阪で生まれた女やさかい 東京へはようついて
いかん 踊り疲れたディスコの帰り 電信柱にしみついた夜
 この歌を、私流に解釈すると、こうなります。

私は、九州の女やから、九州を離れるわけにはいかん。
だって、九州を離れたら、私の青春が終わっちゃうから・・・
 だから、九州から出たくないという私の気持、どうか察して下さいね。(涙) 

ああ、こうして、正直に書いたら、日本はおろか、世界中を、女一人で旅してきた彼女に
、鼻で笑われる気がする・・・(汗)
 でも、そういう訳で、九州内、行きたいところは殆ど行っちゃってるので、まったくの他
人事として、彼女のキャンピングカーの記事を読んでいたのです。
ところが、彼女はキャンピングカーを旅に使うだけじゃなく、お店で、ビールを飲んだ時
、キャンピングカーで一眠りしてから帰るのにも使えると書いていて、そこに心を動かされ
たのです。
実は、このところ仕事が終わったあと、くたくたになることが多く、そんな時、車で、小
一時間でも横になれば、疲れが少しは取れるんじゃないかと思ったんです。
しかも、私の軽のワゴン車は都合がいいことに、後部座席を前に倒せば、フルフラットに
なっちゃうんです!
そうすると、180センチも、平面が出来るのです。
それだけあったら、体を十分、伸ばせます。
でも、それだったら、せっかくだから今度のゴールデンウィークに、息子たちに会いに行
く時、ついでに車中泊もやってみようかなと思ったのです。
つまり、彼女があまりにも楽しそうにキャンピングカーの一人旅のお話を書いてるものだ
から、私もつい車中泊がどんなものか体験してみたくなったのです。
そこで、善は急げと言わんばかりに、ネットで、車中泊に何が必要か調べて、揃えること
にしました。
マットレス、寝袋、カーテンなどの目隠し、それに乾電池式のランタンなどが、主なもの
です。
あと、乾電池式の蚊取り器と除湿剤。
これらは、いろんな種類があって、どれにするか選ぶのが、すごくワクワクして楽しかっ
たです。
とくに、カーテンは、自分の車に合うか、非常に慎重に選び、それだけに自分で取り付け
られたときは、めちゃめちゃ嬉しかったです♪
しかし、この中で、寝袋だけは持っていました。
というのも、私は以前、寝てる時、よく寝返りするので、一晩に何度もベッドの下に掛け
布団を落としてしまい、しょっちゅう鼻をグズグズさせていたんです。
そこで、なにかいい方法はないかと考えて、寝袋を思いついたのです。
寝袋だと、ジッパーを締めたら、絶対落とすことはないですから、それ以来、冬になると
重宝してるんです♪

では、グッズを揃えたところで、車中泊女子の実際とはどんなものなのか気になってしま
いました。
そこで、車中泊について書いた女性のブログを色々読んでみました。 
すると、様々な年代の女性が車中泊を趣味としているのがわかったのですが、私がひとき
わ気になったのは20代前半の女性にも、結構、多いという点でした。
しかも、一人であちこち、車中泊しながら旅をしているみたいなのです。
何でも、車中泊を趣味としている人は、基本的に一人で旅してる場合が多いのだとか。
付き合っている男性はいないのでしょうか?
それとも、いても、一人旅がしたいとか?
そういえば、私がブログでよく読んでいる旅好きの女性は、一人だと誰にも気を使わなく
ていいから、とっても気が楽だと書いていました。
ということは、若い女性達も誰に気兼ねすることなく、自由に旅出来るからということで
しょうか?
 う〜ん、いろんなケースがあるだろうし、ま、どうでもいいかな?(苦笑)
 そんなこんなで、車中泊の準備が整ったところで、どこかに寄ってから息子たちに会いに
行くことに決めました。
こんな時、役立つのがスマホですね。
温泉付きの道の駅で、79ヶ所回った人の一押しが、大分県竹田市のながゆ温泉だそうで
、行ったことがないので、そこに行ってみることにしました。
何でも、その温泉は日本でも珍しい炭酸泉で、建物はレトロで独特の雰囲気を醸し出して
いるそうです。
そこで、カーナビに、ながゆ温泉を入力して、高速だと早く着きすぎるので、一般道で行
くことにしました。
わが家からだと、約210キロなので、午後4時過ぎには着いちゃいます。
それにして、スマホとカーナビって、本当に便利ですね。
この二つさえあれば、行きたいところが、すぐに見つかるし、目的地だって、初めてのと
ころでも、全然、迷わずに行けますから。
これなら、20代前半の女の子だって、一人でどこまでも行けるでしょうね。
もしかしたら、それくらいの年頃の女性は社会経験が少ないから、自分の力を試したくて
、車中泊の一人旅をやりたくなるのかも知れません。
そして、それを可能にしたのが、スマホとカーナビなのかも?
なんて、いろいろ考えてたら、ながゆ温泉に着いちゃいました。

