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アトリエの周辺を少し手を入れたいが・・・
ここ数年、なかなか時間がとれない。何かとしなければならないことが多く、アトリエ周辺の木々や花々が自由放任状態になっている、なんとかしなくては・・・これでは近隣に迷惑がかかる。先週から少しずつですが、草刈りから始めている・・・かなりエネルギーを消耗する。手に余る木を伐採する必要がある、思い入れのある木です、やむを得ない。サザンカと椿の木を切ることにする、近年虫がつく(湧く)木でもあり、やむを得ない。毎年、美しい花を咲かせる木です、それを想うと寂しい。しかしながら、枝に連なる虫の姿を想うと、しかたがない・・・などと、人間というのは得手勝手なものです。鉢植えの花を眺めながら、想いを和らげている自分を慰めている、情けないことです。
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ガーデニング
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アトリエの花々
5月も、慌ただしく過ぎてしまった。わたしの周辺(庭)も、それほど手をかけていないのですが、美しい色彩に溢れている。5月は、木々も花々も生き生きしている、これから少しづつ暑くなる。暑いのは苦にならないものの、更に忙しくなる、時間に追われたくないが、その予感がする。
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アトリエの藤もそろそろ開花かな
数箇月、いやここ数年、アトリエの周辺が散らかっている、手が回らないのです。3年前と昨年、藤の枝を切った(剪定した)、切りすぎたように思えたが、どうやら想う形になってきた。庭全体が整うにはあと数年かかると思われる、できるところから始めたい。次々と入ってくる「時間のかかる新たな試み」、創作に関わる時間は有意義ではあるが疲れが増す、庭いじりは一時の休憩時間かもしれない。藤の花ことばは・・・。
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わたしの庭の片隅にムスカリが咲いている
わたしの庭の片隅に、ムスカリが咲いている。今年は、少し遅れて咲いた。ムスカリはユリ科の多年草、原産地は地中海沿岸、東南アジア。花の色は、青、紫、白、濃青、育てやすく、わたしもその昔に・・・ここ数年その姿を見ない。花ことばは、「寛容な愛」・・・。
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これら古木にも淡々と生きた痕跡が明確なエッジとなって表れている
あらゆる生命は、いつしか終焉を迎える。花も野菜も庭の木々も、その周辺に宿る小動物も、そして人も、それぞれに終焉がある。1月早々に、このような「陰鬱な話」でもないのですが、ふと風がよぎるように、わたしは思った。わたしたち絵描きにとって、見えるものから受ける「さまざまな情感」は、とっても貴重で、大切な「イメージの芽」にもなるのです。アトリエの古木を擦りながらそう思ったのですが、昨年の夏の暑さに野菜や花や木々の喘ぎを思い起こしたのです。あの暑さに負けたのは、植物だけではない、わたしもそうでしたが・・・あの時もっと水をやっていれば・・・そう「気持ちが痛む」のです。「自力で生きる」とは言ってはみたものの、多くは「他力」で生きているようにも見えてくる。これら古木にも、淡々と生きた痕跡が明確なエッジとなって表れているのです。それにしても、美しく力強い。
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