Jiro Jiroの日記

誰も踏み入ったことのない深い森へ足を踏み入れる。人生とは、そんな感じ。

発達障碍を通して

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カナを施設へ放り出して早、6年。
 
敢えてこんな魔女ブログへ訪れた方々で
発達障碍ということに 人生係わって来られた方々のほんの
足しになればと 報告しておきたい。
こんな、子もおりますわ。
 
カナは今17さい。
あの日、タプタプのお腹でボサボサの髪のあの子は
ここには居ない。
 
耳にはピアス。
小洒落た髪型に、服装、
そしてスリムな息子は、
ギターを片手に穏かに笑っている。
子供も好きで、弱いものイジメなどすることもない
優しい子だ。
 
 
苦悩の据えに私はカナを12さいで手元から
手放す決意をした。
 
どうにもならない状況まで
お互いに追い込まれた。
 
どう答えが出るか
全く分からなかったが
 
結果は完璧となった。
 
現在癲癇、チックは治り
多くの方々が係わってくれたお陰で
多動も抑えられた。
 
家から離れたおかげで
洗剤へのこだわりも無くなり
裸で過すなども無くなった。
 
 
良い方々に巡り合ったお陰で
ギター、ピアノ、マラソン、カメラなど趣味の上達が
初めて物事を達成したという
自信へともつながった。
 
多分私の元で良い方々と巡り合ったとしても
益々甘えて崩壊していった可能性が高く
 
一人になった上で
しかもいざとなったら帰れる家もあった上での
自分の人生を自分で生きるという状況は
よく考える、深く考える、自分で考えなきゃ
どうしようもない、という状況は
息子にとっては 大きな成長の糧となった、と今は思える。
 
 
カナは2年生の内から実習先の
大手の企業の社長に気にいられ
どうもそこに就職を決めようとしている。
 
先日、そんなカナから一本の電話が入った。
 
バイトを決めたから、
車の免許代など心配しないで、
とのことであった。
 
子ども達の学費だけでも10万は毎月かかるjirojiro家、
すまないね、
と言うと、こんな以外な言葉を
息子から聞いた。
 
 
僕のことはいいから、
でも妹たちには、ちゃんとやってくれよ。
 
相手の気持ちが分からぬ障碍とは言われるが
こんな言葉を
相手の先々のために予測できている。
 
 
帰りたいと一度も言ったことはなかった息子だが
妹たちが6年間、毎回帰ってくる度に
帰らないで、と泣いては
カナの気持ちを代弁してくれ続けた。
 
兄弟4人の関係も深くなった。
 
 
親としては、何の連絡も無い学校、施設によって
息子との6年間は全くの空白となったが。。。
 
 
でも、やっと
生んで初めて 関係を持てる場面へと
やっと4人目が生まれたと
思える状況になって来ている。
 
 
 
発達障碍という判定は
時に暴力的に、親を人を型にはめて
奈落の底に突き落とすこともある。
 
ちょっと思い通りにならないから
先生の言った通りにならないから、、
この子は発達障碍の枠に入らないか。など。
 
制度によって昔よりもずっと開けて救われることもある。
 
 
だから、そこに振り回されないで欲しいと思う。
 
 
 
 
まだまだ全然今から思うとヒヨコくらい若い私が
死すら考えたこの戦いは
振り回されるなと言われても
十分振り回されるに値するほど 過酷であった。
 
それくらいわが子という存在は 特に母にとっては
不思議な存在だ。
 
でも、それを承知でなお、
息子は奔放に、本当に奔放に、やりたいことを見つけて
優しさも、気遣いも、仕事も見つけたところを見ていると
 
人生って何かな、とつくづく思うのである。
努力って何で
学歴って何で
幸せって何であるのか。
 
 
一つだけの答えはあったらおかしいから無いのが正しい。
 
 
でも落ちとして思う。
私はわが子には言えなかったこととして
一人の孫には、「全丸」ぜんまるちゃん、って名前をつけさしてもらって
 
生まれて来た時点で人は完璧なんだ、全部丸なんだ
人生は、それに色をつけるだけなんだって
花丸を最初につけてやりたい。
 
 
全員変わった名前を持っているわが子たちは、
言いましたよ。
 
絶対、いや!
 
