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相対する両極は異なるものに見えても相通ずる同じものの異なる事象とも言える。 それはコインに表と裏があるが、その二面性を持つのがコインであると思えれば得心できる。 昼と夜、光と闇があれども、大地や天が変わるわけではなく、運行する経過の中の表情である。 正義や悪、性善説や性悪説も歴史を見れば、2つの思想が世を分けている訳ではなく、 人の思想や行動の中に善行も悪行も内包されていると解る。 善い人と悪い人が居るのではなく、人が善い事も悪い事も成すのである。 天動説や地動説も同じで、地球や他の惑星が太陽等の恒星の周囲を回り、 その恒星系も何かの周りを回るため動き続けており、星系の集まりである銀河もまた動き続けている。 銀河団や宇宙全体そのものも全ては動き続けている為、 天が動いている地が動いていると言う、どちらか片方だけが動いているとでも言う様な表現の、 考え方そのものがナンセンスであり、全ては動いているし何か大きな重力の周りを回っている。 しかし、天動説と地動説を、客観論と主観論的考え方である。 と捉えれば、その相対的な理論の存在理由に得心できる。 確かに地球は太陽の周りを回っているのだとしても、 地球を中心に添えて主観として考えれば、 他の事象は地球を生かし存続させるために与えられた設備や装置である。 とさえも言い切れるのだ。 それは、宇宙が人の想像の範疇を超えるほどに広いと言うのならば、 宇宙人が存在し得るか否か等、モヤモヤとした確たる根拠を理解し信じることが出来ない様な、 人の考え方や捉え方に任せる。という風な曖昧な真実。 たかだか100年くらいしか生きれない人類の想像力に委ねれられたテーマ。 如何に学識を深めようとも所詮、手に取る様に理解出来る問題では無い。 主観から生ずる想像力と、客観という過去の識者達の博学の記録を元に、 新たに生まれる想像の世界であろうとも言えよう。 治世と乱世を繰り返し人類の歴史がある。 人の人生も山あり谷あり、苦楽あり、その全てを飲み干しながら今の己あり。 もしも誰かに二者択一を突きつけられた時、 それは貴方をコントロールする為の誘導尋問。 相手に選択肢を与えながらも、その選択範囲をせばめる等、思いやりは無い。 相手の意思を慮る者の所業にあらず。 さればこそ己の意思を振りかざし、思考停止を狙う敵意を打ち砕き、 動け。 自らが自らの意思で動ける為の思考を拠り所に動く。 それこそ人を生かす指針であろう。 そして、人の魂は各々の銀河の中心である。 歴史を見る中に戦国の世に生きる人物達が、 天文を見て、星が堕ちるのを人の生命の所縁として見取ったのも、何れは説明できる。 大も小も繋がりながら人の感情が現す、 その表情の中に、 天地人備え運命を表現している様を見て取れる。 まぁ、何年先になるか知れぬが何れは我が言葉で表現出来る事象であろう。 |
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過分なお褒めのお言葉などあれば、
疑わず探らず、素直にありがたく頂く。
されど、私が至極としているのは、私の 『自由』
私が私がと連呼しているのも一応は意味があるのですよ♪
私が愛しているのは、私の中の人格の私で、
ナルシストに近い、多重人格者間での愛情。
もう一人の私を愛しているのです。
私の魂は、そのもう一人の私に捧げています。
私の命は、 『 あいぼ〜 』 の子や孫である魚達に捧げています。
ご視聴頂いた方々の悩み相談や質問、雑談等、コメントとして頂きました暁には、必ずや気が向いた時に記事として返信仕る所存であります。
イズレ返しますが、時期は保障しかねまする。
あるいは、その時期を早める為、何らかの
人の本音に寄れたと思える返し言葉が有れば幸いです。
2015/4/14(火) 午前 10:33 [ paranteiino ]