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国境の島の「反日」教科書キャンペーン 仲新城 誠 著 平成25年3月10日発行
沖縄と八重山の無法イデオロギー 帯にあるのは、
こうして作られる沖縄“世論” 尖閣、米軍基地、自衛隊・・・。 日本が抱える大問題に潜む“闇”を 八重山の小さな新聞社が告発する 著者は1977年に設立された、ローカル日刊紙「八重山日報」の編集長だ。発行部数は約6,000部。
この八重山地区には、1950年発刊で圧倒的シェアを誇る「八重山毎日新聞」があり、発行部数は約14,000部。 沖縄全域をカバーする「沖縄タイムス」「琉球新報」の2紙。発行部数が合計で約30万部があるそうだ。 2011年に八重山地区では、教科書採択問題で揺れた。その経緯が詳細に著されている。
八重山地区が属する石垣市長選で、2010年に選出された若い保守系の市長は、教育改革を進める為に新たな教育長を起用した。 その教育長が直面したのが、4年に1度の教科書選定だった。 そこでこれまでの選定の様子を、過去の資料によって見直すと、その手順は文科相の規定に従わず、本来、審議の義務と決定権を持つはずの協議会は、補助的な役割であるはずの現役教員らが推す教科書を、ただ“追認”するだけとなっていたことを知る。 教育長はそれを、法に則った形で教科書の選定が行われるように改めたのだった。 しかし、改められた協議会で決定したはずの教科書は、反対運動や県教委の不当な介入など、様々な紆余曲折を経て逆転不採択となる。
発行元の異なるそれぞれの教科書は、共に文科相の検定をパスしており、問題となったのは決定すべき9教科15種目のうち、公民教科書だ。 詳細は、本書を読んでいただくとして、巻頭には年表もあり、およそ200日に及ぶ騒動の流れが把握できるようになっている。
なぜこの地で、このような教科書選定の騒動が起きたかについては、予備知識が必要だ。
もちろん本書でもその事に触れてあるが、一つには、この八重山地区が、台湾(中国)に隣接した地であることと同時に、尖閣諸島がこの地区に含まれていること、そして何より、米軍基地問題で騒がれている沖縄県であることだ。 “走るおっさんライダー”は歴史に不勉強で、沖縄県がかつて琉球王国であったことは知っていたが、比較的新しく(1879年)に日本の領有権が正式確定されたことを全く知らなかった。
そのおよそ15年後の1894年には日清戦争が始まり、その終結後1895年から太平洋戦争(大東亜戦争,第二次世界大戦)終結の1945年までの約50年間、日本は台湾を統治した。 朝鮮半島は、1910年から1945年までの約35年間日本が統治したが、現在は“反日”感情が激しく、一方、それより永く統治を受けた台湾は、とても親日家が多い。 興味深いのは、台湾人の中には現在「台湾は日本に“返還”されるべき。」と主張する声があることだ。 そして沖縄県は、太平洋戦争の終結間際には激しい戦闘の舞台となり、女子学生で組織された約240名の“ひめゆり学徒隊”は多くの犠牲者を出したと言う。
その犠牲者のうち10名は集団自決をしており、異論はあるものの旧日本軍がそれを“強制”したと、少なくとも沖縄の米軍基地や自衛隊の駐屯の反対運動、反戦を強く訴える団体などは主張している。 一方でこれらの運動を扇動するのが、当の沖縄県人ではなく、本土の左翼系の活動家などであるとの声もある。 更に現在では、米軍基地反対デモのプラカードの中に、ハングルで書かれた物があるという不思議さや、水面下で沖縄の独立を支援する中国共産党の存在もささやかれている。 八重山地区の公民の教科書は、これまで“東京書籍”版が採用されていたのだが、新しい協議会のもと、一旦“育鵬社”版が採択された。
この“育鵬社”版の教科書は、いわゆる“保守系”と言われていて、自虐史観を見直した内容のようだ。 これに対して激しい反対の声が上がり、混乱が起きた。 発行部数の多い三紙「沖縄タイムス」「琉球日報」「八重山毎日新聞」はいわゆる左派系で、徹底的な偏向報道を行い反対運動に援護射撃をしたようだ。
それを冷静に見て、恐らく公正に報道を行ったのが、本書の著者が編集長を務める「八重山日報」だったのだ。
沖縄県外の者から見れば、この一連の騒動は異様に映る。
なぜならそれは、沖縄県を挙げて“反戦・平和”を掲げて、違法な行為を行ったと見えるからである。 しかもそれが、果たしてこの八重山地区の民意を反映した行為であったかと言う疑問すら感じるのだ。 (つづく)
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