岩手・脳脊髄液減少症から復活へ

R.シュタイナー、ジェームズ・レッドフィールド、ブライアン・L・ワイス等、スピリチャルの世界に昔からはまっています。

脳脊髄液減少症の遍歴

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 数日前に、鉄分とカルシウムを牛乳で摂るようになってから、頭痛、不眠がかなり良いです。 「本当? 嘘みたい?」といいたくなるくらい、なんかあっけなく良くなった感じです。 まだ検証の途中ではありますが、かなり期待できるのではないかと。

 ただ、そのためかどうかはわからないのですが、少し前から痰が絡んで、咳が止まりません。少し身体が温まってくると、ゲホゲホが止まらず、なかなか大変です。

 以前から、脳脊髄液減少症の時、そういえば鼻水が出たことがほとんどなかったので、何か関係があるのではと思っていました。(根拠はないのですが)

 今回、鉄分やカルシウムを摂り始め、鼻水が普通に出て、痰が絡むようになって、ネットで検索してみました。
 
 すると、脳脊髄液が鼻からもれ出ることがあるとのこと。無色、透明なものが出ていれば、その可能性があると。そういえば、無色透明なような。かなりサラサラな感じでもあります。

 可能性として、ブラッドパッチで穴をふさいでしまっているので、脳脊髄液の産生が促されると、漏れる場所が足りなくなって、鼻の方から漏れるということもありうるのではと思い始めています。摂取する量を調整すれば良いのか? 少し考えてみようかなあと。

 でも、何にせよ、頭痛、不眠、自律神経失調が改善されれば、これ以上のことはありません。
 長年患ってきた、症状が軽くなるって、牢獄から解放されるような思いになりますね。

 脳脊髄液減少症の皆様、カルシウム、鉄分もしっかり補給しましょう。

MRIで検査 異常なし?

 今日は、上司からの申し出もあって、有給休暇をとったので、4連休の3日目。
 
 妻から、昼ごはんは、子どもたちを連れて行って、どこかで食べてきてと。午前中は、子どもたちは勉強もあるので、暇です。

 平日で1日休みは、なかなか取れないので、取れると決まってから、病院で診てもらいにいこうと秘かに決めていました。今後の方針を決めるためにも、しっかりと検査を受けて、診断をしてもらうことが必要だろうと。特に、髄液の流れ、高次脳機能障害の可能性について、専門家の意見を聞こうと思っていました。

 9:00からの診療時間なのですが、8:40の時点で、13番目。年配の方々、さすがに出足が早いです。30分くらい待って、呼ばれました。

 高次脳機能障害に似たような症状が出ていること、検査でわかるのでしょうかと伝えると、心配なようなら、MRIを取ってみましょうと、あっさり決まりました。ついでに、脳への血流もエコーで検査しましょうと。

 エコーは、待ち時間なしで、検査。首を右、左に傾け、最後は正面を向いて、頚動脈の画像を見ながら、処理していました。

 MRIまでは、50分待ち。ずっと取っていなかったので、おそらく5年ぶりくらいになるでしょうか。症状的には、大きく変わっていないので、そんなに変化はないだろうとは思ったのですが、5年の間に、機能的に変化が生じているとも限らないので、念のための検査です。

 検査中、磁気の振動のせいなのか、脳の中に微妙な変化が感じられました。鼻のあたりの詰まった感じが、すこし抜けたような感じとか、手足のヒリヒリ感とか。 20分ほどで無事終了。

 しばらくして、T先生に呼ばれました。検査の結果は、異常無し。矢状断の画像もありましたが脳の下垂は、特に認められないと。髄液の流れにも異常はないと。(どうやってわかるのでしょうね)高次脳機能障害の兆候も認められないと。(器質的な変化はないということ) あと、考えられるとしたら、精神的なものの影響とかでしょうと。 

 この言葉に、ちょっと困惑してしまいました。じゃあ、お酒を飲んで頭痛が3〜4日抜けなかったり、ずっと立っていて、体調が悪化するのは、いったいどう考えたらいいのだろうかと。一応、脳脊髄液減少症のことも、わかっている医師なので、(治療はしていませんが)疑うわけにもいかず。

 でも、いろいろな症状があるのは事実なので、脳の働きができるだけ良くなるよう、やはり、自分なりに工夫をしていくしかないのですね。
 漏れ等は、もう無いと考えて、あとは頭痛の予防、髄液の流れを良くする、精神的な健康に注意していこうと。

 姿勢の悪さからくるものもあるでしょうから、まずは、PCを使用するときの姿勢、寝るときの姿勢等に気をつけて、行きたいと思います。

 安心していいのか、これから、どう考えて、この症状と向き合っていったらいいのか、戸惑う今日の検査でした。

祝?30周年

12月13日をもって、脳脊髄液減少症、発症30年を無事迎えることができました。

この病気になって30年というのは、なかなか大変なことだなあと。(ちょっと自分を褒めてあげたい気持ちです)

