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『永遠の0』 百田尚樹著 2006年8月発行
160万部売れたベストセラー小説を読んだ。
ゆえにストーリーやレビューなどはネット上で多く見られるだろう。 しかし、多くの人が読んだ方が良いと思う。恐らく感想は人それぞれではないかと思うからだ。 とても素晴らしい小説だった。名作だ。
心を揺さぶられ、読了後も様々な事を考えさせられる。 主人公である宮部久蔵の生き様は、第二次世界大戦中の日本においては異端だった。 自らの価値観に従い、まわりの空気や評価・評判に流される事なく、その意思を貫こうとした。 死を覚悟して当然の戦時の軍人の中にあって、“勝つ”事よりも“死なない”事を優先したのだ。 しかし、彼は終戦間際に“特別攻撃隊”、いわゆる“特攻”でその命を落とした。なぜか・・・? この物語は、一人の航空兵の短い生涯を追うと共に、大戦当時の日本、軍司令部、前線の兵、国民の生活など、様々な状況が“描かれ”ている。“書かれ”ているのではなく“語られ”ている。
小説だからフィクションなのだが、史実上の人物も登場しており、それらは事実に基づくものではないかと感じる。 この大戦以前からの世界情勢や国内情勢が大きく関わってただろうから、なぜ開戦に至ったかは様々な意見があると思う。 最初は誰かの私利私欲によるものかもしれないし、本当に国のためと言う動機だったかもしれない。 自らの主義主張や価値観や正義、他者・他国に対して、力によって押しつけようとする姿勢が争いを生み、 それに対する怨みが、報復の連鎖となったとも考えられる。 もしかしたら、人それぞれ違う動機が、手段としての戦争に収束して行ったのかもしれない。 となると、原因を一つに絞るのは困難ではないかと思える。 2月3日の『そこまで言って委員会』では、アメリカ人コメンテーターの発言で、 「従軍慰安婦問題を、民間の慰安所設置を認める形で“従軍”を否定する論法は、“その慰安所が設けられた原因としての、日本の侵略戦争まで正当化しようとしている”と欧米に受け取られている。」 と言うような発言があった。おかしな発言だと思った。 論点を拡げて「侵略戦争だったのだから、民間の慰安所だとしても、日本軍が設置させたのと同義である。」とは暴論である。 (この話題は後日に回したいと思う) とにかく戦争は多くの犠牲を強いる。 戦争は政府が起こすのだろうが、戦うのは政治家ではない。軍の司令部でもない。
前線の兵であり、彼らはそれぞれが一人の人間である。 しかし本書では、日本のほとんどの軍司令部や士官が、兵を人として扱っていなかったであろう様子が“語られ”ている。 一部のエリートが、その他大勢を自分より下に見て、将棋の駒、道具や備品のように扱っていた当時の状況は、現在の、国民に誤った情報を与え、騙し、誤魔化そうとする一部の組織や政治家、官僚らの姿勢に共通していると感じてしまうのだ。 “走るおっさんライダー”は、「だから政府、政治家、官僚を信用するな。」と言うつもりはない。
「信用できる政府、政治家、官僚に出来るかどうかは、我々国民にかかっている。」と言いたいのだ。 「あの人が賛成するから自分も賛成。」「この人が反対するから自分も反対。」 「テレビ(新聞)が言っていたから・・・。」などの思考停止の判断がいけないのだと思う。 ある宗教団体では、「全世界の人が、私たちの教義に従うなら(教団に帰依したら)、世界は平和になります。」と言う。
またある人は、「上手に外交をして、友好的に他国と付き合えば、日本に軍隊(自衛隊)は必要ない。」と言う。 しかも同意しなければ「平和を願っていないのか!」「戦争がしたいのか!」と、こう来る。 そして「出来ないと思うから出来ないのだ。出来ると思えばいつか実現できる。」とまで言う。
「だから入会して多くの人を勧誘しなさい。」だの「とにかく外交しかない。」などと言う。 「私の言っている事が理解できないのは、勉強不足だからだ。」と自分の意見を絶対視している。
これらは、全く具体性の無い空論だ。そして他人の価値観を尊重していない。
この程度の空論なら“世界中の人が武器を捨てれば戦争は無くなる”と言っているのと同じなのだ。同様の空論なら幾らでも言える。 ”走るおっさんライダー”の意見は、
まずは“騙されないようにする事”“誤魔化されないようにする事”
それぞれが“本質を見極めようとする事”からだったら、始められるのではないだろうか・・・?と言うことだ。 (異論・反論大歓迎です。)
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