ユリアの 風は南から・・・

仕事に専念するため、ブログは書かないことにしました。お世話になった方々には篤く御礼申し上げます。ありがとうございました。

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 今日は、まんがの日という事で、漫画三昧の一日を送ってましたので、記事をもう一つ更新しますね。
 
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まず、横井福次郎さんの「不思議な国のプッチャー」から。
 この漫画は昭和21年に、少年クラブに発表され、またたく間に読者の支持を集め、手塚治虫先生の「メトロポリス」や「鉄腕アトム」に多大な影響を与えたと言われているそうです。
 確かに、10万馬力のロボット、ビリーが、この漫画には登場しますが、しいて言えば、それだけのような気がしないでもありませんでした。(笑)
キャラクターもストーリーもまったくかぶってないですしね。
 それより、この漫画の魅力は原子力や電波を使った乗り物やテレビが出てきたり、当時として考えられる最高の科学知識で描かれてる点が、驚愕に値するのではないかと思いました。
なんでも、横井福次郎さんはSF作家の海野十三さんの影響を、かなり受けているそうです。
 そうして、この漫画はロボットのビリーと共に、月や火星に行くのですが、地球に異変が起きたところで、唐突に終わり、「冒険児プッチャー」へと続いて、今度は地底人と戦うストーリーになっています。
 最初はのんびりした雰囲気で始まり、後半、地底人と戦う段になって、手に汗握る展開になり、わたし的には十分、楽しめる内容でした。
 横井福次郎さんは、結構、人気があったらしく、アシスタント制度が確立していない時代に、月に37本連載を抱えていたそうで、その作品、全部を一人で描かれ、無理が祟ってか昭和23年に36歳という若さで亡くなられたそうです。
 横井福次郎さんについては、「戦後漫画のトップランナー横井福次郎ー手塚治虫もひれ伏した天才漫画家の軌跡」という評伝も出てるのですが、このタイトル、なんで、手塚先生の名前をこんなふうに利用するんでしょうか。(笑)
 この本によると、「新宝島」がベストセラーになった若き日の手塚先生が自信満々で、横井福次郎さんのもとを訪れ、感想を聞いたと書かれてるそうですが、手塚先生をよく知る私としては嘘、書くな!と言いたいです。(笑)
 手塚先生は、「新宝島」の感想を、ほかにも「冒険ダン吉」の島田啓三さんや「のらくろ」の田河水泡さんにも聞きに行ってるんです。
島田啓三さんに、「こんな漫画が流行ったら、大変な事になる」と言われたのは、有名な話ですが、田河水泡さんはにこにこ笑って、うんうんうなずかれるだけだったそうです。
 そんな田河水泡さんに、手塚先生は子供の頃から尊敬していた先生に、厳しい言葉で、教えを請いたかったと残念がられていたのです。
そういう文章を、私は読んでるので、横井福次郎さんにも、教えを請いたい気持ちがあって訪ねられたのは間違いなく、決して自慢しに行った訳ではないのです。
 それに、「新宝島」は長すぎるとして、勝手に70ページあまり削除され、おまけに登場人物のターザンは原作者に無断で書き換えられ、かなり不満だったらしいです。
だから、生前、出版された手塚治虫漫画全集には、あとで書き直したものが収録されており、それほど元の「新宝島」を嫌がっておられたんです。
 
横井福次郎さんには何の罪もないですが、評伝を売りたいがために、嘘書くのもいい加減にしろと言いたいです。(笑)

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では、次に石ノ森章太郎さんの作品をご紹介いたします。
 「サイボーグ009」の記事にも書きましたが、私は石ノ森章太郎さんの描く女性のキャラクターにはまったく感情移入出来ないんです。
 でも、だからと言って、全部、否定してる訳ではないのです。
 石ノ森章太郎さんには、若くして亡くなられたお姉さんがいらっしゃって、とても綺麗な人だったそうです。
 そのお姉さんの思い出を描いた作品を、子供の頃に読んで、感動した覚えがあるんです。
 それで、もう一度読みたいなと思っていたら、石ノ森章太郎さんの「自伝名作集」というご本の中に、それがあったのです。
 タイトルは「青い万華鏡」と言います。
 東北本線の下りの仙台行きの「あおば」に乗っていた石ノ森章太郎さんとおぼしき主人公が、乗り合わせた少年から、万華鏡を見せてもらい、それを覗くうちに、お姉さんの思い出がよみがえってくるのです。

