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グアムは、成田空港から約3時間半、面積は淡路島くらい、人口は16万人で、原住民のチャモロ人が約5割を占めています。太平洋戦争の際には、日本の占領下にあったこともあり、当
私が泊まったホテルは通称「ホテル通り」と呼ばれるグアム最大の
島内観光などでホテル通りを少し離れると「FOR RENT」、「FOR SALE」の看板だらけで、廃墟となった建物が連なっていました。ある廃墟の前では、バスガイドさんが「ここは老朽化が激しく廃校となった高校で、3年もたちますが再建の見込みは立っていません」とのことでした。学校の校舎には「早く校舎を返してくれ」という生徒のスプレーによる落書きがありました。また、グアムといえば旧日本兵の横井正一さんが40年ほど前にグアムのジャングルで見つかった話が有名ですが、そのジャングルの入口に赤いレンガ造りの小さな小屋がありました。バスガイドさんに聞いてみると、「あれはジャングルに住んでいる子供たちのスクールバスの停留所です」とのことでした。
つまり、グアム政府は、観光振興に力を注いできましたが、高校を建替える財力も持たず、いまだに電気・ガス・水道も通っていないジャングルに暮らしている住民がいるなど貧富の差が大きいということです。漁業と農業が基幹産業というこの美しい島に観光産業がもたらしたものは何だろうという疑問が浮かびました。
グアムでは人口の6割が観光産業に携わっているとのことで、雇用は確かに生まれていますが、資本投下をしたのが日本を始め外資中心であり、地場産業には大きなお金が落ちていない。そして、人々の暮らし向きは思ったほど良くならないばかりか、美しい自然が破壊され廃墟の街並みとなっている、そう考えると、観光産業の功罪を感じずにはいられませんでした。グアムが観光で生き返るには、観光客の9割以上が日本人という過度の日本への依存から脱却しなければならないと思います。具体的にいえば、中国人観光客を取り込むということです。
ところが、私の妻がこの夏に上海に出張にいった際に、中国人の友人にグアム旅行の話をしたところ、その方は、「グアムって日本にあるんだよね」と言っていたそうです。まさか、太平洋戦争時代にグアムが大宮島と呼ばれていた名残があるとも思えませんが、中国人はグアムに対してその程度の認識しかないのかもしれません。
今回は、たった4日の旅行でしたが、底抜けに明るいチャモロ人にとても愛着が沸きました。もっと中国や世界にグアムの素晴らしさを情報発信して頑張って欲しいと感じました。
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お久しぶりです。。

したら良いですね!!
グアムの別な一面を知りましたよ。そんな真実を報じているの観た事ないですわ!!
目先の事ばかり。先を見据えて皆さんが立ち上がって下さり…少しづつでも状況が変化
2010/10/10(日) 午前 3:47 [ ぷくぷくみぃちゃん ]
こんばんは、旅はいいですね。
2010/10/10(日) 午後 8:05 [ もも ]
お久しぶりです。
私は行ったことのないグアムですが、相変わらず日本人には人気があるのでしょう?
美しい海に、悲しい過去があるのですものね。
2010/10/11(月) 午後 0:47