 
フンダ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

正月と息子

まるで、ロレンスの『息子と恋人』みたいですが
 
話は息子の自立と正月の話。
 
今年、カナから大晦日が近づいても連絡無し。
 
通知表のことも何の連絡も無く
施設の対応にホトホトだったので更にイライラするのが嫌で
電話するのが怖かったジロジロ母ですが
電話いたしました。
 
すると職員さんが
あ、カナなら郵便局でバイトですよ。
ですって。
 
 
こういう大切なこと、親も知っていたい。
ムッと来ました。
 
私が電話しなかったら、ひょっとかして
正月の挨拶も、バイトの話も何も無かったということでしょうか。。。
と聞くと、
 
そうですね!
本人が帰りたい時また帰るでしょう。
 
と言われて積み重なったこともあり完全に頭に来ました。
 
 
夕、本人から連絡があり
あ、5日に帰るわ。
 
あのね、その前にバイトをするから、今年は帰らないとか
通すべき礼儀というものが無いかね?
そうすれば、私も安心して、
あぁ、カナも頑張ってんだ、と素直に思えるのに。
 
僕にもね、事情ってものがあるんだ。
それにそんなに知りたければ、自分で施設連絡して
聞けばいいじゃん。
 
と言うことでした。
 
 
祖母が気にしていたので
こういう事情で戻らないと告げると
 
私の気持ちを察してくれるかと思いきや、
 
 
そりゃ、どっかで聞いたような話、、
 
あぁ、近所の○ヤンが昨日怒り狂って店にやってきてね
自分もこの年になってやっと
孫を一人持った。
 
なのに、息子は嫁の実家の側に住んでいて
連絡一つ無いってんで
電話入れたら
帰らない!
ってさ。
 
一年中孫は嫁の実家で見てるんだから
正月くらい。。
せめて、連絡ぐらい。。。
 
ってことだった。
あんたも、一人、自立し始めたんだよ。
 
男はね、
どちらの巣にも行ったり来たりするほど
器用じゃない。
 
もう、諦めるんだね。
戻って来たい時に来るって。
 
アンタにはその代わり、まだ娘が2人もいるし。
 
とのことでした。
 
 
 
その内、一旦手放したらば
忙しければ
用があれば
正月でも知らんぷりに二男もなるのかな。。
ぞっ、です。
 
 
 
カナ、お金くれ、と戻ってくるんじゃなくって
まだ高校生なのに
働いて自立していってるんだね。
 
強くなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

カナのこと

そう言えば今年の夏
カナの帰省の時のこと。
一通の長々とした手紙が渡されたのであった。
 
そこにはカナが友達同士でピアスの穴を開けてしまい
施設でも学校でも禁止とのこと。
してたら外させてやってくれとのことだった。
 
あぁ。
親子というものは
血の運命とは不思議なものよ。
 
ジロジロ母が耳に穴を開けたのも
まさしくカナと同じ15さい。しかも8月のことであった。
同じ年、月に開けたわけである。
 
私は15才の夏休みをイギリスで過ごしている。
 
そこで、何を思ったのか、パンクのお姉さんに
格安でピアスの穴を開けて貰い家へ戻った時の
今は亡きベティママさんの驚きの表情は忘れまい。
 
身体に傷を付けるということの文化の違い。
同じ針を使うことやAIDSのことなど
叱られた。
 
なので、それくらいのことで驚く母ではない。
カナにもきちんと病院で開けるということを
AIDSのことなどから教えた。
 
カナはとても大人になった。
多動ということも今となっては分からない。
(多動は大人になるほど無くなるだろうと踏んではいた。)
 
チック、癲癇発作もみられなくなった。
 
言われた手伝いは、黙ってさっさとこなす。
 
しかし、今自分が何時何分に生きていて
一日が24時間ということは判らんらしい。
 
 
今年の夏、次男の体験入学のとき
おかぁさん!と大声で呼ばれてため息をついて振り返る。
いつもママ、おかぁさんと呼ばれ続けているのに、ここに来てもおかぁさん?
 
