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語るには順序があり、後々丁寧に一つ一つ記事にしてゆくつもりではある。 |
美学 〜 para.ver 〜
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当然ながら人間嫌いだし、他人と積極的に関わりたいとも思わない。 |
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その言葉は自己評価を反映させるべく他者へとこぼれる。 発想や想像力は元々あったもの以上の領域を超えることは無いのかも知れない。 だから人疲れするよな。 他人についてお前が愚痴っていること、それって全部お前自身のことだから。 って思える連中が8割方か。 自分がこう考えるから相手もそうだろうという主観を元に客観を組み立てるから、 すぐに知能の程度が知れる。 そんな会話ばかりでコミュニケーションが成り立っている。 しかし本当に相手の知能の程度を知れているのなら、 言葉に霹靂すること無く相手の思惑や気持ちを叶えてやっても良い。 もちろん自身に害が及ばず、度量の許す範囲内での行いでだ。 日本を貶める為、韓国も中国も頑張ってはいるが、 その頑張り方こそ方向性と優先順位を見失った無駄な努力であり、自滅への墓穴掘りだ。 所詮、自らの低能ぶりへの矛先を逸らす為に、他に非難する他者を作り上げ、 自身への批判を逸らそうという猿知恵程度の発想の外交策しか浮かばぬ貧弱ぶりよ。 習も頑張っている、私的には彼の思想に好感を持てる。 「ハエもトラも叩く」 と汚職に塗れた高級官僚の粛清は大いに支持出来る。 しかし共産党内での内部争いに発展し、暗殺されることを恐れながらの執政等、 孤立無援の四面楚歌。 所詮、最大の敵は自分自身とか言っている意識レベルでは、 敵を滅ぼす為に自殺するのか?というオチだ。 やはり自分自身というのは最大の味方であり、至上の相棒とするのが得策だ。 習にはもう一段、ケツの穴のでかい男になって貰う必要がある。 中国共産党の一員である前に君は、中華人民共和国の一員であり、 人民の幸福を第一義とし、重きを置くその志が必要だ。 私の言いたいことは中国共産党の汚職官僚達の粛清は全うしつつ、人民を味方につけろ。 そして中国の民主化が成される後の次代を見据えて戦略を立てろということだ。 高度経済成長、バブル崩壊という歴史を体験した私達からして見れば、 中国経済のバブル崩壊も必然の道理。 その時に民主化運動でも起こった際に、一枚岩として対処に当たれない中国共産党に道は無い。 天安門事件等の過去の歴史を正しく直視する事が出来なかったことは残念だったな。 日本に正しい歴史認識をと、警鐘を送り続けていたのは所詮自分自分の事であったな。 というオチまで見える。 しかし民主化された後の中国であれば日本と友好的になれ、 共にアジア共同体の組織確立を目指せる良きパートナーとなろう。 韓国の求める、謝罪と慰安婦問題に対する誠意も、日本側主導にて解決してやったら良い。 韓国の女性達が慰安婦として犠牲になっていた時に、 女子供達を守るべきはずの韓国の男性達は何をしていたんですか? と問い質したくもなる感情を押さえ、 日本国は誠意を持って対応しましょう。 慰謝料の請求という形で誠意を求められるならば応じても良い。 払いましょう。 しかしその費用に当てる資金の捻出先は韓国政府へ請求する。 過去、日本は韓国人戦争犠牲者に対して戦争賠償として700億円の支払いや、 韓国鉄道、ダムや通信設備、水道施設等インフラ整備への多額のODAを実施している。 慰安婦などの戦争犠牲者に対する保障を韓国政府へ一任し、 賠償金を託したのみで決着したとする浅はかな行いに対する責任を取り、 日本政府は、戦争決着が着いてないとして日本を批判、敵視し、 国際社会と韓国国民に対し反日思想を植えつける韓国政府に対して、 『韓国の国民達が納得する戦後保障を、日本主導で改めてやり直すから、金返せよ』 決着着いて無いってお前らが自分で言ってるんだから、 戦争賠償金として支払った金に、ODAの融資分、借金も含めて全部一旦金返せや。 