イメージ 1



駐車場はぎっしり満車に近い状態でした。
かなり、人気があるみたい。
そして、道の駅の建物を見たら、何と、日本一の炭酸泉と壁一面に、デカデカと書いてあ
るではありませんか!
大分県は日本一の温泉県らしいけど、私は別府と湯布院くらいしか知らなくて、ながゆ温
泉という温泉自体初めて知りました。
このながゆ温泉、川の中にも岩で出来た湯船があって、そこにも入れるらしいのですが、
何にも囲いがないから丸見えだとか。

イメージ 2



でも、私はそこはさすがに勇気がなかったので、川のすぐ近くの建物の中の温泉に入るこ
とにしました。
期待を裏切って、ごめんなさい。(笑)
建物の中に入ったら、いつ建てたんだろうと思うくらい、柱が色あせ、湯舟も湯の花が固
まったものが、びっしりくっついていて、確かにレトロな雰囲気が溢れていました。
独特な雰囲気は、建物が六角形をしているところでしょうか?
レトロな中に西欧の文化が感じられて、本当に独特な雰囲気だなと思いました。
そして、日本一の炭酸泉という触れ込みですから、パイプからチョロチョロ出ている温泉
のお湯を飲んでみました。
お味は金属っぽくて、美味しいということはなかったですが、炭酸は確かに舌の上で弾け
てるような気がしました。
それにしても、お湯の温度も熱すぎず、ちょうどよくって長く入ってられる感じ。
だから、ながゆ温泉と命名されたのかも?
 だけど、私はいい温泉だなと思えば思うほど、私一人じゃなく、もし一緒に主人と
来たら、どれだけ楽しかったろうと思えてなりませんでした。  
たぶん、うちの主人は、温泉に行こうと言っても、そんなに好きじゃないから躊躇するか
も知れないけど、「日本一の炭酸泉よ」と言えば、ミーハーっぽいところのある人だか
ら、きっと「よし、それなら」と言って、ここに来たに違いありません。
そして、入ったあと、「どうだった?」と聞いても、簡単には「よかった」とは言わない
でしょう。
でも、私にはわかるんです。

どこかウキウキしてて嬉しさを隠しきれない。
温泉自体より、日本一の温泉に入れたことが嬉しくてたまらないってことが。
そういう人なんです、うちの人は。
そして、「今度のゴールデンウィーク、どこに行ったの?」って、職場の若い女のコに聞
かれたら、さも自慢そうに日本一の炭酸泉に行ってきたと吹聴する。
そこまで考えたら、主人と来れなかったことが悲しくて、涙が次々に湧いて仕方なくなり
ました。
 私は、本当は主人と一緒に来たかったんだ。
 主人と一緒に思い出を作りたかった・・・
 
私と同じ宮崎出身で、銀色夏生という女性の詩人がいるのですが、彼女の詩の一節にこう
いうのがあって、私はそれにすごく共感するんです。
 あなたとはじめてのことを
 たくさんしたいから
 知らないことを
 たくさんとっておく

銀色夏生 「LESSONN」より
 
私も同感だな。
自分にとって、とても大切な人だから、一緒に思い出を作っていきたい。
初めての感動はそれに優るものはないと思うから。
そして、それが私の真心だから・・・

私は20代前半で、車中泊しながら、一人旅をする女性は私とは全く違う恋愛観を持って
いるように思われてなりませんでした。

そして、八女市のとあるコンビニで一夜を過ごして、翌日、主人と二人の息子の待つマン
ションに、無事到着し、久しぶりに家族団欒を過ごしてきました。
 今回の人生初の車中泊で、私はかけがえのないものというか、主人への愛を再確認した
思いでした。
 それにしても、あの旅好きの女性は何を求めて、一人旅に出るのでしょう?
 そして、旅の魅力とは?
 そんなことを考えていたら、テレビで、ミュージシャンの松任谷由実さんが、ご自身なり
の旅の魅力をこう話していて、思わず頷いてしまいました。