 
 
 「 お姉ちゃん、なんでもマンガの主人公にできるんだ。」


「そうよ。あなたは、あなたの世界の造物主・・・」

「あなたの信ずる道をおいきなさい。
でも、そう決心したら、どんなに苦しくても、途中で逃げ出したりしちゃダメよ・・・」 

  この漫画は、「仮面ライダー」のサイン会に行こうとする主人公の姿で終わっています。
 おそらく、石ノ森章太郎さんは辛い時、苦しい時、壁に突き当たって、出口が見えなくなったたびに、若くして亡くなられたお姉さんの言葉を思い出して、漫画を描き続けてこられたのでしょうね?
 
 数十年ぶりに、この「青い万華鏡」を読み、子供の頃の感動がよみがえってきて、まだほかの石ノ森作品も読みたいなと思いました。
 そういう訳で、「まんがの日」にふさわしい一日を送った私でした♪
 
 
 
 
 
    
 
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本日、11月3日は、まんがの日です。
 そこで、今日は女性にもっとも愛されている男性漫画家が描いた少女漫画のお話をしたいと思います。

ここで、質問いたします。
 あなたは、これに何という作品が該当すると思いますか?
 
  え?
 「ルミちゃん教室」?

私、そんな漫画知らないです。

だったら、「竜神沼」!

誰ですか?
そんな漫画を描いた人は?(笑)
 
 それなら、「魔法使いサリー」や「ひみつのアッコちゃん」はどうかって?

その2つは、私も子供の頃、大好きでした!

でも、残念ながら、私が好きだったのはテレビアニメの方で、漫画は全然、読んだ事ないです。(笑)


じゃあ、「1・2・3と4・5・ロク」!
 
 あ!それは、ちばてつや先生の作品ですね!
 ちばてつや先生が描かれた少女漫画は、私も大好きです!
 三度のお食事よりも泣くのが好きな私は、ちばてつや先生の漫画で、どれだけ綺麗な涙をこぼした事でしょう・・・ 

私みたいに泣くのが好きな人は、ちばてつや先生の「1・2・3と4・5・ロク」と、「テレビ天使」さえあれば、一生困らないだけ泣けちゃいますので、超オススメです♪

でも、誠に言いにくいのですが、ちばてつや先生も女性に一番、愛される少女漫画を描いた人ではないのです。
 

では、だいぶ引っぱりましたので、そろそろ発表しましょうか。


正解は、ジャジャン!それは手塚治虫先生の「リボンの騎士」です!
 
 その理由は、お姫さまと、白馬に乗った王子さまが登場する女性好みのストーリーと、女性の心理描写に優れ、感情移入しやすい点で、いまだに本屋さんで簡単に入手出来るのは、この「リボンの騎士」をおいて、ほかにないからです。
 
 さすがは、漫画の神様、手塚治虫先生です〜♪
 
 女性は手塚先生の「ブラック・ジャック」や「鉄腕アトム」も大好きなんです。

でもですね、少し不思議なことがあるんです。

手塚先生自身は、女性を描くのがからっきし苦手だとおっしゃってましたし、親友でSF作家の小松左京さんにも、「手塚の限界だ」と言われてたそうなんです。
 
でも、もしそれが本当なら、こんなに多くの女性が読むはずないですよね?

あのですね、女性には手塚先生の描く女性キャラの気持ちがよくわかるんです。

手塚先生の作品には、女性の長所も短所もすべて愛情をもって描かれていて、ただのお飾りではない重要な役どころを女性キャラに与えた作品が多いのです。

だから、女性には手塚先生の作品は、ほかのどの男性漫画家が描いた作品よりも共感出来ちゃう訳で、手塚先生ほど女性を描くのが、お上手な方はいらっしゃらないのです♪   

それでは、その「リボンの騎士」についてですが、実は1953年に漫画月刊誌「少女クラブ」に描かれたものと、1963年の「なかよし」のものと、2つあります。

そこで、一番、最初に描かれた少女クラブ版のお話をしたいと思います。
 この漫画は、手塚先生によると、宝塚歌劇団へのノスタルジーから生まれたそうです。
 手塚先生はお若いころ、宝塚歌劇団の事務所に出入りして、一コマ漫画を宝塚の雑誌に描いたり、お母様も宝塚の生徒の方をよくご存知だったとか。
 妹さんなんかは、学芸会の時、先日、お亡くなりになった岩谷時子さんがマネージャーをしていた越路吹雪さんから袴を借りたこともあったそうです。
 そういう訳で、手塚先生は宝塚の舞台をよく観てらして、主題歌もそらでピアノで弾けるほどだったそうです。
 手塚先生は、宝塚の魅力をこう記されています。

