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『神』の存在証明について 1
http://blogs.yahoo.co.jp/partone1994/8746112.html 『神』の存在証明について 2 http://blogs.yahoo.co.jp/partone1994/8746266.html 前述した前者の著者は、
「『神』が存在する事の証明の為に、『神』が自分を長者番付の10年連続1位にした。」と書いている。
この著者は、株取引、相続などによらず、事業収入だけで納税額が1位になったそうだ。つまり所得が高額と言う事。 会社から日本一高額の報酬を取っていた。・・・では、その企業の収益はどのようにしてもたらされたものか? 自社商品の販売においてであろう。つまり消費者が商品の対価として払った。
これは「商品が良くて、たくさん売れただけ。」と言う単純な話しではない。 企業なら、そこに従業員がいるし、商品の製造には原材料の仕入れ業者もいる。 もっと高い売上をあげている企業が他にもあるにもかかわらず、それらの企業の代表者は、長者番付に上がるような所得は得ていないのだ。 企業が『利益』を上げるためには、単純化すると高い売上額、低い原価率(高い利益率)、低い経費(人件費や福利厚生等を含む)となる。
そして最終的に高額の役員(代表者)報酬を得るには、他の企業に比べ、報酬の比率が売上げに対して高いと言う事になろう。 言い換えると、「安い原材料費と人件費の製品を、消費者に高く売って、その多くを役員(代表者)の報酬に充てる。」と言う事。 もちろんこれは他企業との、比率の“比較”であって、必ずしも「仕入れ業者が安く買い叩かれている。」とか、
「従業員が安い賃金でこき使われている。」と単純に言う事にはならないが、そうではないのに、利益率が高いなら、「消費者は(比較的に)割高の金額で商品を買っている。」と言う事にはなるだろう。 しかも、高い企業収益が上がっているにもかかわらず、仕入先や従業員、商品価格への還元より、役員報酬にまわしているだけの話しだ。 “走るおっさんライダー”は、このことも批判の対象だとは思っていない。
もし仕入先も従業員も消費者も、一般水準の適正価格の範囲内であり、誰も文句を言わないなら、優れた経営力によるものだと思う。 ただ、これはあくまでもビジネスの話しであって、『神』の存在証明にはならない。 逆に『神』の存在を主張する事で、誰からも文句を言わせないようにしているとしたら、とんだ食わせ者であると言う疑いが出てくる。 これは構造的には、霊感商法に似ている。
それに、自分や、自社製品を取り扱う者が高い報酬が得られるようにして賛同者にしつつ、そう言ったいわゆる“幹部”を目標にさせる形で、末端に自社製品を再販売したり、販売させたりする手口は、ネットワークビジネスに似ている。
著者は言っている。「上に行くほど楽になる。」
まさに、ネットワークビジネス(マルチ商法)では上位であれば上位であるほど、下位の会員が働く事で、何もせずに収入が得られる構造になっている。
やはり、『神』の名を借りて、自己正当化をしているのではないだろうか・・・。
では、ネットワークビジネス(マルチ商法)の問題点とは何か?
この手のビジネスモデルに”走るおっさんライダー”が注意喚起する理由は、『末端に行くほど負担が大きい』と言う点だ。 そのあたりを本質的に見極めなければならないのでは無いだろうか? これは『不当な格差』を生むだろう。
「『神』を持ち出すことで、上位の者の高い報酬(利益率)を正当化し、さらにその高い報酬を目標とさせ、実は末端にその負担を科す。」 となると、霊感商法とマルチ商法のあわせ技だ。 “走るおっさんライダー”は、『格差』自体は問題視しない。適正な努力や能力の差は、報酬の差になって当然だと思う。
適正な努力や能力の差とは、社会に対する貢献度の差である。社会から対価を得る以上、それが評価対象になるのは自明だ。 “走るおっさんライダー”は『機会不均衡』を問題だと思う。努力や能力=社会への貢献度が、正当に評価されないと言う事。
つまり『機会不均衡』が『不当な格差』となり、社会にとってマイナスになり得ると思うからだ。 「高い税金を納めることで、社会に貢献している。」と見る向きもあるかも知れない。
しかし、“正当な納税”と“正しいビジネスモデル”に関連は無い。 納税の原資が、末端に大きな負担をかけることで生み出されたものなら、“正しいビジネスモデル”とは呼べないのではないだろうか。 しかも、末端に大きな負担をさせるビジネスを、『神』が奨励するのだろうか? (つづく)
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