ここから本文です
中国蒸機専科
中国の蒸気機関車史について取り上げます。コメント・質問大歓迎です。

書庫全体表示

津浦鉄路No.291

久ぶりの更新です。
 今日からは戦前のファー・イースタン・レヴュー(The Far Eastern review)で掲載された中国鉄道の機関車について紹介していきます。この雑誌は1904年創刊の極東アジアを紹介している今でいうところのグラフ誌のようなもので写真や地図が多数のっております。またこの雑誌の広告の頁にも多くの鉄道車両があり、当時の列強が積極的に中国等への進出を目指していたことが垣間見れます。
 最初に紹介するのは津浦鉄路の機関車です。津浦鉄路(Tientsin Pukow Railway)は天津と浦口(南京の揚子江対岸)を結ぶ幹線で、およそ中間地点である嶧縣(YiXian)から北側(北段)はドイツ、南側(南段)は英国によって建設され、全通したのは1912年でした。そのためこの鉄道で使用されて機関車は主に北段はドイツ製、南段は英国製が使用され、全通後はそこに米国製が加わりました。写真はThe Far Eastern review,March 1933に掲載された軸配列1D1過熱機関車のNo.291です。製造は1932年、Nasmyth Wilson & Co.製(英国)で合計8両(製造番号は1594-1601)が輸入されました。津浦鉄路では1919〜20年にALCO、1929年にBaldwinからも1D1過熱機関車が輸入されましたが、これらと主要諸元はほぼ同じで、シリンダ径508mm×行程711mm、動輪径1,372mm、使用圧力14.1atm、火格子面積4.04m2、蒸発伝熱面積180.69m2、過熱伝熱面積41.15m2、機関車運転整備重量90.6t、動輪上重量65.3t、炭水車運転整備重量58.0tでした。
イメージ 1

この記事に

  • 顔アイコン

    違う鉄道会社なんですが、同じ年に姿のよく似た機関車が、
    ノースブリティッシュ社→Peping Liao-Ning(開平-遼寧?)鉄道
    に輸出されてますね。
    気筒径が1インチ大きい22インチ他、いくつかの違いありますが、
    動輪径も固定軸距離も同じです。
    津浦鉄路のは棒台枠らしいのですが、こっちのは板か棒か不明です。 削除

    [ 鈴木 ]

    2017/8/5(土) 午後 0:13

    返信する
  • 顔アイコン

    > 鈴木さん
    コメントでいただいた機関車は北寧鉄路向けのものです。北寧鉄路はこの時代使われた北京の別名である北平(Peping)と遼寧(LiaoNing)省を結ぶ鉄道の意味から由来しています。中国の鉄路はその変遷が複雑な上、英文表記が例えば北京がBeijingであったりPekingであったりとさらに複雑化させています。北寧鉄路も1928年以前は北京-奉天間を意味する京奉鉄路(Peking Mukden Railway)でしたし、さらに遡ると万里の長城の内側と外側を結ぶ鉄道を意味する関内外鉄路(Imperial Railway of North China)だったりします。
    さてお写真の北寧鉄路No.300(〜305)ですが、開灤礦務総局の石炭輸送用として6両がNorth British Locomotive Co.(製造番号24080-24085)から輸入されました。そして、1931年頃にNos.328-333に改番された思われます。なお、組立図によるとこの機関車の台枠は板台枠です。

    [ パシロ&ミカイ ]

    2017/8/5(土) 午後 4:20

    返信する

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

開くトラックバック(0)

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事