「旅は刺激です。帰るべき場所が大事だなって、すごくわかる」

旅の本当の魅力は、そういうところにあるのかも知れません。
 そして、私の帰るべき場所は、やっぱり、あの人しか・・・

  突然ですが、先日、北九州市の大学に通っている次男に会いに行ってきました。
実は、うちの次男は今月、めでたく大学を卒業することになったのです。
親としては留年もせず、4年で卒業してくれて、ほっとしています。
だけど、就職する訳ではないんです。
2年生までは大学院まで行くと言っていたのですが、やりたい仕事が見つかったみたいで
、その仕事の技術を修得したいと、専門学校に行くことに決めたのです。
その専門学校が、福岡市のお隣にあるので、先月末に早々と福岡市内に引っ越し、私も様
子を見に、次男のもとに行ってきたのでした。
ちなみに、主人は、福岡にいて、次男と一緒に物件を見て回ったり、引っ越しの手伝いに
と、大わらわだったみたいです。(苦笑)
だから、私はカーナビだけを頼りに、一人で車を運転して、次男に会いに行ってきたので
す。
本当は九州新幹線に乗って行くことも考えたのですが、引っ越したばかりで、買いたいも
のがあったり、区役所や警察署など、あちこち手続きに行くためには、車があった方が便利
だというので、九州新幹線を諦めたのです。(苦笑)
それで行ってみたら、次男が借りたマンションの近くは道は狭いし、人や車が多いしで、
めちゃめちゃ焦っちゃいました!
でも、それもそのはず、次男が借りたマンションはJRの南福岡駅のすぐ近くという、街な
かのとても人通りの多いところだったからです。
主人いわく、駅やスーパーがすぐ近くで、通勤通学や買い物に便利だし、何より、街なか
にしては賃貸料がとても安かったので、次男と相談して、ここに決めたのだとか。
でも、私は、それでよかったと思いつつも、もしかしたら、そのマンション、事故物件で
、殺人事件や自殺した人がいたとか、幽霊が出るなどの心霊現象が起きないか、ちょっと勘
ぐらないでもありませんでした。(苦笑)
ともかく、そうして次男のもとに、なんとか午後3時過ぎに着いて、ちょっとゆっくりし
た後、区役所と警察署に書類の手続きに行くことになり、またまた、車を走らせたのですが
、ここで、何と不測の事態が起きちゃったのです!
私も主人も次男も地理不案内なので、カーナビだけが頼りなのに、GPSを正しく受信出来な
いというアクシデントが、私たち家族を襲っちゃったのです!
それは5階以上の建物が、道路の両側に所狭しとひしめいていたからでした。
もしかしたら、最新式のカーナビなら、そうはならなかったかもですが、7年前くらいの古
いカーナビだったからかも?(苦笑)
また、行く途中、踏み切りを渡らなければならなかったのですが、踏み切りがなかなか開
かないというアクシデントにも見舞われちゃいました。
都会に開かずの踏み切りというものがあるのはテレビでうすうす知っていたのですが、ま
さか、福岡市内にもあったなんて!
 さすがは、九州一の大都会だわ♪
 でも、喜んでばかりもいられません。
 こんなに待たされたら区役所も警察署も閉まっちゃう!

そんなこんなで、何度もアクシデントに襲われつつも、何とか区役所と警察署に辿り着き
、無事、手続きを済ませることが出来ました。
ところで、その区役所と警察署の近くで、意外なものを見つけたんです。

イメージ 3



それは、うちの息子達が小さかった頃、家族で遊びに行った大型商業施設キャナルシティ
博多でした。
なんだ、こんなところにあったんだ!
行ってみたい!
もちろん、主人も大賛成でした。
次男は1歳くらいの時に行ったので、まったく記憶にないと言いました。
そこで、私はすかさず、「あなたはね、ぼくは生まれる前、お池でちゃぷちゃぷ遊んでた
んだよと、小さい頃、よく言っていたので、本当は覚えているんでしょう?」と問い直した
のですが、あれは勘違いだったかもと苦笑混じりに答える始末でした。
そう、うちの次男は生まれる前の記憶があると、小さい頃、よく喋っていて、私も主人も
びっくりしていたんです。
そういえば、私はまだ読んでないのですが、三島由紀夫も「仮面の告白」で、生まれる前
の記憶を書いているとか。
なので、うちの次男がキャナルシティ博多を覚えてなかったので、ちょっとがっかりしち
ゃいました。(苦笑)

