世界一周旅行、行ってきました。

すっかりご無沙汰です。暖冬のためか、無性に外に出て土いじりがしたい今日この頃。

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いよいよ2007年の幕開けですね!

去年は世界一周旅行という夢を叶えることができて、本当にいい年でした。
まだまだ行きたいところ、見たいところ、心残りがあるので、また何年後かのお楽しみとして・・・
それを目標にまた頑張っていきたいと思います!

ところで、大晦日にK−1を観ていたら、須藤元気選手が突然の引退宣言。
試合後のコメントで、まず中南米で放浪の旅をしたい、メキシコに飛びます、と言っていたとか。
そういえば、入場もマヤの戦士(?)でしたね。

メキシコ、ペルーなど、中南米は日本からは遠いのでなかなか行けないところでしたが、
昨年初めて訪れてみて、本当に高度な文明の歴史と奥深さにただただ圧倒されるばかり。
でも、計画通りに移動しなければならない旅。
じっくり堪能するには、短すぎました。

独自の世界観を持って常に勉強を欠かさなかった須藤選手が、
実際行ってその目で見てみたらどんなことを感じるのか、すごく興味が湧きました。
じっくり滞在して、色々な経験をしてきて欲しいと思います!

そういえばサッカーのヒデも、世界を放浪していましたね。
放浪の旅ブーム到来か?

アテネの次はトルコへ。

船でアテネからChios島(まだギリシャ)に、
それから船を乗り換えてチェシメからトルコに入国しようと言う計画。
ちょっとしたエーゲ海クルーズです。

出発の前日、アテネのピレウス港に船のチケットを予約しに行きました。
イタリア〜ギリシャは1人120ユーロもかかったので、
今回は何とか安く上げるぞ、と意気込んでカウンターの前に立つ。
すると、「今日は、Special offer で1人10ユーロです」と言われて拍子抜け。
いくらなんでも安すぎる。
これは何か裏があるのでは、と逆に不安になりました。
小さいフェリーでメチャメチャ酔うとか?
立ったまま、一夜を過ごすとか?

当日。
午前中は市内観光をして、夕方5時にピレウス港へ。
おそるおそる船を確認すると、一応、豪華客船の古くなった感じで設備は十分。
ただし部屋は飛行機の機内のようにずらっと何百個も椅子が並んだ大部屋。
一応リクライニングするものの、ゆっくりは寝られない。
なるほど、それで安いのか・・・

床に毛布を敷いて寝転んでいる人、寝袋を持っている人も。
準備がいい人はどんどん自分の快適な寝床となるスペースを確保していました。

デッキに出ると、ピレウスの街並みと夕焼けがきれい。
さよなら、アテネ!
定刻通り、7時に出発。

到着予定時刻は午前3時30分。
本当に、そんな時間に着くのか半信半疑のまま、眠りに就きました。
主人は座って足を組んだまま就寝。
私はひじ置きで区切られたベンチ形のシートに無理やり横になり、就寝。
(平たくなると、ひじ置きの下にちょうどもぐり込めたため)

その夜、びりびりと全身がしびれる様な感覚と寒気が。
一応、風邪薬を飲むと、症状が一時的に治まりました。
こんな寝方じゃ体も休まらないんだな、とは思っても、
どうしようもないのでそのまま休みました。
しかし、これがインドの風邪の再発でした。

午前3時半。
真っ暗な中、船はChios島に着きました。
でも、降りない人が大半。
船が再び出発する様子もない。
やっぱり明るくなるまで停泊して、公共交通機関が動き出す頃にみんな船を出るのでは?

眠いし、体調も悪いし、真っ暗な中で外には行きたくないし。
なんとなく1時間くらいもたもたしていると、いつの間にかエンジンが再びかかっていました。
船が出てしまったらやばい!
急いで船を下りようとバックパックを背負って下に降りると、時、既に遅し。
もう降り口はすっかり上に上がっていて、
船員さんには「もう無理だから次で降りなさい」といわれました。

聞くと、次はレスポス島。
「トルコにもそこから渡れるんじゃないか?」という船員さんの言葉を信じ、
再び席に戻り、仮眠。
7時半にレスポス島に到着しました。
こういう縁もまた、おもしろいもの。
行くはずのなかったこの島でも、ツーリストポリスの人やツアーデスクの人が機転を利かせてくれ、
無事、トルコ行きの船に乗ることが出来ました。
さっきはヒヤッとしたけれど、終わってみれば1時間半ほどでのスムーズな乗り継ぎ。

