俺の映画日記

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 是枝さんは、本当に侮れない・・と思う。
勿論、ペ・ドゥナの好演もあるのだが、この2009年に、またしても傑作と呼ぶに相応しい映画を
出したのではないだろうか・・と思う。

この人形の役は、たぶん日本の俳優では無理なのではなかろうか・・。
候補としては、蒼井優、宮崎あおい・・という事になるのだが、この何ともいえない味みたいなものを
この2人の若い俳優ならば出しえただろうか?
僕は、ほとんど懐疑的だ。というか、まずこの役にペ・ドゥナを選んだ是枝に拍手である。
観ているだけで楽しいのである。

そして、何よりも感心したというか、やはり是枝・・という風に思ったのは、
「空気人形」という漫画原作を使いながら、やはり是枝の映画になっている所である。
それは、とりもなおさず、この現代社会と是枝が切り結んでいる図がはっきり見えるからである。

前回、「女の子ものがたり」や「南極料理人」にはなかった作家としての矜持がしっかりと
根をはって是枝にあるのである。流石というべきか、やはりというべきか、前2者と同じにするのは
それは是枝にとって酷だろう・・・。


映画を見ていて、前半は、実は、少し違和感が伴っていた。
というのも、最初はダッチワイフは、本物のダッチワイフで、ある瞬間から、人形をペ・ドゥナが
演じるという風になっている・・。

似てはいるが、その両者はやはり違いがある。
それは当然だ。「人形そのもの」と「人形を人間が演じること」とは、当然見え方が違ってくる。
それは当然だ・・・。

が、物語上、ペ・ドゥナのダッチワイフを一人可愛がる板尾にとっては、人形が心を持って外に出ていても、彼の前では人形を演じている訳で、気が付かない・・。
それはそれでいいのだが、
「心を持つ前の人形=本物の人形」と「はからずも心を持ってしまった人形=ペ・ドゥナ」との間は、
我々観客にとっては、見え方が決定的に違うのだ・・・。
つまりペ・ドゥナが演じているかどうか・・という所で。

観る者にとっては、決定的に違う「人形」と「役者」の材質の違い・・・
それに演じている役の板尾が気が付かない・・・・
それは物語だから仕方ないといえばそれまでだが・・・、
我々にとっては「違う」事が、役の板尾には判らない・・のは
どうにも違和感があった・・・。

たぶん、人形の初めての出番からペ・ドゥナにしておけばよかったのではなかろうか・・・。
というか、ペ・ドゥナに少し人形的細工を施して、最初の人形の登場にするとか・・・・、
人形の材質を「人間である」ペ・ドゥナの方に少し近づけておけば・・、
違和感が少なくなったのではなかろうか・・・・。

我々には違和感がある事が、物語の中で生きる役の人物には違和感がない・・・
そこが、どうも前半乗れない所ではあった・・・。

やはり、漫画原作の人形を実写でやるというのは、限界があるのか・・という事である・・。


ところが、物語の中盤あたりで、ARATAが人形に息を吹き込むあたりから、
文字通り物語は、息吹き込まれる・・。切なく、又瑞々しく、輝き始めるのである・・。
この変化は何なのだろう・・・。
俄然、面白くなってくるのである・・・。

それは、たぶん、しぼむ人形たるペ・ドゥナの材質感が、急にリアルに感じられる事とも
無縁ではないような気がする・・・。
あのシーンでは、顔はリアルなペ・ドゥナで、萎んだ所は微妙な人形材質にしてあった・・。
ペ・ドゥナの申し訳ないような切ない顔が妙にリアルで(そりゃ、そうだ。本人なのだから)
顔の下の萎む肉体が、又、リアルなのである・・・。

このシーンは、リアルで悲しい・・・・。
ここで、観ている我々は、急にリアルな感情、そして、リアルな雰囲気・・に落とし込まれる。
つまりペ・ドゥナ演じる空気人形の感情を、急に自分の物として感じる事になるのだ・・。

冒頭からここまでのリァリティーがない事に対する違和感、
そしてこの萎む人形の微妙で悲しいリアル感・・、
これが、もし是枝の計算だったとしたら、これは凄い・・の一言だ・・・。


しかし、ここで立ち止まって考える・・・・。
是枝の事だ。当然、出だしの違和感は計算のうちなのではなかろうか・・・??