そんなキャナルシティ博多に20年振りに行ってみたのですが、懐かしさもあって、感激も
ひとしおでした。
そこでは、似顔絵を描く人が何人もいたりして、ちょっと芸術的な雰囲気があったりする
のですが、私はお店をいろいろ見て回るうち、一つの小さいお店に釘付けになっちゃいまし
た。
それは、ムーミンのアンテナショップでした。
イメージ 2
 可愛らしいお人形たち。
 あれ、だけど、ムーミンとミーはいるけど、スナフキンがいない。
どうしてなの?
もしかしたら、旅に出てるの?
 「スナフキン、これ読んでたら、ご返事下さいね♪」 
 ところで、キャナルシティ博多で、私がとくに気に入っているのは地下1階にある疑似運河
で噴水が見られることです。
その噴水は音楽に合わせて、まるで生き物みたいに自由に動くのですが、私たちが行った
ときは、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」が鳴り響く中、圧倒的な迫力で華麗かつ荘厳
に魅了させてくれました。
イメージ 1
 その噴水のショーを見たあと、お腹がすいたので、レストランに行こうとしたら、5階にラ
ーメンの専門店がいくつもあり、博多の人のラーメン好きを垣間見た思いでした。
でも、誰もラーメンを食べたい心境じゃなかったので、その帰りにファミリーレストラン
に寄って食べることにしました。(苦笑)
しかし、そのレストランで、びっくりしたことが!
うちの次男は牡蠣フライを注文したのですが、大学在学中にバイトした飲食店で、牡蠣フ
ライを食べるのを止められていたのが発覚しちゃったのです。
その訳は、牡蠣フライで食中毒になったらいけなかったからなのですが、そんな苦労をし
ていたのかと、ちょっと次男が可哀想に思えた一コマでした。
 そして、午後8時過ぎにようやく、マンションに帰り着いて、主人や次男とあれこれ喋った
あと、眠りに就きました。
 二日目は、ちょっとゆっくりして目を覚まし、主人が郵便物を送りたいというので、ロー
ソンに行ったり、ホームセンターで、お買い物をし、次男の様子を見届けて、ちょっと安心
して帰ってきました。
とても、目まぐるしい福岡滞在でしたが、将来の夢を実現させるべく、胸を膨らませてい
る次男の姿に、心からエールを送らずにはいられませんでした。
 ところで、街なかという、生活にとても便利なマンションにしては、賃貸料が安いのが少
々気になっていたのですが、夜中に何も出てこなくて、ほっとした私でした。(苦笑)  


 

続・仕事のお話

 ご無沙汰しています。
前回、私の仕事のお話をしましたが、今回はその後の経過です。
私が異動した部署は一年で一番、忙しいのが12月で、その頃、私はてんてこ舞いして
いました。
だから、年が明けたら、少しは楽になるだろうと期待していたのですが、まだそんなに
慣れていないというのに、さらに難易度の高いものを要求されてしまいました。
それを告げられた当初、凹んじゃわない私でもなかったのですが、到底無理なことでも
なかったので、引き受けることに決めたのでした。
ところが、そこで、私を思わぬ出来事が待ち受けていて、仕事を始めて、ものの数時間
も経たないうちに疲労や眠気を感じるようになってしまったのです。
当然、仕事に支障をきたすようになり、ペースが著しくダウンするようになったのです

