Jiro Jiroの日記

誰も踏み入ったことのない深い森へ足を踏み入れる。人生とは、そんな感じ。

サナトロジーと私の夢

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世の矛盾

世の中は不可思議このうえございません。
 
例えば夜と朝など反比例したもので構成されてはおりますが
正義と愛などはどうでしょうか。
 
同じようで背反しております。
例えば自分が飢え死にしそうなほど貧乏な状況下でわが子が飢え死にしそうな場合。
目の前にお店があって多くのパンがあったとします。
あなたはわが子への愛のために盗むという正義を犯しまするか。
それとも正義と愛を貫くために子供を見殺しますか。
 
アメリカはテロという悪への正義を貫くために
戦争という手段をとることで、果たして愛も貫いただろうか。
(しかし同時に愛を取ったところで、悪をどの様に調停すればよかっただろうか)
 
愛と正義を教義にいれるという矛盾したことをする宗教に限って
戦争をおこしてはいないだろうか。
 
もっと言っちゃえば
臓器提供も叱り。
 
 
 
別の不思議は
人は万人の幸せを取って個人の幸せを見捨てるのが正しいのか。
個人の幸せに基準をおくべきなのか。
 
A君〜G君が超幸せなら 実は一人だけ不幸せなB君がいたとしても
B君が我慢すればその法律は素晴らしい法律なのか?
 
 
日本人はどちらかというとこの万人の幸せをとる考えだと思う。
 
例えば税金の問題でも 貧しくても裕福でも一律に税金引き上げ
育児手当でも 何人産もうが一律の金額 である。
一人、二人の家庭と同じ感覚で取らないで!という叫びは届かない。
 
海外は 高級品に税率を上げ その代わり食品医療はゼロにする。
すなわち、高級品を買える余裕のある者から沢山税をとり
絶対必需品からは絶対取らん。
 
育児にしても
産めば産むほど特をして守られる。
もう一人。。。の勇気への保障がある。
(まぁ、スゥエーデン位取られちゃつまりませんが。。。)
個人個人の事情を考慮しているところがまだある。
 
 
非常に小さな部品を見て小さな物が出来上がる想像とは外れて
すごく大きな物の一部分だったことがある。
 
細部を見て全体は分かるのか。
 
森を見て木々を見ないのは良くない。(全体を見て細部を見ない)
しかし細部だけでは全体は分からない。
 
どうして地形図なんて描けたんでしょうかねっ!!
 
 
なんだかこんな気分な夜なんですが。
 
 
 
 
 
 

 父が起きてくることは今はもう余り無くなった。最近私は、自分の書いた70ページに渡る卒業論文を、死を目前とした父に読んでもらいたいという衝動にかられている。それと同時にひょっとかしたらそれは、人生の先輩である父に対し、実際に死に直面している父に対し傲慢なことなのではないかと、出来ないでいる。
 そんな中、卒論の最後に書いた感想文めいた文章を、ここに記したいと思うに至る。
私は、自分の父の死を前に、ひたすら臆病であった。長い2年をかけた論文なんて薄っぺらな紙切れだったとさえ思える。 しかし私は、このリアリティを、この臆病な自分を気に入っている。人生は、そのこと自体が意味=コスモスを諸共しない、壮大な宇宙だ。私はただ、父の子として、今一人混沌の中に立っている。論文を白紙に戻したい様な揺れ動きは、新たなものを生み出す力となるといいと願っている。


『死を超えて巡り合うもの 死の準備教育の在り方を考える』 
「おわりに」                    
                              



 今、机に向かっている私の元に、優しい夕暮れの時が訪れようとしている。私は、この時刻がどの季節においても大好きだ。まさにその日が終わりを告げようとしている、ほんの僅かな時間。しかし真っ赤に燃えるように空も大地も染める日や、静かに雲をほんの少し染めて夜の帳を降ろす日、木々の間から金色の木漏れ日を眩いほどにこぼす夕焼けの光。この時刻ほど多くの表情を見せる時は無いと思う。夕暮れも、冬の前に見せる秋の紅葉も、最後に輝くその僅かな時は、センチメンタルに、しかし激しく、燃え尽きるようである。

 幼い頃から「草人魚」がこの時間に波打つ黄金色の草むらには住んでいると想像した私は、今でもこの時間には必ず窓を開けて夕焼けを見る。幸いにも大人になってもなお、「草人魚」を信じることのできた私は、田舎での暮らしを選ぶことが出来た。今では自分の子供達が夏の夕暮れに、まるで暖かそうな草むらの中を走り回る姿を見るのが大好きだ。そして天気の良かったその日の夕暮れに、木々からこぼれる素晴らしい光に、そしてその恵みを受けた大地の優しい暖かさに、思わず言葉にはならない祈りで一杯になる。

