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★『天に宝を積みなさい』
高いビルを建て、その最上階にスイートルームをかまえ、さらに、その
屋上に神をまつるのが「段階的連続性の層」・・・いわゆる「宗教」である。
自分と同じ土俵にまつる神だから、自分の思い以上には働かない。
どうしても、人間と同じ限界性をもってしまう。
失楽園以来、ひとの心を支配している「不安」「むなしさ」「退屈の気分」を
解消できないのである。
夢中になれるときは短くて、大人になり、することを色々に見つけて
行動はするけれど、どこか不安、どこかむなしい、どこか退屈になり、
生き生きと日々を送られない自分に直面する。
金持ちの青年議員は、イエスにそのむなしさを訴えた。それに対する
イエスの言葉は、驚くべきものだった。
「全財産を売り払い、貧しい人にあげなさい。天に宝を積んで、わたしに
従って来なさい」。
青年はとまどい、ついには悲しみながら帰っていった。たくさんの資産を
持っていたからである…と聖書はしるす。
ここに、段階的連続性をもつ「宗教」のむなしさがあるだろう。
大金をつぎこんで仕えても、自分のすべてを失うことはできない。
たとえ、この世のすべてを失って、残るのは「命」だけになったとしても・・・。
すなわち、「命」の躍動に出会いたいのなら、自分を飾っているもの
すべてを捨てて、「命だけ」になれ!・・・とイエスが言ったとしても。
人は、青年は、本心から「永遠の命」・・・生き生きとした充実する人生を
求めていたのだろうか。おそらく、そうなのだろう。
しかし、「1・2・3・4・5・・・」の階層において、スイートルームを捨てて、
地下の地下、窓もなく、陽の当らない人生を生きるのは無理だから。
金持ちの青年議員は、悩みながら帰り、再び、充たされない日々を
送ることになった。
ただ、こんなうわさが届いている。この青年議員は、イエスの十字架刑の
あと、勇敢にも総督に申し出て、イエスのからだを引き取り、自分所有の
新しい墓に埋葬した・・・と。
アリマタヤのヨセフこそ、その人であったと。
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