せっかく、笑うと白い歯がキラリと光る爽やか系のイケメンが、仕事の極意を伝授して
くれたというのに・・・
それで、一つ一つその原因を洗い出してみることにしました。
そこで、思い当たったのが、炭酸系の栄養ドリンクだったのです。
実を言うと、私は今まで以上にハードな仕事内容になったので、気合を入れようと仕事
前に、職場にある自動販売機で炭酸系の栄養ドリンクを飲むようになっていたのです。
これが、かえって私を疲れさせているのではないのか?
そこで、ネットでいろいろ調べた結果、栄養ドリンクの疲労回復効果は一時的なもので
、ある一定の時間が過ぎると、より疲れやすくなるという文章を見つけたのです。
つまり、栄養ドリンクは長時間、その効能を持続させることは出来ないらしいのです。
そう言われれば、私が疲れやすくなったのは、その炭酸系の栄養ドリンクを飲み始めて
からでした。
そして、飲むのをやめたら、確かに疲労や眠気を覚えにくくなったのです。
しかも、栄養ドリンクには多量の糖分が入っているので、糖尿病や肥満の原因にもなり
、いくつもの健康被害が報告されているとか。 
そういう訳で、栄養ドリンクを飲むのをやめたのですが、そのほかにも飲食物で気をつ
けるようになったものがあります。
 甘いお菓子やお飲み物は口にしない。
あたたかいお飲み物や食べ過ぎもNG。
その代わり、栄養バランスのとれた食事と、腹八分目を心がけること。
 甘いものには安静効果があるのですが、これも時間が経てば、疲れや眠気を誘発するよ
うです。
あたたかいお飲み物は、体の緊張感を弛緩させるので、常温のものを飲むようにしまし
た。
食べ過ぎも要注意です。
何でも、一説によると食事を消化するのが、もっとも体を酷使するというデータがある
とか。
これらは、万全の態勢で仕事をするうえで欠かせないことなので、重々肝に銘じていき
たいと思います。
もちろん、こういうことは仕事以前のことなので、あの爽やか系のイケメンに聞くこと
はしませんでした。(苦笑)
だから、爽やか系のイケメンには直接、仕事のことしか聞かないのですが、やっぱり、
この人、教えるのが、とっても上手で、肝心要のことは教えつつも、必要以上のことは喋
らず、考える余地をちゃんと残してくれるのです。
つまり、彼の教えに納得しながら、お仕事が出来る訳です。

そうそう、私、彼に「わ〜ん!仕事の難易度高くなっちゃった!どうしよう・・・」と
泣きそうになって訴えたことがあるのですが、その時も「あ〜それなら、ぼくも、この間
やったけど、全然、ヘッチャラだったよ」と、さも得意そうに言われたことがあったんで
す。
私としては慰めや同情の言葉が聞きたかったのですが、そう言われたことで、ファイト
が湧いてきちゃったので、やっぱり、この人は仕事を教えるのが上手だなと感心した事で
した。
どうやら、私は、この爽やか系のイケメンに教わること沢山、ありそうです。
そういえば、去年の12月、彼に仕事を教えてもらい始めの頃、とてもびっくりするこ
とを言われたことがありました。
それは、「自分は金儲けのために働いているんだ」という言葉です。
私は、仕事はどういうものであれ、世の中の誰かが必要としているから、その仕事が存
在している訳だから、人のため、或いは社会のために働いているという意識が強かったの
です。
実際、私がこれまでしてきた仕事はまったくの公共事業ではないけれど、不特定多数の
多くの人の生活に密着したものでした。
でも、私が、その仕事をしたからと言って、「スゴイね!」と驚かれたり、大きな喜び
を与えられるものでないのは分かっています。
ましてや、それにどんな人が関わったのか、そこまで考える人は誰もいないでしょう。
それでも、私はそれでいいと思っています。 
だって、その仕事がないと、当たり前と思っていたことが当たり前でなくなっちゃうの
ですから。
その当たり前と思っているうえに作られた私たちの生活、それがどんなに大切なものか

私たちの幸せとは、当たり前のうえに成り立っているのではないでしょうか?
だからこそ、私は、そのためにもせっせと仕事をしてきましたし、お金はあとからつい
てくるものだとばかり信じて、これまで働いてきたのです。
実は、私がそう思うようになったきっかけは高校の教科書に載っていたプロレタリア文
学の葉山嘉樹作の短編小説「セメント樽の中の手紙」に感動したのが大きいのです。
その作品の舞台は恵那山や木曽川が近くにある工場で、そこで働く一人の労働者が、セ
メント樽の中から見つけた布切れに巻かれた木の箱に入った手紙から始まります。
その手紙はある若い女性が書いたもので、彼女の恋人はセメント工場で働いている最中
に、ミキサーに吸い込まれ、体中が粉々になり、そのままセメントと一緒になってしまっ
たということでした。
その女性は、当然、恋人の死を嘆き悲しんだのですが、同時に彼の体の一部が入ったセ
メントが何に使われるのか知りたくて、手紙を書いたのです。
その手紙には恋人が優しくてしっかりした男らしい人で、26歳の若さで亡くなった事
から、どれほど彼女を可愛がってくれたかが書いてあり、木の箱に巻かれた布切れは恋人
の仕事着だったことまで書かれてありました。
*この作品はネットの青空文庫にもありますので、興味のある人は是非読んでみて下さ
い。
高校時代に、この短編小説を読んだ私は、仕事はどういうものであれ、社会と繋がって
いるものだから、誰かの幸せや社会のためでなくてはならないと教わった気がしたのです

