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勝つ事よりも将来の為になる事を・・・・・・・

自分の野球史

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そんなこんなでポジションは
キャッチャー。

何が嫌だって言われれば
理由はピッチャーじゃないから・・・・
ただそれだけの事が嫌いな理由でした。

最初はね・・・・・

リトルの練習にも慣れてきた頃
バッティング練習のキャッチャーをすることに!

レガースをつけてみた。
「なんかかっこいいじゃん(^^)」
プロテクターを着けてみた。
「おおっ!プロのキャッチャーみたいジャン(^^)」
キャッチャーのマスク付きヘルメットをかぶろうとした・・・・・
「この匂いはなんだ・・・・・(>_<)」

今でも記憶に残るあの汗臭い香り・・・・・
あの頃はファブリーズなんていう重宝なものも無かったですからね〜

仕方なくかぶりました〜〜
打者が何人打ったのか覚えては無いけれど、
ファールチップあり。
空振りあり。
ショートバウンドあり。

耐えました。
自分のバッティングの順番が回ってくるまで。

体格が良かったせいか
バッティングはそこそこよかったので
打撃練習になると
キャッチャーの嫌な事もすっきり忘れられたんですね〜

しかし小さなストレスも
長い間には積もるわけで・・・・


次回、「仮病?週末に襲うなぞの腹痛・・・・(笑)」

野球人にとって、やはり冬はネタ切れの時期ですね・・・・
そんな時は自分の野球史でも書くしかないです。

前回は小学校4年生の時に「リトルリーグに入団」のところまで書きましたので
第2部として
「リトル入団その後」
をお届けします。

「キャッチャーでいこう?」
その言葉を聴いて何度自分の耳を疑ったか・・・・
「キャッチャーでいこう」
「キャッチャーでいこう」
家に帰ってからもその言葉が耳から離れなかった。
そこへ登場うちの親父。
あまりに元気を無くしているのを悟ったのか
「キャッチャーやるならキャッチャーミット買わなくちゃな!」
「・・・・・・・」
やりたくないんだって・・・・・

とは思いつつ買ってくれるんだったら嬉しいのが子供心、
二つ返事でスポーツショップへ。
といってもキャッチャーミット、グローブほどたくさん置いているわけはなく
陳列してある5個ぐらいの中から選ぶしかなく・・・・・

現在のように子供用のキャッチャーミットなんか売ってません・・・
売っているどころかメーカーが作ってない・・・・
なければ作る、なんて言う機転が利かない子供ですからね。

買いました。
大人用?硬式キャッチャーミット。
ぴかぴかの新品ミット!
確か値段は15000円くらいだったかな〜〜?
当時軟式のいいグローブが3000円くらいだったから
かなりの金額だったはず。
今になってだけど
親父にお礼を言わなきゃならないなぁ〜〜(笑)

値段もすごかったのだけどもっとすごいのが重さ!
はかりに乗せてみたらなんと
1キログラム・・・・・・・
お店の人もこれ以上軽いものはないと思いますよって・・・・

小学4年生が1キログラムのミットをぶら下げて練習・・・・
これって修行か?はたまた罰?
おれ悪い事したか?

まぁそこは子供
新しいキャッチャーミット!
今まで見たことのない凄いミット!
練習に行っても人気者のミット・・・・

監督も
「いいミット買ってもらったんだからがんばらなくちゃな!」
って・・・・・・・
あなたのお陰です。全てあなた一言で決まったのよ・・・・

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野球との出会い 1

イメージ 1

今からさかのぼること30年前くらい前
小学校1年生の頃いとこの家に行ったのがきっかけで野球と出会ってしまった・・・・(笑)
その当時いとこのお兄ちゃんは中学3年生で、
野球部に入っていていろいろと教わった記憶がうっすらとある。
そのおにいちゃん、今ではうっすらとハゲ・・・・・(笑)
うちの父親は野球どころか、ファールとフォアーボールの区別がつかない野球音痴。
だけど、運動能力としては周りの親と比べるとはるかに高かった。
職人と言うこともあり身の軽さ動作の機敏さがそう見えたのかもしれない。

野球音痴の親父ではキャッチボールさえ出来る訳なく、いとこのお兄ちゃんに頼るしかなく毎週のように親に頼んでいとこのお兄ちゃんの家に連れってってもらった。
中学3年生であるお兄ちゃんも毎週のように小学生のガキを相手にするほど暇ではなくしばらくすると
「グローブをあげるから自分で練習してね」と言われ(見放されたわけですが・・・)
それからはしばらく壁が友達になっていた。

そうこうする間に自分の通っている小学校の
上級生達が田んぼ(秋から春まで)
で野球を始めたのを良いことに仲間に入れてもらった
(はっきり言って迷惑な子供)
今でも記憶にあるのが「○○ちゃん、センター守って!」と言われて
どこか分からずセカンドベース上でグローブを構えていた・・・・
(今思うと田んぼのグラウンドでセンターなんて事言われて分かる奴はいないって・・・・)
野球にはポジションがあることに気がついた時であった(笑)
その時確か8歳。

それから近所の空き地を探しては、野球三昧の日々。
ガラスは割るし木の枝は折るし、近所では有名な野球小僧になっていった(爆)
今でも近所のおばさん達には、
その当時の悪態ぶりをネタに笑われることもしばしば。
子供の頃を知っている人は一番怖い存在である・・・・

そんな野球小僧も小学4年生になった。
地元少年団への入団である。
初日にキャッチボールの試験があり
Aグループに合格したのを覚えている。
がしかし、月に2回程度の練習では物足りなく3ヶ月ほどで退団。
そんな矢先に近所のおばさんが、
「リトルリーグの監督を知り合いがしてるんだけど行ってみたら?」
ピッチャーが欲しいらしい、
肩の強さは自信があったので入団テストの前にしっかりピッチング練習をして
テストを受けた。

その監督さんは
「う〜ん。いいね〜君! 肩が強くて体格も良いし〜」
その言葉を聴いて
ピッチャーになれる(^^)と思ったのもつかの間
「キャッチャーでいこう!」

自分のキャッチャー人生の始まりである・・・・・・
それも悪夢の・・・・・・
マスクを被って重い防具をつけて・・・・
一人だけファールグラウンドを守る・・・

「あ〜ぁ〜・・・」



写真はリトルリーグ入団時

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