ここから本文です
pascalの城ある記
関東から関西に戻って、田舎暮らしと城歩きを再開しています

書庫過去の投稿日別表示

全1ページ

[1]

今回は城から離れます。

 北畠氏といえば歴史上では親房の事績が圧倒的ではありますが、日本人の記憶に残る存在としては、やはり顕家ではないでしょうか?

イメージ 1
北畠神社に建つ顕家像
元弘元年、12歳の顕家は後醍醐帝の北山第行幸にお供して、舞いを舞った際、顕家の容姿に皆が感嘆したそうで、「形もいたいけして、けなりげに見え給いに(幼くてかわいらしく、態度は堂々としている)」との記述が残ります。


 文保2年(1318年)、親房の嫡男として生まれた顕家は、12歳ですでに従三位参議・左近衛中将となりました。
 これは史上最年少記録であり、藤原道長などの権力を欲しいままにした者の子でさえ為し得なかった事で、それだけ顕家が突出して優れた英才だったという事でしょうね。
 鎌倉幕府が滅びた元弘3年(1333年)、顕家は正三位陸奥守に任じられ、兵を率いて陸奥の国に下向すると、多賀城を拠点に陸奥の北条氏残党を追討し、東北経営を始めます。

イメージ 4
顕家が国司を務める為に赴任した多賀城
東北の北条勢力を掃討した顕家は、国人達を組織化して、長征の素地を造りました。


 建武2年(1335年)、鎌倉で足利尊氏が朝廷に叛旗を翻し、朝廷は新田義貞を鎌倉に派遣しますが、箱根坂ノ下で敗れてしまいます。
尊氏は余勢を駆って京へと攻め上り、後醍醐帝は堪らず比叡山に避難しました。
 足利尊氏追討の命令が顕家に届くと、顕家は陸奥の兵5万を引き連れて上洛の途につき、10日後には足利義詮の守る鎌倉を陥れます。
顕家の電撃行軍はなおも続き、その10日後にはもう近江坂本で新田義貞、楠正成の軍と合流しています。
 その後すぐに京の足利軍と戦闘に入ると、瞬く間に打ち破り、尊氏を京から退去させました。
さらに攝津に落ちた尊氏を追った顕家は、ここでも散々に打ち負かし、尊氏は堪らず遠く九州まで落ち延びて行きました。

イメージ 3
大河ドラマ『太平記』より
無類の美青年だったという顕家役は後藤久美子ちゃんのサプライズでした。
凛々しい感じの熱演でしたね。
血筋が良く賢さと強さを兼ね備えた美青年の早すぎる死、伝説になる要素は全て揃っています。


 多賀城を出てから僅か3ヶ月、圧倒的なスピードと無類の強さで尊氏を追い落とした顕家は、権中納言・鎮守府大将軍への任官を土産に任地の陸奥へと帰って行きます。
 しかし、尊氏の行動も早く、この時すでに九州で西国の武士を糾合し、上洛への行軍を開始していました。
 顕家抜きでこれに当たらざるを得なくなった朝廷軍は、摂津の湊川で待ち受け会戦に及びましたが大敗を喫し、楠正成が戦死してしまいます。
京に撤退した新田義貞は後醍醐帝とともに比叡山へと逃がれ、京は再び尊氏の手に落ちました。

 後醍醐帝の綸旨を受けた顕家は再び上洛の途につき、前回同様に瞬く間に鎌倉を落として京へと向かいます。
従う奥州と関東の兵は前回より多く、膨大な軍兵が西へと駆け上ったそうです。

イメージ 5
陸奥根城址に建つ南部師行像
南部氏を始め結城氏、伊達氏など、多くの東北の武士が顕家に従って西上します。
関ヶ原の敗戦組が最期のチャンスと大坂城に集まった様に、足利体制に洩れた武将達が大挙上洛して大暴れしたのは必然とも言えます。
それが“顕家の強さ”だったのかも知れません。


 足利軍の主力とは美濃で激突し、この時は顕家の勝利に終わりますが、顕家方の損耗も大きく、一旦伊勢に引いて体制の建て直しを図ります。
しかし、ここで怒涛の勢いを失った事から、以後は一進一退の攻防戦になって行きました。
 しかも絶対的な兵力で劣勢な顕家軍は、会戦の度に損耗して行き、徐々に不利な状況に追い込まれます。
 大和、摂津、和泉と戦場を移動した戦いも、堺浦での高師直との戦い(石津合戦)が最後になりました。
 軍が潰走して共廻り僅か200名になった顕家は、それでも果敢に戦いを挑み、ついには討死にしてしまいます。
延元3年/暦応元年(1338年)5月22日、享年20という若さでした。

イメージ 2
大河ドラマ『太平記』より 顕家の最期
寡兵で足利軍に囲まれた顕家は胸に矢を受けて落馬し、自害して果てます。

 この後7月には新田義貞も越前で敗死し、南朝方は対決から抵抗へと、戦略転換を余儀なくされてしまいます。

 朝廷支配のもとに公家が武士を従えての戦いと、武士が自ら武士を組織化しての戦い…。
両者を代表したのが北畠顕家と足利尊氏です。

 尊氏のライバルは新田義貞とよく言われますが、義貞は尊氏への対抗心から朝廷に雇われた武士に過ぎず、真のライバルとは言えません。 
 尊氏にとって、その後の支配体制を賭けて激しく戦い、最も手強かったのは北畠顕家に他なりませんね。

全1ページ

[1]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事