そこにはカナが小学6年生のときの担任の先生が立っていた。
今は中学の先生としてその地で働いてみえるらしい。
 
カナは。。?
 
その言葉には、うっかり自分がその施設の名を
学校の僚と勘違いして紹介してしまったために
カナがそこへ行く運命にさせてしまったことを大変良心の重みとして
心の何処かに置いてみえたことが伺えた。
沢山の親の中で私に気づき
カナのみならず、咄嗟なのに弟の名まで覚えていたところからも。
 
カナはとても沢山の大人に囲まれて
初めて自身で考えて人生を歩んだ御陰で
物凄く大人になりましたよ。
先生、あれで、良かったんですよ。
 
そう迷わず口にする自分がいた。
 
 
良かった!!
深々と挨拶を交わして別れた。
 
 
もうあれから4年。
 
人は変わらぬところもあるが
ゆっくりであっても
日々 生き抜いているのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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軽度という狭間

さて昨年の冬辺りからジロジロはヤキモキして参りました。
 
何度も地元テレビ番組で
ジロジロ家は山上と下実家にあるので
学校もその2つへ子供達は通ったわけで、
どちらの学校の同級生たちも卒業式だの合唱際だの
様々なシーンを放映されておりました。
 
観るたびに潔くないんだけど
あぁ、私さえ黙ってこのまま普通に置いといたらば
カナもあそこにいたんだな。。。
と何度も何度も思いました。
 
 
さて
相変わらず高校生活は始まった様ですが
担任の先生のことなど一切連絡の無いジロジロ母です。
 
 
その見も知らずの担任の先生が施設の職員さんに
文集やクラスの手紙など
カナの顔写真を載せていいかと聞かれたがどう?
という連絡が最近入りました。
ジロジロは前に嫌がったという連絡を受け取ったのでしょう。
 
一切お断りしてください。
 
とジロジロ母が言うと笑顔で嫌そうに
親なんだからいい加減腹くくって
子供の障碍に堂々としてやれよ、という雰囲気を
撒き散らして職員さんは
分かりました〜ガチャ。とやりました。
 
 
分かり合おうとしても無断なんだろうな。
 
とジロジロも慣れているので
言うべき趣旨をはっきり伝えれば
その様な相手の苛立ちに
折れることはありません。
 
 
軽度の狭間。
 
発達障碍においてこの軽度っちゅうもんほど
難しいものって無い気が昔からしている。
 
どう見たって普通の子。
だけどちょっとばかり分かって欲しい繊細なこだわりがある。
 
障碍というと物凄いことのようだけど
声変わりして
ダイエットして
髪型服装気にします。
 
パソコン打って
ipod使って
音楽ジャンジャン聴きます。
ギター弾きですし
カメラの趣味も長く。
 
食事すれば黙ってカウンターに戻します。
 
アルバイトしたいし
友達も欲しい。
 
会話も自然です。
 
軽く付き合えば全然普通。
それどころか
趣味には深く拘り
受験生であろうが、世間の常識はかなぐり捨てても命かけますんで
その趣味に惹かれる友達も多く出来るはず。
 
ところが
床屋に座ると耳元ではさみが鳴る音にイライラし
髪が減って
風の当たり具合で我慢限界。
いきなり立ち上がってタオル等を剥ぎ取り
帰っちゃいます。
 
そういう所でちょっと我慢しみたら?という常識が効きません。
だから周囲が
肌感覚の敏感なことってどういうことなのか
字が一体どういうふうに息子の目には映ってんのか
そういうことを知ってやることが必要となるわけです。
 
なんと紙に20問書いてあったらば解けない問題も
紙に1問書いてあったらば解けるということだって起こるわけで。。。
 
 
だからカナは自身が障碍があるなんて信じられねぇぇ。って
支援学校で重度の子供達と自身を重ね合わせ
大変な衝撃を受けてきました。
 
 
こんな分けで母ジロジロは田舎に暮らしているので
小6まで普通の子として暮らして来た息子を
いきなり障碍ありますって変更すべきなのか
 
したところでカナが嫌がることも分かっているし
自身の障碍さえ無いと断言し切っているし。。
 
小6と比べて随分成長してきた所を眺めていると
ひょっとかして
全然良くなるかもしれないという期待も捨て切れません。
 
そういう時
世間って一旦障碍があったということを知らされると
完全に健常者という目はもう戻せるのか。
 
なのでカナが昔の普通として過ごして来た頃の環境を
そういうカナとして受け入れてくれる場を
いつか戻って来た時に残しておいてやりたいという
微かな願いが捨て切れません。
 
