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『神』の存在証明について 1
http://blogs.yahoo.co.jp/partone1994/8746112.html 「まず自分が“幸せ”を感じ、“幸せ”になってから、さらに“余裕”が出来たら誰かを助ければ良い。」と言うのも、この手の書籍などには共通している。
何の“余裕”なのだろう・・・?その“余裕”とは“物(金銭)”的“余裕”を言っているのでは無いだろうか? “物(金銭)”が無くても“幸せ”を感じられるなら、“物(金銭)”が無くても“余裕”はあると言えるはずだ。 ならば「まず」ではなく、直ちに誰かを助ければ良い。しかし、そうは言わないのだ。 「助けたくても“物(金銭)”の余裕が無いから・・・。」と言うならそれでも良い。
最初から素直に「“物(金銭)”的な豊かさが無ければ“幸せ”ではありません。」と言えばいいのだ。 “走るおっさんライダー”は、そもそも
他人を助けるのに、自分の現状を条件に加える必要など無いと思っている。
例えば、自分に悩みがある時でも、他人の悩みを解決する手助けが出来るかもしれない。 自分が金銭的に苦しくても、友人にチャンスを与えることも出来るだろう。 「そんなのは長続きしない。」と言うかもしれない・・・。
しかし、長続きしなければならない理由があるだろうか?
できる時に、できる事をすればいいだけだ。
もう一つ、“物(金銭)”を別のものに置き換えて例を出そう。
「あなたに恋人がいなければ、まずあなたが恋人を作り、それが出来てから、恋人がいない友人がいたら誰かを紹介しなさい。」 「自分に恋人が出来ないうちは、人の世話を考えなくて良い。」となるのではないか? 自分とは合わないが、友人にはぴったりだと思う人と出会ってもだ。なんとも身勝手な事だと感じてしまう。 「恋人が出来ずに落ち込んでいる友人とは縁を切り、大勢の異性(恋人候補)が周りにいる人と友人になりなさい。」と言う訳だ。 確かにそうすれば、恋人が出来る確率は上がるだろう。
しかしだからこそ、利己的で弱者切捨ての論理だと言うのだ。
いや、それを批判しているのではない。そこまでして利己的に、自分の事しか考えないなら勝手にそうすればいい。
ただ、それと『神』の存在や『宇宙の法則』だと言うのは、どこにも関連性が無いし、 まるで『神』の意思や『宇宙の法則』の伝道者のような風で、自分の強い欲求を、自分以外のもの(神など)に転嫁して誤魔化しているだけでは無いだろうか? しかも、こういったまやかしに、簡単に乗せられている人が多い事も、嘆かわしいと感じる。 これをビジネスに置き換えると、
1 自分が取り扱う“商品”のビジネスを、喜びと感じる事。 2 その“商品”を販売して、利益を得る事。喜びを持ってセールスすれば、そこに説得力が生まれる。 3 利益を得られるようになったら、別の誰かを誘って同じようにその“商品”の販売させ、利益が得られるようにする事。 4 このように行われたビジネスで、もし自分が利益を上げるまで行かなくても、不平・不満を言ってはいけない。 一般的な代理店制度のビジネスなら問題ないが、この“商品”が『再販売』の形式をとるなら、ネットワークビジネス又はマルチ商法と呼ばれる形態であろう。
そしてこの形態のビジネスは、注意が必要なのだ。 (つづく)
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