 死は何故だか物心付いた頃からずっと私のテーマだった。そして夕焼けは、恐らく私の死生観と似た所があったに違いないと今、はっきりとそう思う。私は死を怖いと思う。しかし現実に捕らわれ生きたその人生の終わりに見せる「夕焼けの時」は、燃えるように熱く、優しく、空と大地が同じ色に染まる、神の恩恵に満ちたものであるに違いない。人によっては、様々な夕暮れをその人生に迎えるのだろう。しかし明日の朝が訪れるためにはやはり、夜を人は迎え続ける。自分を支え続けた肉体に感謝し、愛すべき人の所へ夕焼け色に頬を染めて帰り路を急ぐように。

 今この論文を終わろうとしているが、私は何か変わっただろうか、何を得たのだろうか。私は題名として、「死を超える」という言葉を使ったが、それが決して「超越」するということではない、という答えである。人は死を恐れる存在である。しかし存在するということは死すべきものであるという矛盾を孕んでいる。
 私は、死を恐れるが故に精神的なものに頽落し、今ある人生や欲に執着しようとは思わない。何かを残すということに躍起になろうとも思わない。しかし同時にそういう人の性を愛すべきものだとも思う。その人その人の人生において死と生をいかに和解させるか。死の準備教育を行う時私は、常にこのことを忘れたくないと思う。生は今自分の身に怒っていることがすべての意味だと思う。だからそれ以外の意味を考える時、死という宇宙的な次元から考えなくてはならなくなる。そういう時、私の思う哲学は、いつまでもそこに留まって、高次な精神に酔いしれ続けることのみにあるのではないということである。それもまた、現実への頽落に過ぎないのではないか、と感じる。私はやはりそこで得た感受性を肉体の次元において活かしたいと思う。その結果、多くの葛藤や矛盾が自分を傷つけることになろうとも、私は人として笑いたい。人としてのの「笑い」がテーマである。

 死を超えて巡り合うもの、それは死を死と成すことの出来る、神の恩恵に満ちた本来の人間の姿であり、それは決して弱い姿なのではなく、力強い、大地に立つ人間の姿である。死が恐ろしい、だから人は他者を知る。永遠の命はつかの間の夕焼けを迎えることもなく、夜の安らぎも知らない。傷つく必要も無く、傲慢で、従って優しさを知る必要もない。人は死を超越しようとすることに躍起になるのではなく、死をリアルに想像し、自分自身が強くなり、調和された個性を創造すべきである。決して「死の宇宙」に迷い込むことがないように。それには哲学的な感受性にのみ留まり続けるのではなく、人である自分自身を、生きているという自分の痛みと調和させるべきである。そして、メメント・モリに毎日を生きることは、燃え尽きる前に美しく輝く夕暮れ時を、その人生において取り入れることの出来る素晴らしい生き方である。日々死を「飼いならす」ことで、人生を夕焼けのように輝かせ、そして空と大地の成す素晴らしい恩恵に自ずとひざまずき、人は死からも癒されるのではないだろうか。何かを知るのではないだろうか。

 今、夕暮れのセンチメンタルな躍動感とは変わって、静かな夜が訪れている。私はいつの日か、必ず死を迎える。しかし、私はこう理解し、逝こうと思う。私の愛している人々がその人生の夕暮れの帰り路を急ぐ時、彼等をかつてそうしたように、迎え入れるために私は逝くのだ。そのような元へ今から帰るのだと。このような循環の中に命は、ハイデッガーの言葉を借りるのであれば、「住まう」ということをしていると思う。死してもなお、私はこのような形で住まうことをしている。そして、その時私にとって死はまさに、「不安の無の明るい夜」となるのである。
 夜が帳を降ろす時、新しく訪れるであろう明日の光と、今日を生き、自分を支え生かしたすべてのものに祈りをこめて。 
 

 
                        Jiro Jiro こと あこ
 

 あぁ、今からしっかり読み起すと、足りない文章で何回も止めようと思った。辻褄が文章ごとに繋がっていない。。。 しかしここを原動力として、何か新しく展開したいと最近思う。 
 

ユーモアとアイロニー

哲学において、アイロニーとユーモアは大変重要である。
実存主義の哲学者もこれについて述べているが、
アイロニーは、高みから、第三者として、
つまり自分は別にして、他者を笑う。

