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日曜日に家のインターホンが鳴った。
女性が名乗り「自分や家族の幸せについて、考える事はありませんか?」みたいなことを言っている。
「宗教ですか?」と訊ねると「はい、そうです。」と返事。
どこの宗教かは聞かなかったが「宗教は結構です。」と、お引き取り頂いた。
今年になって、チラシが2件、今回のような訪問が2件。
それまではほとんど、このような勧誘は来ていなかった。
チラシの一つでは、なんとウォルト・ディズニーが、霊界からのメッセージで、この教団を賞賛している。
熱心に信者に、勧誘させているところを見ると、どこの教団も財政難なのだろう。
神や仏のご加護、御利益も、この不況下では役に立たないようだ。
宗教や社会心理学などの書籍をいくつも読んだが、特に新宗教・新新宗教の実態を見ていくと、
このような教団の信者になる人が、気の毒に思えてくる。
冷静に、偏った先入観を持たずに教義を見れば、何の根拠も無い事がわかる。
しかし、信者はそれを絶対の真理として信じている。
他に信じられるものが無い事が、その人の不幸であると思う。
一神教の宗教では、人間は神の僕(しもべ)だ。
必要なものは全て神が与えるといい、神の怒りに触れれば罰を与えられると恐れる。
“慈悲”をその教義の中心に据えているが、神は人間の飼い主で、
人間は家畜と同じと言っているに過ぎない。
キリスト教の原理主義的な考えでは、「聖書に書いてあるから」と言う理由で、
人類の歴史は約6,000年であると言い、進化論を否定している。
進化論が間違いない真実かどうか、絶対とは言えないが、
少なくとも「聖書に書いてあるから」という理由を根拠にするより、どう考えても信頼できる。
仏教系の教団でも、新宗教・新新宗教では、なんだかんだとこじつけて、
“金”で“徳”を買わせている。
“喜捨”と言う言葉があるが、これは教団にとってはマジックワードだ。
「執着を捨てれば魂が清められる。」などと言って、信者から財産を吸い上げる。
“おっさんライダー”は、あらゆる宗教が好きではない。どれも思考停止させるからだ。
それに、宗教には生産性が無い。
ギャンブルも基本的に嫌いだが、生産性は無くても、その実態を隠していないだけまだマシだ。
株の投機や最近よく耳にするFXは、実態をごまかしている点でよくない。
これらは明らかにギャンブルだ。誰かの損が誰かの利益になっている。
大儲けした者の影には、大損したものが必ず居る。それを承知しているのだろうか?
全てを無くしてから気づいても遅いと思うのだが・・・。
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無宗教者の宗教観
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先日、自宅のポストにあるチラシが入っていた。
そのチラシにはこうある。
『幸福の女神 千夕○華様は 新しい世の中を創造する 待望の救世主』
少し調べてみると、『霊的集○』と言う宗教団体のようだ。
一時期、合同結婚式がニュースになった統一教○からの分派?のようである。
と言う事は、キリスト教系か?・・・
“おっさんライダー”は、こう言う宗教にハマる人たちが存在する事に、悲しい思いを抱く。
洗脳と言う言葉が気軽に使われている。
しかし、洗脳は強制力を持って行われるものらしく、それほどの事をしている教団はそう多くないと思う。
この場合、暗示とかマインドコントロールと言うほうが適当のようだ。
マインドコントロールと言う言葉も気軽に使われている。
ある一面的(一方的)な情報のみを繰り返し与えて、潜在意識に定着させることと言ったらいいのだろうか・・・。
そして、「マインドコントロールは一般的によく行われており、それ自体、それほど悪いこととは言い切れない。」
と言う人がいる。CMがその代表だと言うのだ。
しかし“おっさんライダー”は、「マインドコントロールは悪い」と考える。
マインドコントロールの問題点は、一面的(一方的)な情報のみを繰り返し与えることではなく、それ以外の情報を遮断したり、無視させるようにすることだと思う。
この意味で、CMとは大きく違う。一般のCMは他の商品の情報を遮断したりしない。出来ない。
宗教(新宗教や新新宗教に分類される宗教)は、人に思考停止をさせる。
根拠も無く、そして他の選択肢を与えず、教団やその代表に従うことを求める。
宗教国家アメリカでは、およそ30%の国民がダーウィンの進化論を否定し、学校で教える事を拒否しているらしい。
彼らは、人類はおよそ6000年前に神が創造したと言う。聖書の記述にそうあるからだそうだ。
「人間が猿から進化したなど馬鹿げている。」と考えているらしい。
猿から進化したわけではない。
ある時期に枝分かれし、一方は猿に、一方は人間になったと考えられているのだ。その証拠も示されている。
しかし、聖書に固執し思考停止した者は、その証拠を見ようとしない。
“おっさんライダー”は、こう言ったことは正しくないと言うのだ。
進化論が全て正しいかどうか、今後の研究によりどうなるかわからない。
ただ、それに反する証拠が無い限り、“聖書に書いているから”と言う理由だけで、進化論を否定するのは誤りだと思う。
アメリカのことを心配してもしょうがないが、早く日本が根拠の無い事に振り回されないようになってほしいと思う。
権威ある人が言ったからとか、みんながそう言っているから、と言うだけで鵜呑みにしてはいけないと思っている。
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今、『池上彰スペシャル〜宗教がわかればニュースのナゾが解ける』
と言う番組が放送されている。
最近、池上彰氏は、宗教を通して世界を見る番組や書籍を出しているが、