大学受験よりも、仕事が忙しいのよりも、この病気と闘うことの方がよっぽど困難だったなあと思うのです。

病名が判明しなかった25年間。医者からは何ともないと言われ、自分の不快感から言いたいことまで封じ込めなければなりませんでした。表面的には、何ともないよって顔をしながら、内面的には、しんどいなーという精神的二重生活。

大学生の頃、体調が悪化したときがあって、いつまでこれと付き合わなくてはならないのだろうかと嘆いていた時期がありました。こんな状態で、ずっとやっていけるのだろうかと。

就職してからも、いろいろありましたが、まあなんとかやってこれたのも、妻のサポート、周囲の理解、そして、何よりも運に恵まれていたからでしょう。

ここ最近、調子が上向いているので、なんとかこれを維持して、よくなったっていう生き証人になれればなあと思っています。

単身赴任2(苦難の時)

 平成16年の7月。1回目のBP、自宅療養から単身赴任の生活に戻りました。この時期が一番きつかったです。

 朝、出勤するとき、頭痛、腰痛、不眠、不快感と戦いながら車を運転しました。途中で帰ってきたらいいのだろうかと、弱気になりながら車の運転。心の中は、痛い、苦しい、どうやったらいいのかという叫び、愚痴で一杯。

 仕事は、ほとんどがPCによる事務仕事ですが、昼を過ぎるあたりから、脂汗が出るような感じで、とにかく耐えるしかないと言い聞かせて仕事をしていました。頭の働きも、更に悪化したようで、ミスの連発。(なんて思われていたことか?)自分のベストの状態だったら、こんなことはないのにと悔しい思いをしながら、叱責にも耐えていました。 本当に情けなかったです。


 自分の病気のことについては、なかなか詳しく説明しづらいものですしね。病気についての資料をボスに渡した記憶はありますが、職員全体にどの程度理解されていたか。見た目は、まあ、そんなに変わりないですから。

 時折、イベントの準備等があって、外での仕事になります重いテーブル等の運搬もあったりで、大丈夫かなーと思いながら運んでは、悪化。一連の流れで仕事をしているので、そこだけ免除って、他の人から言われないと、なかなか「できません」といえなかったです。

住宅に戻っては(経費節約のため、オンボロで、カビ臭い)、自炊した後は、とにかくできるだけ横になっていました。次の日のために、少しでも体調を回復しておかなければならなかったので。20時頃には眠くなってきて、ウトウト。22時頃に寝たりすると、夜中の1時、2時には目が覚め、頭痛で眠れず。夜の長いこと、長いこと。

シマリスのチップ(初代)を部屋に出しては、遊ぶくらいしかありませんでした。

 週に1度、盛岡へ帰るときも、必死の思いで運転。途中でボーっとしてきて、集中力がなくなってきます。なんとか痛みにも耐え、帰還。ただ、その分、家でも休む時間も必要だったので、妻にも、折角帰ってきたのに、不機嫌、体調悪そうと心労をかけました。

日曜、夕食を食べると、また単身赴任先へ出発。また、あの生活が始まるのかと思いながら、家族に別れを告げ、夜道に消えていったのでした。

 
 
 

自宅療養1

平成16年の5月に1回目のブラッドパッチを終わって、職場に断った上で自宅療養に入りました。BP前と体調に大きな変化はありませんでした。腰椎へのBPだったためか、以前よりは腰辺りに張りがあるような感じはありましたが・・。

日中は、リビングで日長、寝ながらテレビを見たり、本を読んだり。せっかく自宅療養をさせてもらっているので、起き上がっては職場の人に悪いなあと思い、食事のとき、風呂やトイレのとき以外は、起き上がる時間をできるだけ短くして(1〜2時間)あとは、ずっと寝て過ごすように努めました。

買い物に一緒に出かけて、もし職場関係の人にあったら、何て思われるか?って考えると、おいそれと外も歩けないなあと。

この時期に新しく覚えたことと言ったら、ビーズを作ることです。妻への罪滅ぼしというわけでもなかったのですが、結果的にそんな形になってしまいました。寝ながらでも、できる部分もあるので、寝たり起きたりして、少しずつ作りました。
イメージ 1

1ヶ月経って、やはり、なんとなく頭から腰にかけての違和感が抜けず、このままだったら、折角の治療が無駄になるかもと思い、延長しました。

もうそろそろいいかなと思い、職場に連絡を取りましたが、診断書がないと勤務に戻れないと言われ、診断書を請求するも、なかなか書いてもらえず、のびのびになって、結局ほぼ2ヶ月休んでしまいました。S先生、診断書もなかなか書いてくれないことで有名な人だったのです。(退院するときに書いてもらうと良かったらしいのです。)

この状況でまた単身赴任に戻るのは、いささか不安でしたが、これ以上職場に迷惑はかけられないということで、復帰することにしました。

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