しかしユーモアは、自分をその高みから引き下して
自分も含めて全体を笑う。
これが凄く大切なのだという。

笑いは哲学をしている人ほど、
注目する課題だと感じる。

高みへ、高みへ魂を、感性を解き放つと
たまにヒトは生き辛くなる。
ソクラテスだったかプラトンだったかは、
哲学とは、死を学ぶこと、
つまり肉体から魂を解き放つことだと言っていなかったか。
しかし同時に、ヒトは大地に足を付けていなくては、
生きづらくなる。

笑いにおいてヒトは和解という作業に辿り着く。
魂と、肉体の和解。精神性と世俗との和解。
その時に、ただそれがアイロニーであったらば、精神は
まだ高みにあるばかりである。
その時に自分を含めて笑える笑いであったならば、
ヒトは、より均衡を自分の内に保つことが出来る。

ハイデガーは、ただ高みにある人間もまた、
現実から逃げているだけだと言っていた。
ヒトは、精神の高みの内になお、
地に足をつけているのが健康なのだろうか。

芸術家がたまに、自殺を遂げる話を聞く。
素晴らしい芸術家は、生きながらにして
神の世界、真実を見、ひたすら見たものを
感じたものを表現している内に、
笑いを失ってしまったのだろうか。

死刑制度をやめるべきだとか、
その逆に、裁判をめぐって亡きヒトを想う家族の姿が、
日々、朝のニュースを賑わしている。

あなたは、
死刑制度に賛成?
死刑制度はあるべき派?

私は、過程像重視派である。

前もって気持ちを言えば、
もし自分の子供達が、恐怖の中命を奪われたならば、
私は死刑を望む前に、自分を殺して欲しいと願うだろう。
それ以前に、次の日生きてはいないだろう。

しかしながら冷静に考えると、
問題は、命そのものに対するバイオエシクックス的なものへまで
遡らないだろうか。
死刑制度反対派のヒトが、例えば我が子が臓器提供が必要となった時、
いずれ死ぬヒトだからと言って、ヒトの命に触れてもいいのだろうか。
我が子のために、提供者が現れることを望むことは、
殺人者とすれすれ、似たような理屈も無いだろうか。

また他の問題は、
死刑制度があったら、殺人は無くなるのか、ということである。
無くならない、のではないだろうか。
だったとしたら、死刑制度を廃止したら、
どのようなそれに変わる抑制を社会に設けていくのかということである。
また、再犯を防ぐ完全な教育とは、如何なるものか。
被害者の家族をいかに救済するのか。


同時に、愛と正義とは矛盾した存在である。
ヒトは、正義のために愛を犯すことが度々ある。
例えば、我が子が飢えた場合、私だったら、愛のために、
正義を犯してでも、パンを盗むだろう。
母は我が子のために鬼にでもなれることを、私は知っている。
臓器提供も然り。

また、ヒトは、より善くあろうとするエロス的存在である。
が、だからと言って、間違いをする存在である。
善があるのは、悪もあるからである。

これらの調停は、矛盾したものの調停は、
空と大地をくっつけるくらい難しい。

そこで、この様な問題に対しては、
死刑制度の是非といった大きすぎる問題を命題とするのではなく、
もっと的を搾ったことを命題としながらも、
小前提でもっと多くの立証をしながら、
多くの結論を出していくことが望まれはしないか。

死刑制度に、わし、反対、
わし、賛成と言っていては、
いつまでも解決し難い気がするんである。

私はこれからお金が許すのであれば、大学院へ行きたいと思っている。
卒業論文は、「死」であった。
大学院へ行ったら、ジョルジュ・バタイユ的に、「エロス」と「タナトス」の
中間にある定義し難いものの存在について研究したいと思っている。

例えばヴァンパイアに狙われた美女が、死が差し迫っているというのに
うっとりと身を任せているあの様は何か。
エロスとタナトスとは、特に中世の絵画に良く表現されている。

文学の中にも、「死出の旅」は例えば、イムラヴァなどに描かれている。
ケルト民族の死の世界への航海。
何ともロマンチックな、マッパムンディの古地図など、死の世界は地図上に
描かれているのだ。まさにあの、『ロード・オブ・ザ・リング』の世界に違いない。

死を死と成すことの出来る人間にとって、死はとまさに「不安の無の明るい夜」である。
夜が帳を降ろす頃、今日自分を支え、生かしたものに感謝したい。
メメント・モリ(汝死すべきものであることを忘れるな)な人生を、
送りたいと思う。

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