だから、仕事を金儲けのためと言った爽やか系のイケメンの言葉に、「えっ?」と驚き
、つい怪訝そうな目で、彼を見つめてしまったのです。
すると、私の訝しそうな目に気づいたのか、すぐに、自分はバツイチで、前の妻との間
に、中学生と小学生の二人の息子がいて、その子らの養育費を払っているし、再婚した妻
との間にも、半年前に赤ん坊が生まれたので、その子供たちのためにもお金がいるんだと
教えてくれたのです。
なんだ、それなら、はじめから、そう言えばよかったのに、最初に金儲けのために働い
ているなんて言うから・・・
ところが、それから、まだ日も浅い頃、私が、長年、愛読しているあるブログの女性が
、お金に対する姿勢の大切さを記事にし、彼のお金の利用目的を明確にしている姿勢を、
ふと見直したくなったのです。
その記事にはこんな事が書いてありました。
 とにかく老後のためにお金を貯めたいのです。
お金、お金とイヤらしいと思うかもしれませんが、家賃12万円のマンションに住んで
払っていけずに超貧乏暮しをしている人や、離婚した子供の養育費を払わず親としての責
任を果たさない人や、お金も無いのに節約もせずに、行き当たりばったりの生活をしてい
る人や、将来の事も考えずになるようになるさ的な事を言っている人や、贅沢な生活が身
に付いて商売が上手くいかなくなっても質素な生活が出来ない人や、借金地獄に陥ってい
る人や、いざとなったら生活保護があるさ!と平気で言うような人にはなりたくないので
す。
世の中親切な人は沢山いるかもですが、努力しない人達に対してはとてもシビアです。
 将来の為に今、元気な内に頑張らないといつ頑張るの?
 そんな訳で、田舎での4回目の冬を何とか乗り切ります!
 春になると、こんな事があったのがまるで嘘のように、また快適な生活に戻るのです。
 人生と同じです。
 

お金のことを口にするのを憚る人は多いですが、お金に対する姿勢が甘いと、どれほど
の不幸を呼び寄せることになるのか。
この文章を読んで、私も肝に銘じたいと思いました。
 そして、あの爽やか系のイケメンは、お金に対する姿勢も立派だったってことが、この
文章を読んで、よく分かりました♪
 ところで、爽やか系のイケメン男性は、うちの会社にはほかにもいるんです。
というか、その人は私に仕事を教えてるイケメンよりも、さらにイケメンで、社内誰も
が一目置くほどの人格者なんです。
私に仕事を教えてるイケメンも私より、ずっと若いですが、別のイケメン男性も私より
10歳近く若いです。
実は私、その人は、8年前に入社した時から知っていたのですが、その頃、私は入社仕
立てで、仕事は不慣れで、誰も知らない人ばかりで、不安で淋しい毎日を送っていたので
す。
そんな時、この人、なぜか、部署が違うのに、不思議と会社で出会って、顔を合わせる
たびに、いつもニコニコしながら親切に話しかけてくれたのです。
それで、私はすごく救われていたのです。
彼と話していると、悩みや苦しみは、どこかへ行ってしまい、まるで、暖かい陽だまり
に包まれているようで、この世の人じゃないみたいな気がしてくるのです。
 聖人
 そんな言葉が、ぴったりするような人なんです。
 だけど、3,4年前くらいに彼は大きな仕事をするようになり、その時、私は「すごい
出世ね!」と祝福したこともあったのですが、それを境に会う機会がめっきり減ってしま
ったのです。
だから、私はこの部署を異動する際、このイケメン男性と同じ部署になるのを、非常に
期待していたのです。
彼はデスネ、びっくりしたことに私が大怪我したことも知っていて、久しぶりに再会し
た時、すごい喜んでくれたんですヨ。
それで、私は部署が同じになったのをイイことに、「仕事でわからないことがあったら
教えてね」と言って、彼にスマホの電話番号を聞き出したのです。
 彼は快く教えてくれてですね〜♪
だけど、やっぱり、仕事以外のお話もしたいですよね?
 あ、あ、いつの間にか、彼のスマホに電話しようとしている自分が恐い。(苦笑)
 二人の仕事の出来るイケメンに囲まれて、この部署で仕事する喜びが湧いちゃいました

でも、男性って、顔だけじゃないですから、本当は素敵な人なら、誰でもOKなんです
ヨ。(笑)
と言いつつ、先日、スーパーで、男前豆腐を買っちゃいました!

