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パリのスケッチ教室<ラ・パレット>の
ホームページも合わせてご覧下さい。
http://www.lapalette-paris.com/index.html
こちらは貸しアパート情報です。
http://cheval13.exblog.jp/
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フッと思い出した、もう30年も前のパリの事だ。
今ほど日本人は多くなかった、絵描きや貧乏学生やもぐりでパリに入り込んだ連中は14区や13区で細々と暮らしていた。
友人が捕まったと言う話を聞いた、何でも麻薬の運び屋と間違えられて3日間シテ島の地下牢獄に入れられたと言う。
それもフランス語がまったく出来なかった為に、自分が何で捕まりポリスが何を尋ねているのか全然解らない。
今なら日本大使館に問い合わせるか、いやいやポリスの中には日本語を話す者が何人も居るので直ぐに解決しただろうが、当時は大雑把で疑わしき者はさっさと国外に追い出す。
それでも一応念入りに調べ、裸にして麻薬を打っていないかどうか調べた挙句3日間地下牢獄に監禁して護送車で国境まで連れて行く。
地下牢獄と言ってもジャンバルジャンの時代のような陰湿なものではなく、売店があって何でも自由に買えると言うのだから驚く。
しかし地下牢に通じる階段と通路は狭く薄暗く壁はしみだらけで汚かったと言う。
入れられたのは四角い部屋の独房で小さな窓が高い所に1つだけあって、ガラスが入ってなかった「あれはきっと自殺を防ぐ為だろうね」と言っていた。
バケツが一つ隅に置いてある、ああ、そこで大小便をするんだなと解った。
「困ったのは全然寝られないんだ、壁から20cmくらいの板が張り出ているんだけど、それが物凄く中途半端なんだな、お尻がようやくひっかかる程度でどうやっても落ち着いて座れない、寝たくても寝られない幅なんだよ、床は冷た過ぎる」結局3日間一睡も出来なかったそうだ。
「お金を持っていたから良かったけど、持って居なかったら3日間サンドイッチも食えなかったよ」
そして3日後、護送車に乗せられて彼はベルギーとの国境に連れて行かれた。
そこで車から降ろされ、ポリス曰く「さて、私の仕事はここまでだ、後はあんたが何をしようが勝手だ」と言ったという。
彼は1時間後にパリに戻って来た。
やがて帰国し、何年かしてお金を貯めてまたパリに行こうとパスポートの申請をした。
その時に言われたそうだ「貴方パリで何かしたでしょう、パスポートは発行しますがフランスが貴方を入国させるかどうかは分かりませんよ」
パリが好きな彼はその後は何度もフランスを往復したそうだ。
あの彼氏は今頃何をしているだろう?
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