トルコのアイワルク行きの船は大きめのボートといった感じ。
ギリシャ領のレスポス島から目と鼻の先。
異国情緒溢れるトルコはギリシャ人のおばさんたちの格好の遊び場のようで、
おばさんの大群がボートに乗り合わせていました。
うるさくて、パワフルでびっくり。

船長のいる操縦室も出入り自由で、船長がお茶を飲みながら乗客とティータイム&操縦。
シージャックする価値もない船なのか。

そんなこんなでやっとトルコ入り。
アイワルクからバスでイズミルへ、イズミルからカッパドキアへ。
その後もハードな移動は続きました。

ぶり返した風邪は、今後どうなる?

イタリアのナポリからアテネへの移動。
それは、車と船を駆使してのハードなものになりました。

ナポリからバスでバーリ(イタリアの東海岸にある港町)へ。
車窓の風景が見事でした。

バーリの駅の前で降ろされ、港までの行き方が分からないのでタクシーでバーリ港へ。
宿を探すのも大変だし、時間も限られているので、そのまま夜の船でパトラ(ギリシャ)へ出航。
5時半にチケット入手、6時半に出発。
トントン拍子。

安いのはもう売り切れで、仕方なく買った船のチケットが
それにしても異常に高かったので、(1人120ユーロ)、
どんなところかと思ったら、今まで泊まったどのホテルよりも豪華なツインのCabinでした。

一度、贅沢を知ってしまうと怖い。
貧乏に慣れないと、と思ってやってきたのに、「やっぱりいいものはいい」(笑)。

次の日の昼にパトラに着き、今度は中距離バスでアテネへ(所要3時間)。
パトラ近郊の家々は屋根がオレンジ色で統一されていて青い海とのコントラストがまた美しい。

アテネへの道中はほぼずっと海沿い。
途中、コリントスで断崖絶壁の谷間からのバンジージャンプも目撃しました。
このバスコースは移動するだけではもったいないおすすめルートです。

アテネのバスターミナルに着いたら、ここから市バスへ乗り継ぎ。
オモニア行きのバスの終点で降りてやっとアテネの市内に着きました。

アテネは完全なる観光地。
おみやげやさんが軒を連ねる通り、アクロポリス、ギリシャ料理のレストラン。
客引きの激しさは、一瞬アジアにいるのかと思ってしまうほど。

でも、やっぱり大衆食堂が、雰囲気もよく、味もいい。
そして、安い!

近くのスブラキ屋でハンバーグと串焼きを挟んだピタサンドと
絶品グリークサラダ(トマト、オリーブ、レッドオニオン、きゅうり、唐辛子の酢漬け、
フェタチーズ、オレガノ、オリーブオイル)。
平日の昼なのに、地元の人たちはビールをガバガバ、肉をパクパク。
大声で歌いながら食事をしているグループも。
週末だけでなくて、毎日が普通に楽しそう。

近所の小さな子供達もお母さんと一緒に、スブラキ屋に押し寄せていました。
常連さんばかりのようで、お店の人も普通。
こうやって子供を連れて気軽に行ける安くておいしい手作りの食堂、
日本でももっともっと増えたら良いのにね。


買い物はモナスティラキ駅近くの蚤の市で。
ギリシャのテレホンカードはコレクターズアイテム。
粘って、選んで、まとめて値切る。

アテネは夜になると毎晩12時回っても騒がしいのに驚きました。
皆、エネルギーが余っているのね・・・

皆パワフルで圧倒された初アテネでした。

ヴェスビオ火山の噴火によって2000年ほど前に突然その歴史に幕を閉じた街ポンペイ。
本で読んだり、テレビで観たりして、一度行きたいと思っていたところでした。

ナポリ中央駅の地下から、私鉄でポンペイに向け出発。
車内は落書きだらけ。
電車なのに、運転も荒くて酔う。

でも、車窓からの風景は感動もの。
左手にヴェスビオ火山、右手にナポリ湾の真っ青な海!
花が咲き乱れ、オレンジが実り、南イタリアのイメージどおりの風景。

ポンペイ遺跡につくと、観光地として完璧に整備されていることに驚きました。
ガイドツアーが頻繁に催行され、イヤホンマイクが主な遺跡のところに近づくと解説をしてくれ、
遺跡の中にカフェもありました。
こんな垢抜けたところとは思わなかった・・・