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 どうせなら、お豆腐もイケメンじゃなきゃって訳でもないのですけど・・・(苦笑) 
 ところで、このお豆腐、京都で作ってるらしいですが、京都の人にも大人気なんでしょ
うか?
 特濃と書いてあるだけ、すごい濃厚なお味でしたが、どんなふうに食べる人が多いのか
聞いてみたいです。

そういう訳で、前回を含め、話せる限り、私のお仕事のお話をしましたので、次回から
また映画や読書のお話をしていくつもりですが、お仕事の関係上、更新にお時間をいただ
ければなと思います。
 それでは、どうぞよろしくネ♪

  

仕事のお話

  お久しぶりです。
 ブログを書かないでいる間、いつの間にかお正月も過ぎちゃいましたが、お元気でいら
っしゃるでしょうか?
 私は前回の記事で、お伝えした通り、先月から仕事に復帰したのですが、年末の繁忙期
に加え、別の部署に移り、慣れない業務にてんてこ舞いしていました。
 だから、とてもブログを書く余裕はなかったんです。
 実はまだ覚えなければならないことが沢山ありますし、人間関係の構築も図っていかな
ければいけないので、仕事のことで、頭がいっぱいなのですが、今日はお休みということ
もあり、ちょっと時間が出来たので、久しぶりにブログを書いてみることにしました。
 それで、何にしようか、あれこれ考えたのですが、やっぱり、仕事のお話をするべきじ
ゃないかなという結論に達しちゃった訳です。
 私が移った部署。
 そこは社内で、もっとも忙しい部署で、辞めていく人やミスする人が後を絶たないので
す。
 だから、私はよっぽど、大変な仕事なんだろうなと、常々思っていて、まさか、自分が
その部署に行くとは、思いもしなかったのです。
 でも、前の部署もそれなりに大変な面もあったので、会社側から移らないかと打診され
た時、とにかくやってみようという気になったのです。
 確かに、そこの部署は辞めていく人やミスする人が多いのですが、長年働いている人も
いれば、まったくミスしない人も大勢いるのです。
 いえ、そちらのほうが、断然多いのです。
 だから、到底、不可能ということはないはずです。
 問題は、仕事をずっと続けている人や、まったくミスをしない人と、そうでない人との
違いを見極めることだと思いました。
 とは言え、果して、そこの部署の仕事が私に出来るのか、期待とは裏腹に心配もたくさ
んありました。
 ところが、そういうこともあろうかと会社側でも、ちゃんと考えていて、私にマンツー
マンで仕事を教えてくれる人を一人つけてくれたのです。
 その人は、私のまったく知らない人でした。
 私はその部署の人のほんの数人は、以前から知っていたのですが、殆どの人は顔を合わ
せたことすらなかったのです。
 私は最初、同性で、年上の人をつけてくれるのかなと思っていたのですが、その人は意
外なことに41歳の男性で、笑うと唇から覗く白い歯がキラリと光る、いわゆる爽やか系
のイケメンだったのです!
 なんだか、とっても嬉しいような?(苦笑)
 あ、でも、その人ちゃんと仕事も出来るんです!
 そうでなくっちゃ、会社も私がただイケメンが好きだからという理由だけで、その人を
、私につけるはずがないですから。(苦笑)
 ところで、この部署と前の部署の最大の違いは仕事の速さなんです。
 だから、この部署をやめる人やミスする人が多いのは、その速さについていけないから
ではないかと、別の部署では思われていたのです。
 なぜ、そんなに速くしなくちゃいけないかというと、仕事を受けてから完了するまでの
時間が、短く設定されているからで、その訳は競合他社に、スピードで勝つという理由か
らです。
 そこで、私を指導してくれることになった爽やか系のイケメン男性は、口であれこれ説
明しながら、実際に仕事ぶりを見せてくれたのです。
 すると、本当に仕事が速くて、仕事の山が次々に、テキパキ片付いていくではありませ
んか!
 この人、どれだけ頭の回転が速くて、運動神経が抜群なんでしょう?
 しかし、私は、彼の仕事ぶりを見ているうちに、あることに気づいたのです。
 彼のやっていることは、私の先入観、いいえ、世の常識を覆すものだったのです。
 当然、その方法もありだとは思うけど、それでは短時間でダウンしちゃうんじゃないか
しら?
 それに、何もそこまでしなくても?という疑念が、彼の仕事ぶりを見て、湧いてきちゃ
ったのです。
 そこで、私は、「この部署ではみんな、その方法で仕事してるの?」と聞いてみたので
す。
 すると、彼は「いえ、たぶん、そうじゃない人のほうが多いと思います。」と答えたの
です。
 そりゃ、そうでしょう。
 だって、それではなんだか、つまらない気がするし、何もそこまでする人はいないんじ
ゃない?
 それに、彼は、もう一つ、世間の常識を覆す方法で、仕事をして見せたのです。
 それは仕事に対する疲労を軽減し、持続性を高めるために有効だと、この業界の多くの
人や私自身が信じ込んでいた方法でした。
 そう、彼の仕事のやり方は、世の常識をはなはだしく逸脱していたのです。
 でも、しっかり、結果は出てるし・・・
 あの世間の常識とは、なんなのでしょう?
 しかし、私は、彼の生真面目さと、その昔ながらの方法に思い当たるものがあったので
す。
 それに私は、彼ほど仕事上の無駄を徹底的に省き、シンプルに徹している人を見たこと
がありませんでした。
 はっきり言って、彼は超Aクラスの仕事の出来る人に間違いないです。
 人類は利便性を追求するあまり、様々な方法を編み出し、発明をしましたが、それらは
人類が本能として持っている長所をかえって損ねたのではないでしょうか?
 そこで、私はともかく、彼のやり方を模倣してみることにしたのです。
 果たして、それは私にも出来ることなのでしょうか?
 結果、彼には遠く及ばないものの、確かに、今までより数倍も速くテキパキと仕事を処
理することが出来たのです。
 そして、スピードがアップしたことで、五感が体中にみなぎってくるような感じがし、
充実感、或いは陶酔とでも言うものが湧いてきて、思わず、アルチュール・ランボーの詩
の一節が浮かんできたのです。
 
