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日韓合意により、韓国の日本大使館前にある慰安婦像撤去が決まりました。
しかし過去に何度もゴールポストを動かして来た韓国の口約束は信じられないのが日本です。
私が考える極端な解決法の、best案 と、better案 。
まずは、best案。
約束通り慰安婦像を撤去出来なかった場合には、
韓国の日本大使館そのものを撤去する。
日本敵視政策を容認し続ける、信頼の置けない国であり続けるつもりならば、
完全に付き合いを断絶する意思を示す、荒療治案。
当然、裏外交として米国に対しても根回しはする。
韓国を切り捨てることで、日本にも米国にも利があることを説明する。
暴発しそうな北朝鮮に対し、韓国を生贄に差出し、
お前らだけで好き勝手に戦争してていいぞとお墨付きを与え、
信頼できる関係を持つ日米だけで中国に絞って集中して対抗出来る。
北朝鮮VS韓国の1対1&
日米VS中国の2対1の構図に持ち込み、
中国を倒した後に余勢を駆って、戦争中の北朝鮮と韓国もまとめて倒し漁夫の利を得る。
というものだ。
この案の最大のデメリットとしては、最悪的には戦争状態を引き起こす事の覚悟が必要という事。
次に、better案としては、撤去では無くても移転で可とする。
というものだ。
要するに日本大使館の前から別の場所へと移せば良いとするものだ。
それは反日的な思想を抱かせる場所でさえ無ければ何処でも良いと容認する案だ。
しかしこれは本来意に介さなくても良い下手の相手の面子を守る為の、事なかれ主義案で下策である。
そこから、さらに今回の本題である。
ultimate 『 究極 』 案を追加したい。
better案で呈した慰安婦像の移転先に、
より大義名分を要するに相応しい場所を創造し、その座を新設する事への提案である。
反日、そして戦争の被害者という、過去の怨念を正義の御旗と掲げる自虐的な理念を浄化し、
真に掲げるべき、美しい思想、『 平和を願う心 』 へと昇華する方法を示すこと。
戦争の被害者は、戦争に関わってしまった全ての人々である。
立場の違いが在る故、その被害の苦しさに対し優劣を比較することあたわず。
不幸自慢もはだはだしいと思われど、傷を舐めあうことで心の苦しさを癒せるスベもあると思ふ。
私の故郷である沖縄には、『 平和記念公園 』 や 『 ひめゆりの塔 』 という、
第二次世界大戦、沖縄陸上戦の記録を残す場所がある。
そこで特に印象に残ったのは、ひめゆり学徒隊の存在だ。
戦時中、沖縄の女子高生達が負傷兵達の看護や、死体の処理等を行いながら、
軍に従事して働いた挙げ句、最後の結末が集団自決を強いられるという悲劇だ。
彼女達の人生の、物語の起承転結の中の全てを、
悲劇が埋め尽くしていたのではないかと思うと、こんな悲惨な人間の一生も在り得てしまう。
それが戦争であるから、戦争は起こしては成らないことだと気付くのだ。
広島、長崎の原爆も然り…
私は韓国の元慰安婦だった人々を、国と国の利権を巡り、
被害者という名目で争いの道具として利用され続ける立場から、
戦争の被害を証明する存在であり、この様な悲劇を繰り返してはいけない。
平和の世を願う為の記録として利用したいと思う。
彼女ら韓国の元慰安婦の方々を、広島、長崎、沖縄の平和記念公園へと招き、
韓国国内にも同じ様に、平和を願う為の平和記念公園を設立し、
そこへ慰安婦像を移転し、反日だといがみ合う為の象徴では無く、
戦争の悲劇を後世に語り継ぎながらも、平和を望む心を持ち続ける子や孫に育って欲しいとの、
教育施設として、彼女達の苦痛の記憶を残したい。
と提案したい。
そしてここから先は、私の抱く理想の本心を綴る。
我々庶民らにとって、あっても無くても良いような各国の存亡等、正直どうでも良い。
私の本心では日本だ、中国、韓国、米国、EU、中東とかの各国の中の、
どの国が抱く思想も、所詮が自己中的な未完璧な夢でしかない。
どこの国を勝たしても歴史が繰り返すだけで、既に飽き飽きの結果だ。
その国を動かす一部の権力者達。
腐敗したシステムに気付かず、それを守り続ける利権者達。
各国に共通する。
どこの国が勝っても、そこの国の権力者が後に蔓延る。
という決幕の簡単な問題だ。
ゆえに私が思いたったのは、人種の国境無く、
多勢を締める庶民らが、その国に蔓延る腐敗した、
利権を独占する特権階級の立場にある者達を、
同時多発的に根こそぎ粛清する。
そんな痛快なシナリオだ。
そう考えると、本当の敵は近場の国の国そのものではなく、
その国で甘い蜜を吸っている腐敗した特権階級らの少数派どもで、
世界の大多数を占める庶民らVS少数の富裕層ら。
という構図となる。
甘い夢。いとおかし…。
されど、繰り返される歴史を思ひ、綴る戦略の Simulation 。
より面白い物語の展開を望み、描く夢は常に新しく美しいものであるべきだ。
世界平和を夢見て常に夢に夢想のシャボンは産まれ続ける。
イズレ壊れぬ夢来たらんと願いながら。
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いつか自分は幸せになれるだろう。
そんな根拠もない空想を抱きながら人は生きている。
私が日本本土の人々を見て思う気持ちである。
戦争体験の話しは祖母や年寄りから聞いた昔の話だ。
今の世の中を見れば、性の対象の憧れとして女子高生を遇している。
ふん。
と鼻息一つついて、お前ら幸せそうだな。
そんな皮肉も一つ言いたい気分にもなる。
2016/1/12(火) 午後 1:11 [ paranteiino ]