この番組では、最近、ある新宗教の教祖を母に持つミュージシャンと入籍したばかりの、
高○彩アナウンサーが出演し進行を担当している。
どのような思いでこの番組を進行しているのだろうか・・・・
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日本は、国民から集めた税金の一部を、世界にばら撒いている。
『ばら撒いている』とは、聞こえの悪い言葉だが、内容としては投資と言えるものだろう。
それに、実際に返済が履行されるかどうかは別として、ほとんどはアジア地域を中心とした貸し付けだ。
これは現在の良好な関係の維持と、将来に向けたりターンを期待している。
そして、そのリターンは、日本国民が受ける。
日本には、伝統宗教ではない、大きな宗教教団がある。
現在では“新興宗教”とは呼ばず、“新宗教”とか“新新宗教”と言う呼び方となる。
最近テレビでは、この教団のCMを度々目にするようになってきた。
更に、この教団が提供する短い番組で、中国を賞賛する感じでアピールしている。
さて、真相は確認できないが、この教団の名誉会長は、元々中国国籍から帰化したと言われている。
このことが事実だとすると、中国を賛美する姿勢の裏側に、何らかの意図があるものと勘ぐってしまう。
気になるのは、この教団が世界に対して、お金を『ばら撒いている』事だ。
もしこの原資が、この教団の何らかの営利活動による利益から出ているならまだマシだが、その原資は、会員から集めたものだろう。
それにしてもなぜ、単なる宗教団体が外国に資金的援助をするのか・・・。
大げさに聞こえるかもしれないが、この行為は、日本を弱体化させることになる。
日本の国民の一部ではあるが、その国民から集めた資金を、外国に流出させている。
しかも、その恩恵は会員にリターンされていないはずだ。
仮にあったとしても、自己満足の域を出ない。
日本の会員から集めた資金を、自己の宣伝の為に、外国に流出させ更なる拡大を目指している以外、何があるのだろう。
この教団の会員は、在日が多いと言う意見も散見するのだが、そうだとしても、その会員の経済行為は日本で行われているのだ。
今回ここで言いたいのは、宗教団体にも課税すべきと言う事だ。
厳しい経済状態で、真摯に信仰と向き合っている団体もあると思うが、
それは一定額の免税基準を設け、それを超える場合には課税すればいい。
宗教法人は経済活動を行わない事がタテマエとなっている。
逆に言えば、どれだけ多額の布施をしても、その教団から御利益を得る事はない。
御利益は神仏が与えるものだからだ。
もし教団が、布施の対価として信者に御利益を与えるなら、それは経済行為なのだ。
であるにも拘らず、特に“新宗教”“新新宗教”教団は多くの布施を要求する。
信者は何を差し置いても、必死で布施をする思考にさせられる。
宗教法人に課税するようにすれば、信者に無理な布施の要求をしなくなるのではないだろか?
そうすれば、外国に無意味に資金を流出させる事も少なくなると思われる。
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フリーアナウンサーの高○彩と、男性デュオユニットの北○悠仁が結婚。
普段“おっさんライダー”は、たいして芸能ニュースに関心は持たないが、
この話題は、他とはちょっと違う。 新郎(北○)の母が、新宗教教団の教祖らしいのだ。 一度は教祖である母の反対により破局も噂されたらしいが、
新婦(高○)が何度かその教団の修行を受けたり、教団の広告塔として認められたなどと伝えられる。 この教団は、自己啓発セミナーとの連携による収益が指摘されている。 (詳細は各自でお調べください。)
“おっさんライダー”から見ると、新宗教教団は、
タテマエ非営利、ホンネ営利の団体にしか思えない。
仮に当初は、真面目に勉強するグループであった場合でも、組織として、そして宗教法人などとなると、 どうもその姿が変化してくるように思えるのだ。 (伝統宗教宗派の場合は、これに限るとは言い切れない)
その一つが、教義を利用(悪用)して、布施をするべき妥当性を説くもの。
最初は必要経費を、信者が負担する程度のことだったかもしれないが、 やがて、布施や労働の提供をしなければならない理由が、創り出される。
もう一つは、信者を増やすための活動を、信者に課すのだ。 そうしなければ、教義を理解し実践出来ているとはいえない・・・と言った方向になる。 これらは、間接的強制力とでも名付けたくなる手法だ。
藁をもつかむ思いで、救いを求める者に、 藁程度(役立たず)にしかならない救い(救われない)を、高額で掴ませるのである。 藁を掴ませなければ、もっと他に役立つ何かを探すだろうし、
何も無ければ必死になって泳ごうとするだろうが、
藁を持たせて「これで救われる。これでもだめなら、もうどうしようもない。」 と思わせるわけだから、救われないのだ。
前述の某フリーアナウンサーは、数度の修行の末、
しっかり
恐らく彼女は、彼との結婚を強く望んでいたのだろう。
そのために、「信じられるようになりたい。」と言う下地があったのだと思う。
彼はこれをどう捉えているのだろうか?
彼のほうは、それほど信心していないらしいのだ。
ほとんどの新宗教は、「唯一真実」を標榜し、『そこそこ信じる』は無い。
”信じる”か“信じない”か、の二元論だ。
それは“信じない”ものは敵であり、不幸や厄災が降りかかったり、地獄に落ちるなどと言われるからだ。
であるにも拘らず、たまにイベントに顔を出す程度の彼は、“信じていない”と思われる。
そんな彼は、親の行為をどのように捉えているか・・・。
もし、あなたの親が泥棒や詐欺で生活費を稼いでいると知ったら、
あなたはどうするだろうか?
そんな家庭に、愛する人を配偶者として迎える心境とは・・・?
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