だからクラスの手紙など写真掲載をお断りしてきました。
 
多分は家のことなど誰もそんなに関心無いわ、
と思いたいのですが
 
5年ほど前に保健室からカナの健康調査書を親たちが盗み出して
回覧板にして遊んだ事件から
 
 
ひょっとかしたら
世間ってぇのは
自身が思っている以上に
人の不幸や事情が知りたい
個人情報に興味があるって思うようになりました。
 
 
最近入ったご飯屋さんで偶然山上の方の母さまグループに出くわしたときも
私たちが座ったとたんに
会話内容が発達障碍に関して変わったこともあり
 
 
恐らくはもう当に
回覧板事件など 色々なことから
世間には広まっているのかもしれませんが。。
 
 
あんまりにも普通にみえ
本人が障碍を認めない
また本当に普通に普通に近づいて来ている。
 
多分は名の通り発達がゆっくりなだけなところがあり
時間をかければ落ち着いてくることも多々あるのではないか。
 
 
こういう障碍に関して
特に田舎で輪にも入れていない
一匹狼の秘密となると
 
集団で何とかしてみたい
心理は働くのかなぁ。
 
でもそれにカナ本人が気づき
傷つけるわけです。
 
口に出さなくても
そういう好奇の目
 
もしくは カナのオカシイ所を何気に探る
人の目の色ってものを
カナを隣にして接するとき
日々感じては冷や冷やするジロジロです。
 
 
そんな訳で
少なくともジロジロ親の元には届かない手紙
文集ですから
人のお宅にだけ配るならば印刷する必要もなかろうと
開き直って?
一切お断りした私ですが
職員さんは
自分の子の写真を見せたくないなんて
自分の子の学校の写真を認めないなんて
 
と思うわけなんですね。
それが一般の考えなのかもしれません。
 
 
もう15年。
 
しかしながらいい意味でここ3年で全く普通に育ってきた最近
 
ますますそのレッテルというものに焦ったり
 
家族だけで見つめてはいかんのかなぁ、
もう少し
世間に秘密にして
そのゆっくりな発達が出揃うのを待ってやってはいかんのかな、と
思うわけです。
 
 
しかしながら
こちらも世間様の子供の高校の制服姿などを見る度に
あぁ、私が歯を食いしばってでも
ここで留めて置いたらば今頃!
なんて思っちゃったり。
 
情けない限りです。
 
 
この経験をどう生かしていったらいいんだろう。
常々思うところです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

支援の入試

今日はカナの支援学校の
特殊選抜の入試の結果発表の日だった。
 
9時に発表で学校から施設へ電話があるとのこと。
jirojiro家へでは無い。
 
9時半から合格であれば説明会がある。
その誘いは受けていた。
 
しかしながら合否の電話は施設から無かった。
 
落ちたのかなぁ。。
ま、一般入試でがんばるんだな。。
受かってるのか分からないのに説明会へは行けない。
 
 
しかしながら腑に落ちない。
なんで親に報告できないんですかな。。。
 
自分から電話して聞けばいいのに
jirojiro母はそれが出来なかった。
 
何故かと申しますと
親代わりの施設への連絡はあるけれど
学校とのつながりは原則親は無い。
 
だけど施設も親へつべこべと無い。
 
だから中学3年間で知っているのは修学旅行の行き先だけだった。
 
こういったこと一々に腹を立てていては
やっていけない。
またカナ自身の人生、道でもあるので
親がそこへ波をたてたくもなく
何の連絡がなくても一切合財
割り切りまくって来た。
 
だから入試結果も報告するつもりがない
ということであれば
もう、どしようもないがなぁ、と思ったが
凄く久しぶりに嫌んな気分。
 
結局待っても夜になっても知らん振りだった。
 
入学式
行き先も知らないのに何処へ行けというんじゃ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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