つまり、こう推測するのだ・・・。
この映画は、漫画『空気人形』が出発点であり入り口である。
だとすれば、物語の入り口では、漫画の空気人形を生身の役者が演じる違和感があっても
いいではないか・・・。
むしろ、その違和感を恥ずかしがらず臆面もなく出しておく事で、
この映画の出自は明らかとなり、当初は、漫画の中の「人形」を役者たるペ・ドゥナが演じているという
「お約束」で、観客は安心感を持って、この映画を見る事が出来るのだ・・・。

「ペ・ドゥナは巧いな・・」「人形っぽいよな・・」「動きもさまになっているな・・」という風に。

その安心感のある「お約束」が、突如、リアルな材質によって、打ち破られるのが、
ARATAが空気を吹き込むシーンなのである。
フィクションとして対岸から安心感と安定感で観ている事が出来たものが、
急に落ち着かない場所で見られる事を強いられるのである・・・・。

その結果、私達は、急にペ・ドゥナ演じる空気人形の持ってはならない「感情の機微」みたいなものを
リアルに感じる事が出来るのである・・・。


・・・・と考え始めると、ここまでが是枝の計算だったような気がしてくるのだ・・。
中盤の山場で、一気にオセロゲームのように転換しようと・・いう計算だったような・・。

現にあのシーンから、急に物語りに入り込む自分がいたのだ・・・。
是枝の魔術なのか・・・??

それにしても、悲しい物語である。
心を持ったペ・ドゥナは、ARATAへの愛情表現の為に、彼が自分にしてくれた事と同じ事を
しようと思うのだ・・・。空気を吹き込もうと・・・。
彼が「僕も君とおんなじだ・・」という言葉を文字通り受け取ったばっかりに・・・・。

切なく悲しい結末・・・・、僕が唯一、ここはこっちの方がいいのでは・・と思ったのは、
ARATAとの別れの後・・・かかっている曲がややサスペンスチックで重々しい曲だったが、
ここでは、前半から何度かかかっていたペ・ドゥナのテーマとでもいうべき・・・、
可愛い曲調の曲の方が良かったのでは・・という事だ・・・。
その方が、もっと「心を持ってしまった人形の悲しみ」みたいなものが出たのではなかったか?
と思ったのだ・・・・。


しかしながら、それにしても、ペ・ドゥナが垣間見る、地元の人たちの人間群像は、
是枝のオリジナルだろう・・。
富司純子や寺島進・・・その他の人々の有様は、やや現代を描くに類型的かも知れないが、
今の生きずらい時代、格差社会と呼ばれる時代の落ちこぼれた達だといえる・・・・。

そんな彼らが、死出の旅に向かおうとするペ・ドゥナが、たえだえに吹きかける息によって
飛び立つタンポポの種によって、ラスト垣間見える時には、少しの、ほんの少しの「希望」を
持っている・・、もしくは観ている我々からすれば、「少しこの人達、立ち直るかもしれない」
という風に見えるのは、なんといっても切ない物語の中では救いである・・・・。

一人一人で友達もいなかった老人男女が、語らうきっかけをもらい、過食症の女性は、
久しぶりに窓を開け、死んでいるペ・ドゥナを見て「キレイ」と言うに・・・至る。

将来は見えないが、ほんの少しだけ「明かり」が見える所に、先の見えない今に対しての
是枝のささやかな応援歌を感じた・・・。

思えば、彼は映画作家である前に、優秀なドキュメンタリー作家であった・・・。
今の時代をどのように眺め、何を物語に託すのか・・・、
本当に先の見えない現在の格差社会に対して、作家たる是枝がきっちりと目を見開いている感じが
この映画で見られたのが、嬉しい・・。


しばらく休業するとの言も聞かれるが・・・、是枝はこれから何処に行くのだろう・・・。
是枝は、侮れない。そして、間違いなく世界に誇れる日本の映画人の一人だと思う。

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いろいろと考えさせられる作品でした。
個人的には、周囲の人物がもう一歩、深く描き出されてたらなぁ〜。
って感じでした。トラバお願いシマッス( `・ω・´)ノヨロシクー

2009/10/4(日) 午前 2:06 ジョニーAデップ

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