宝塚というところは、すべてまがい物なんだけれども、インターナショナルなものを見せてくれる。

とにかく、戦前から戦後にかけて、海外の事情もわからず、海外に行くことなんか夢のような時代に、ロンドン、パリ、ニューヨークのサワリを見せてくれる訳ですから。
 そういう刹那的な満足にしろ、とにかくなにかロマンがあふれているのです。
 青春があるんです。
 青春とは何かと、ぼくはいろいろ考えるけれど、「見果てぬ夢」なんです。
 そういうものが宝塚にはあった。
 非常にアマチュア的で、しかも適当にきらびやかだという、そこらへんに雲の上にいるような夢の世界みたいなものがある。
 ですから、ぼくの作品というのはいかにも少女趣味で、甘ったるくて、それが典型的に出ているのが「リボンの騎士」というわけです。

 そういえば、主人公のサファイアが、男性の振りをするところは思いっきり宝塚の影響なんでしょうね?


そういう訳で、「リボンの騎士」は、昭和28年1月から、少女クラブで連載をスタートさせ、第一回はもちろんの事、そのほとんどが巻頭カラーで、連載作品の中でも別格扱いだったそうです。

また、「リボンの騎士」は、昭和30年にラジオドラマにもなり、最初に電波に乗った手塚作品でもあるとか。
 
 この少女クラブ版と、後に描かれたなかよし版との大きな違いは、海賊ブラッド、ビーナス、エロースなどのキャラクターが登場しないというところでしょうか。
 それと、少女クラブに描かれていた頃は、宝塚の雰囲気がふんだんにあるそうですが、なかよし版の頃は東京に出てきて、歌劇を観なくなり、映画の雰囲気に取って代わってしまったそうです。
 なるほど、私はどちらかと言えば、なかよし版の映画のようにダイナミックで、ストーリー展開のテンポのいい方が好きなんですが、少女クラブ版を宝塚の舞台を観てるような感覚で読んだら、すんなり物語の世界に入っていけました。

ものには、読みようってあるんですね。
 
 また、手塚先生が、少女クラブ版の「リボンの騎士」を描かれていた頃は、女の子の読者から、毎日、百通ほど、ファンレターが届き、文章の最後の方に、男の子の服装をしてみたいと恥ずかしそうに、ちょっと書いてあるのが多かったとか。

それに手塚先生は、当時は女の子はおしとやかに、箱入り娘でという家庭が多く、男の子のように自由に、あばれてみたいという気持ちがあったのではと分析されています。


私は、女の子でありながら、男の子の格好をしなければいけないサファイアが可哀想でならなかったのですが。
 
 しかし、どんなに時代は変わっても、白馬に乗った王子さまに憧れない女の子はいないと思いますし、その限りこの「リボンの騎士」は、これからも女の子の夢とロマンをつむいで、永遠に読み継がれるのではないでしょうか。
 
 それでは最後に手塚先生が、少女クラブ版の第一巻に書かれた「リボンの騎士」への思いを綴って、この文章を終わりにしたいと思います。
 

作者の言葉  手塚治虫
 
 白鳥にかえられた王女さま、下界におりたかわいい天子の子、空をとぶ金の船、ふしぎな魔法つかい・・・
 こういったおとぎ話は世界じゅうどこの国にもあるようです。
 世界じゅうの人たちが小さいときから、おかあさまにきかされたり、本でよんだりして、胸のなかにはぐくみそだてた夢はおなじものだったのでしょう。
 そして、こうした美しいおとぎ話は、こののち、どんなに世の中がかわっても、いつまでもきえないで、やさしくみんなの心をたのしませてくれることでしょう。
 「リボンの騎士」は、そういう昔からの美しい話、おもしろい話をあつめて、わたしがつくった絵物語です。

きよらかなみなさんの胸を、おなぐさめできれば幸いです。
 
 
 
 
 
      

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