その返金分を資金にして日本主導で改めて戦争犠牲者の遺族達に対する保障をやり直してやる。 お前ら韓国政府が、韓国国民にも日本国民の感情にも国際社会に与える信頼性に対しても、 何一つ信用が置けないから、日本が主体となって解決してやるよ。 日本は責任取るけど、お前らの責任に対してもきっちりケジメ取って、 韓国国民が納得して喜ぶ解決策を日本政府が改めて実行しますよ。 って叩き込む。 無能な韓国政府や、その理不尽な政策にあやかり私服を肥やす、 韓国の富裕層らをまとめて叩き潰して、身分開放し庶民らに対して利益配分してしまえ。 なんなら、日本を敵視し反日思想を拡散する韓国という国を、 友好国と思えるのか?同盟国として付き合う価値があると思えるか? という事を日本国民に問え。 私的には同盟を破棄し、国交断絶し、日本との輸出入を出来なくするだけで、 サムスン等の韓国大手企業を軒並み倒産させる事が出来、 韓国という国が立ち行かなくなり滅びる。 別に戦争等しなくても日本がほんの少し非情に成るだけで、 韓国という国は滅ぼせると思っている。 そして中国に併合させ、中華人民民主国の一部の朝鮮民族という立場に落ち着かせる。 それが彼らに取っての見分不相応なオチというものだ。 歴史を見ても朝鮮や中国、欧米諸国などは当たり前の様に 『奴隷』 という制度があり、 戦いに負けた弱者が勝者に搾取されるのは当然という思想がある。 だから勝てば官軍とばかりに勝者至上論がまかり通るし、 それは国と国との付き合い方からしても、植民地支配的な発想が当然な脳ミソだ。 しかし日本国は昔から敗者を奴隷として利用するという価値観を持たない国柄だ。 弱者を救済し、奢れる強者を叩く、 故に正義として周りは味方し、戦いに勝利する所縁となる。 ならば本来戦えば勝てる相手に戦争を仕掛ける事もない。 ただ憐れみ救済する為の案を実行し道理を示すだけで事足りる。 これが理想の 『 無敵戦略 』 だな。 第二次大戦中の沖縄陸上戦において、米兵よりも日本兵の方が怖かったという、 沖縄の年寄りも多い。 韓国や中国の言う日本兵の残虐性を完全否定するのは難しい。 私が思うに、韓国は人の心が無い事からの残虐性だとしたら、 日本は心を込めた残虐性を発揮出来る性質があるからなお性質が悪い。 近代戦争においても日本が敗戦したのは米国とのただ一戦のみであり、 それ以外では列国の強豪を打ち負かし続ける強者側であったのだ。 恐れられるのは当然だとしても、不当に貶められ続けることを正当とは思えない。 しかし弱者の立場に落とされ、数々のハンデを負わされながらも、 再起を図る立場となったことは、十分に意義があることであり、 かつては美しく輝きつつも貶められた神々の心と等しい位置まで深く降り、 貶められた自身の魂を救い出すということは、 かの神々も味方につき、助け見守ることで、 彼らの怨念の溜飲を落とす切っ掛けともなろうと思うもの成り。
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因果応報 報いは必ず返る。 その心は帰るべきところへと返る。 それは水が低きに流れるのと同じ、自然の理(ことわり)だ。 人の身体はパッケージ、CDやDVDと変わらず。 魂であるデータは集積され、死を介して運ばれる。 その先の集合体を神と呼んでも良い。 神を人類、いや生命全体の集積思考回路とみなす。 例えば、風呂場の水垢を掃除することなければ、 足は滑り、不要な事故を呼び災厄を招く。 物を大切にしなければ自身に跳ね返る。 人個人の心や魂も、神という魂の集積体からすれば、一つの端末である。 故に、霊という死後のネット環境は、今を生きるユーザー達と関わる。 霊の現れ方は個人と故人の関わり方によっても姿を変える。 それは心霊である為、生きて関わった者の心象の投影であり、 他人に見える霊と、自身に見える霊にはデータ(情報)の違いがある。 