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雪が積もるある街。
その街の駅のプラットフォームで、列車を待つ男。
そこに、列車が入って来た。
列車に乗り込む際、男は駅の向こうに見える
街並みを見渡した。
憲二は、この街の修理工場で働いていた。
来る日も来る日も、油まみれになりながら。
ある日、その修理工場へ1台の車が持ち込まれた。
その車を持ち込んだのは、奈保子。
この工場の社長の娘、美鈴の友人。
何度か見かけたことはあったけど、話すのはこの日が初めてだ。
憲二はその車を受け取り、傷のある箇所を見て所定のチェックを済ますと
奈保子は帰って行った。
憲二は、しばらくその後姿を眺めていた。
「どう?綺麗でしょ?」
ハッとして振り返ると、事務所から出てきた美鈴と目が合った。
「げっ!」
「なんだよ?」
「なんでも、ないよぉ〜」
美鈴は笑いながら、また事務所に入って行った。
それから、修理工場で美鈴と奈保子を、よく見かけるようになった。
まぁ、ほとんど挨拶程度でしかなかったが・・・・。
「憲二くん」
仕事帰りに、美鈴に呼び止められた。
「奈保子のことなんだけどさぁ」
「どう思う?」
「どうって・・・」
実はさぁ。奈保子。ずっと憲二くんのこと好きだったんだって。
で、こないだ車、こすっちゃって困ってたのよ。
だから、私が、ここに持って来いって言ったの。
憲二くんと話せるいいチャンスじゃん。
「ねぇ?聞いてる?」
「え??あっ・・・」
「もう」
「これ、奈保子の携帯の番号ね」
美鈴は、折りたたんだメモ用紙を、憲二の手に渡した。
アパートに戻った憲二は部屋で、ポケットに仕舞ってあった
メモ用紙を取り出す。
携帯電話を出したり引っ込めたり。
やがて意を決して、メモの番号を押す。
ツツツ・・・プルルル・・・ガシャ。
「あのぉ。憲二ですけど・・・」
翌日から、憲二は笑顔一杯、いつも以上にバリバリ
働き出した。
ある日、修理が終わった車を届ける時の信号待ちで
何気なく歩道を見たら、奈保子が、知らない男と
仲良さそうに歩いているのを見掛けた。
「え?」
信号が青に変わり、走り出した車のルームミラーから
その姿を追ったが、すぐに見えなくなった。
工場に戻った憲二。
奈保子に電話をするが、圏外か電源が切れてるとの
アナウンスしか流れてこない。
だから、いつも以上に黙って作業をする。
時々、古タイヤを蹴飛ばしたり・・・・。
憲二が着替えて帰ろうとする時、美鈴が声を掛けてきた。
「おつかれさま」
「おつかれ」
美鈴の顔も見ずに、出て行こうとする憲二。
「どうしたの?」
「別にぃ」
「なにそれ!」
「面白かったか!おれをだまして」
「え?」
「奈保子ちゃん。彼氏いるんだろ?」
「え?」
「今日、見かけたよ」
「え?ちょっと・・・」
呼び止める間もなく、車に乗り込み憲二は走り去って行った。
憲二の携帯には、何度も奈保子からの着信が。
そんなある日、憲二は修理工場の社長から、呼び出された。
「おい!憲二。ちょっと事務所に来てくれ」
ボンネットから顔を上げた憲二は、手の油を
ツナギで拭きながら、事務所へ向かう。
「おう。まっ座れ」
「はい」
「お前もこの先、ここを背負って行って貰わなきゃいけないから
ここに入って勉強して来い」
「え??」
「俺なんて、無理っすよ」
「馬鹿野郎!甘えたこと言うんじゃねぇ」
「・・・・」
「お前だって、もういい年だ。この街で所帯もって行くんだろ」
「奈保子ちゃんだって、待っててくれるさ」
「まだ、そんな・・・」
いつしか、奈保子からの電話は掛かってこなくなっていたが・・・。
そして、なんとなく奈保子に言い出せないまま、時間だけが過ぎてゆく。
出発の前日、憲二は奈保子を呼び出した。
奈保子の家の近所の公園に。
「俺、明日行くわ」
「そう。美鈴から聞いた・・・」
「これだけは、面と向かって言っておきたかったから」
「そう・・・」
そう言い残すと、憲二は公園を出て行った。
まだ、意地を張ったままの奈保子を残して。
列車のドアが閉まり、列車は走り出す。
憲二は、窓の外を流れる、いつ戻るか分からない
この街景色を眺めながら、つぶやいた。
(ぜってぇ。戻ってくるからな)
(それまで、待ってろ)
って。
その時、プラットフォームに、息を切らせ走り込んできた
ひとりの女性。
そう。奈保子。
列車が走り去ったプラットフォームの先まで走り寄る。
「あ〜。行っちゃった・・・」
「絶対、待ってるからねぇ!」
無意識のうちに、奈保子の口から出た言葉。
たたずむ奈保子の肩に、小雪が落ちてくる。
奈保子は走り去ってしまった方角を
いつまでも眺めていた。
その手には、今朝、ポストに入っていた憲二からの手紙が・・・・。
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