マリーナ門から入場し、政治文化の中心地区を見学した後、市街地へ。
居酒屋さんにはワインを入れていた甕もカウンターもあって、
パン屋さんにはもちろん窯と粉をひく臼が。
染物屋さんには染色液を入れていた甕がずらりと並び、
民家の玄関には「猛犬注意!」と書かれ、犬を描いたモザイクタイルが施されていたり。
人々の当時の生活風景が生き生きと蘇りました。

2000年位前というとすごく昔の気がするけれど、
もう十分高度に発達した文化や技術を持って人々は暮らしていたんだなあ、ということを、
肌で感じられた貴重な経験でした。

出口を出て、絞りたてのオレンジジュースでひと休み。
今日はよく歩いたなあ。

イタリアは今回初めてでした。
私は大学の時にイタリア語を勉強する機会がありながら、実際に使うことはなく、
むしろ、これまで敬遠していたのです。

ヴェネツィア→ローマと来て、完全な観光客コースをたどって来てしまった私達は、
素晴らしい歴史的遺産や芸術にはたくさん出会いましたが、
まだ、気さくで飾らない、おおらかなイタリアには出会えていませんでした。
それを期待して、列車でナポリへやってきました。

イタリアは北部と南部で生活レベルも雰囲気も大きく異なると聞いていましたが、本当でした。
ナポリで駅を降りた途端、治安の悪さ、生活水準の低さがすぐ分かりました。

中東系、アフリカ系移民があふれていて、露天商がいっぱい。
道端で座り込んでお酒を飲む人があちこちにいて、道路には割れた酒ビンが散乱していました。
ヴェネツィア、ローマではもちろん見られなかった光景です。

最初ホテルに落ち着くまでは、かなり警戒していました。
絡まれたりしたらどうしよう、バックパックを背負っていては動くこともままならない・・・。

やっとたどり着いた1件目のホテルは満室で、がっかり。
すると、そのホテルのオーナーは知り合いのホテルを紹介してくれました。
Napoli,Via GenovaにあるHotel Ginevra。

そこは駅近で安全、新しくて広くキレイな部屋、バルコニーつきで洗濯物も干せました。
バス、トイレ(共同)も新しく、キレイ。

いい部屋と出会えた街では、だいたい良い思い出が作れるような気がします。
ナポリでは物価がこれまでのところより格段に安く、美味しいものにもたくさん出会えました。

その代表がナポリ名物ピザの老舗 Da Micheleの大きな薄焼きピザ。
メニューはマリナーラとマルゲリータの2種類のみ。
ノーマルと言うサイズでも超ビッグ。

ふっくらした職人さんが生地を伸ばしてソースとチーズとトッピング、
そのあと、海賊みたいな硬派な職人さんが目の前の窯で焼いて、
あっという間に焼きたてのピザが皿の上に。

みんな一枚を丸ごと一人で食べる。
切り分けて食べたりはしない。
食べきれないほどの量で一人3.5ユーロ。
大満足!

ナポリでもうひとつ楽しかったのは市場。
駅前だけでなく、路地のあちこちに露店が立ち、平日でも蚤の市が開かれていました。
観光地化された蚤の市でなく、本当のガラクタ、家庭の不用品ばかり。
ボロボロの人形、何かの部品、台所用品に靴、ちょっと価値のありそうな工芸品などなど・・・
そして、港が近いので魚市場も。
八百屋さんの露店もあるし、揚げ物を売る屋台も。

この庶民的な活気がナポリでは一番印象に残りました。

午後、バーリへ向かうバスのチケット売り場が分からなくて右往左往していると、
近くのバス停にいたおじいさんがバスチケットを扱っているBar Ettoreに
一緒に行ってくれました。
飲食店でバスチケットを扱っているなんて想像も付かず。
イタリア語しか話さないイタリア人、イタリア語がほとんど分からない私達。
おじいさんが親切に教えてくれて本当に助かりました。
ありがとう!

ナポリでは、観光客目当ての過剰なサービスがなく、普通に過ごせたのが何より良かったと思います。
それでいて、こちらが困っている時は地元の人たちが当然のように助けてくれました。
最初は怖い印象だったけど、ナポリは結果、いい街でした。
ナポリの温かい人々に感謝、です。


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