俺の映画日記

映画を見てから、ご覧下さい

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仕事の忙しさにかまけ、イーストウッドの『チェンジリング』以来、書いていなかった。
その間に、勿論『グラン・トリノ』は見たし、『スラムドドッグ・・』もしかり、
最近では、『セントアンナの奇跡』『ポー川のひかり』も見ている。
本当は、感想を書かなくては、心の底に落ちていかない・・。しかし、サボっていた。
反省しなければならない・・。


そして、『縞模様のパジャマの少年』である。
監督のマーク・ハーマンは、『ブラス』『リトルボォイス』などの監督である。
その両作とも、僕は好きだ。特に『リトルヴォィス』は、快く泣かせてもらった・・・。
今作は、期待大だったのだが・・・。
幾つかの理由で、不満の残る内容だった・・・。


(ここからは、激しくネタばれあり)
まず、思ったのは、ナチのユダヤ人収容所で、運動場の端とはいえ、あんなに頻繁に、子供同士が
会えたのだろうか?という疑問である。
演出的には、運動場の端で、しかも何か大きな物が置いてあり影になっているスペースという
設定にしているのだが、そんな場所だったら、警備の目が光っているのではなかろうか?
しかも、そんな場所ならば、脱出するには格好の場所ではないか?

脱出劇を多数見ているものとしては、その疑問が払拭されないままだった・・。
警備の目が行き届かないはずがないし、よしんばそんな場所ならば、まず脱走しようとするものが
いておかしくないだろうと思うのだ・・。

小説ならばギリギリある設定なのかも知れないが、映像になると、とたんにリァリティーに
疑問符がつく・・。
(但し、当時の収容所の状態に自分が詳しい訳ではないので、もしかしたら、
そういう設定が成り立ったのかも知れないが・・)

そこの所の疑問が解消されないままだったので、どうもマイナスの方向で物語を見がちになってしまう。


そして、それ以上に感じたのは・・・
描き手たちは、この物語の何処をポイントとして描きたかったのだろうか・・という事である。
何か、描き方に中途半端な印象があったのである。

・まず、主人公の少年が、自分の引っ越した先が、ユダヤ人の収容所だった・・
父はその所長だった・・という、少年が物事に気付いていく所を一つのサスペンスにして、
物語を構築したいならば、そういう描き方があるだろう・・と思う。
(もちろん、そこの所は、ピントが合っているわけでもない。
 但し、最後までユダヤだとかそういう歴史的な事にはまだ気付かない無垢な少年
 の悲劇という風に見せたかったので、そこは描かれていない。無垢な何も知らない少年が
 最後ガス室に送り込まれるという悲劇は、確かに涙を誘うが、本当にそれで良かったのか?
 気付いていく過程を描いていく・・というやり方は本当になかったのか?)


・又、ユダヤの少年との交流に焦点を絞りたいのならば、そういう描き方になるだろう・・。
(但し、そういう描き方でもない・・)

・又、ラストで少年が過って、ユダヤ人の群に紛れ込み命を落とす事になる・・。そこの所に
一つのメッセージを刷り込みたいならば、物語は今のような終わり方ではなく、その後の
所長たる父親のリアクションまで短くでいいから描くべきではなかろうか?

悲劇として終わらせるだけでは、メッセージにならないのではなかろうか?
(ただ、今のままでも少しは訴えかけてくるものはあるのではあるが・・)


僕が、何か食い足りない印象を抱いたのは何故か?
想像してみると・・・、
一つは、たぶん、カメラが主人公の少年に寄り添っていなかったからではないか?
又、物語が、脚本が主人公の心情を描くという超目標に、寄り添っていなかったのではなかろうか?

そこにも繋がるのだが、脚本が原作の挿話を生かすのに精一杯で、何か作り手達のメッセージなり、
物語を見せる視点みたいなものが注入されていなかったのではなかろうか・・・。
そんな事を想像するのである・・。


映画の冒頭は、非常に良かった。
戦時中の、ドイツのある街並みで、戦闘機の真似をして走り回る少年達が疾走する絵から始まり、
その街から、主人公の少年が引越しをするまでは、少年の眼差しで、しかも、物語が説明調にならず
過不足なく描かれていた・・。
その先のストーリーを期待しただけに、その後の展開に何か物足りなさを感じたのだ・・。

たぶん、引っ越した先で、もっと少年に寄り添うべきだったのではなかろうか?
同年代の少年もいなく、姉にも遊んでもらえず、周囲は軍服の男ばかり・・・、
そんな中で時間をもてあまし気味の少年の表情を、ずっと追うべきだったのであるまいか?

台詞では「つまらない」だとか、少年の心を説明する台詞はあるのだが、
それは、やはり単に説明にすぎず、やはり、そういう状況にある少年の表情をしつこいぐらいに
抑えるべきだったのだろう・・と思うのだ・・。
そこがあれば、ユダヤ人の同年代の少年を見た時の、主人公の嬉しさ・・といったものが、
もっと観る者に切実に判るだろうし、その後の二人の交流ももっとノッテ見ることが出来よう・・
という気がする・・・。

又、もしかするとだが、少年を無垢な存在のままラストまで引っ張りたかったという意図があったなら、
その意図と、周囲の状況との乖離が何か描き足りなさを残したのかも知れぬ・・。

つまり、ラストで何も知らない少年が悲劇に巻き込まれる・・という構図は決まっている・・。
そんな中、引っ越してきた後の少年は、周囲の状況を見て何がしかの事を感じ始めるが・・、
「無垢な存在」にしておかねばならない必要から、そんなに深く突っ込んでまでは描けない・・
つまり、深く描こうとすると「純粋無垢なまま」でいる事がすまなくなる恐れがあるからだ・・。

と、考え始めると、もしかすると、ラストの衝撃性が、途中の主人公の心情を描く上での障害に
なった可能性もある・・・ともいえる・・・。


このあたりは、あくまで推論だし、たぶんはずれているだろう。。
しかし、そんな風に想像を逞しくせざるを得ない程に、
何かが足らない・・と思うのだ。

それは、もしかしたら、ユダヤ虐殺とナチズムという歴史的に非常に重要で重い内容の
ドラマをやる上で、作り手達に、何がしかの覚悟と描くべき中心点がなかった事に
起因しているのかも知れぬ・・。

歴史的事実に向かう場合には、作り手の信念と覚悟が、どんなドラマにも比して
試されるのかも知れない・・・。

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