 「一番高い塔の歌」
 時よ、来い、来い、
 陶酔の時よ、来い。
 
 よくよく辛抱したからに、
 永久に俺は忘れる。
 積もる怖れも苦しみも
 空を目指して旅立った。
 ・・・(以下略) 

 そして、私はスピードを速めて、仕事をするところから、高速学習法の有効性を認識し
た気になりました。
 高速学習法の利点は、早口言葉を聴くことで、集中力を高め、記憶力もアップするらし
いです。
 ともかく、私は超Aクラスの仕事の出来る人の仕事ぶりを、お手本とすることで、仕事
のコツを少しは掴むことが出来ました。
 しかも、このやり方だと、仕事への情熱とか、やり甲斐が湧いてきて、仕事が断然、面
白く感じられるようになったのです。
 やっぱり、仕事の出来る人には見習うべきだなと、心から思いました。
 だけど、仕事のコツは掴んだとは言え、まだまだ覚えなければいけないことが沢山あり
ますし、ほぼ毎日、新しいことや、バリエーションの仕事が舞い込んできて、仕事のこと
が頭から離れないのです。
 そういう訳で、爽やか系の笑うと唇から白い歯がキラリと光るイケメン男性が、「いつ
でも、わからないことがあったら電話してもいいよ」と言って、アイフォンの電話番号を
教えてくれたのです。
 これで、私、仕事が終わったあとも、彼とお喋り出来ちゃう。(真っ赤)
 あ、でも、これも仕事の一環ですから。
 だけど、大人の女性と男性ですから、仕事のお話ばかりじゃなく、プライベートなお話
も少しはしてますけど。フフフ♪
 ところで、彼は去年、赤ちゃんを授かったようで、時間外に電話すると、赤ちゃんを抱
っこしながら掛けてるのか、赤ちゃんの幸せそうな笑い声が時々、聞こえてくるのです。
 仕事が出来るだけじゃなく、お父さんもしっかりやってる!

 ますます、好感持っちゃう〜♪

 そういう訳で、新しい部署のお仕事、張り切ってやってますので、一応ご報告申し上げ
ておきますね。
 仕事の関係上、ブログの更新は遅くなりますが、これからも、どうぞよろしく♪

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