この世に生きる生命達は、その経験や感情を魂というデータに変換し、 神という集積装置へと返す。 ネットワークとして神という集合体と、個々人の魂の繋がりがある故に、 因果応報という反射結果も現れる。 障子に目有り耳有り、お天と様が見ていると思う思想、 悪く言えば、この世に生きる者達は、常に自身以外の何物かに見守られ監視されている。 故にその個々人の生き様を監視する霊達の心象を良くする行動であったか、 どうかというのが運の良し悪しともいえる。 繋がれば繋がる程、個人のプライバシーは無い。 そう思うと、神とか霊とか、最強に鬱陶しいストーカーだな。 しかし、それを逆手に取って、霊とか神とかを味方に付ける生き方が出来れば、 心強いかも知れないな。 そして私が推奨するのは、霊とか神の目を恐れて慎ましく生きる事では無く、 彼らの想像を超える事で、目を見開かせ、否応無く味方に付かせる。 因果応報そのものを味方に付ける思想を抱き、 味方たる彼らに、敵意や憎悪を反射させ、敵となり得る前に相手を自滅させる力とする。 武器を手に持たない、無敵戦略の完遂実現。 神の意に添い人類の紛争を押さえつつ、和を成す。 人類、そして全ての生命達の願いと望みは、争い無く平和を求む。 死者達や神々が真剣にそう願うのなら、現世に影響を与える為の移し身は必要であろう。 それらは多ければ多い方が良い。 生命の意思である魂は生と死を循環し続ける。 裏表隔てず、力として影響を与える。 それを霊力や超能力とも言うかも知れないが、 元は人の心から産まれた望み。 輪廻転生を繰り返してもなお、果たしたいと願う心がそこに在るのなら、 その願い、叶えさせてやるのが当然応ずべき報い。 |
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なぜ生れてきたのか? なぜ生きるのか? 問うた時点で答えは出ている。 でぃす いず あ ぺん それ以上のそれ以外の何物でもない。 『 生きる意味 』 そのタイトルはイコール答えであり、 補足である方程式は言い訳「答えに辿り着く為の説明文」にしかならない。 生きているということは死んでいないということ。 それでかまわない。 答えだけを求めれば、深く掘り下げる必要も無い。 国語算数理科社会。 そこで理解と納得が得られるなら、 他言語や数学、科学、経済や道徳など、 趣味の延長線上の知的遊びで楽しむ為のものだ。 コミュニケーション能力の取得の欲求とは、 相手の心を理解したいということ。 なら目の前にいる存在の心が解れば言語はいらない。 計算した行く末に損しないようにしたい、 その為に自身のゆずれない目的意識を明確にする必要がある。 理論の遂行は愛ゆえの献身の如く、宗教と大差無い。 社会など既に子として親が何に興味があるのか見ている時点で解りきっている。 人は、いや、生物は生まれて来た時点で既に天才だ。 人は霊長類の頂点などとおもいあがってはいるが、 他の生き物達と比べ、さしたる差は無い。 カブトムシを育てた。 昆虫は心通い難く魚達に比べ、つまらない。 そんな気はしたが、不遇のあったメスのカブトムシ。 幼虫〜さなぎ〜成虫になる境に、誤ってその環境を壊した。 私はこの命と私はイコールであると思った。 関わる内に他のカブトムシらとは違い、 この固体が私に対して、一種の信頼感を寄せてくれている感覚を経験した。 昆虫とも心通いあえる瞬間を感じられるという体感をした。 その私の経験は共有する事無き、赤の他人からすれば、 理解の出来ぬ虚実でしか無い。 そんなものだ。 しかし私の心と記憶には忘れ得ぬ体験として残る。 本質を忘れるな。 私が私を愛した所以を忘れるな。 見返りを求めることが出来ない。 それでも胸を掻き毟る苦しみと愛することを捨てられない。 我が心が美しく、私が私を愛する。 他人も世界も関係ない。 私が私を愛しているから私は生きているだけなのだ。 命は私が私に与える。 愛する私の心を私が忘れぬよう。 |







