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★『信仰の言葉を透過せよ』
「永遠の命」の入手方法を尋ねた金持ちの青年議員に、イエスは
こう言った。
「全財産を売り払って、貧しい人々にあげ、わたしに従ってきなさい」と。
階層社会のトップに暮らし、最上階にスイートルームを造り住んでいた
人が、地下の地下、穴倉のような生活をすることは不可能だろう。
青年は、悲しみながら帰っていった。
イエスは、青年が求めたから、「永遠の命」の入手方法を告げた。
無一物になると、自分に残ったものは「命」だけになる。「命」が
リアルになる生活が送れるのだ。
ここに「小さいときから知っている、守り続けている」宗教の戒めは、
やはり、青年議員の心の置くには届かなかった。
イエスの言葉が「1・2・3・4・5・・・」の「段階的連続的階層」の言葉、
すなわち、「宗教の言葉」ではなくて、「非1・2・3・4・5・・・」の
「信仰の言葉」だったからである。
「宗教の言葉」は、昔々から書物に書かれ、だれでもそれを知ることは
できる。書かれた文字は、今の時代では、映像になって、人々が
目にふれられるようになってさえ、きている。
しかし、「信仰の言葉」は、「非1・2・3・4・5・・・」である。最上階まで
駆け上がり、屋上に至っても、見られるわけではない。
これは、「透過的流動的な層」・・・すなわち、「層のニ面性」の後者、
「レイヤー」を超えなければ理解できない言葉なのである。
イエスは弟子たちに、こう言っている、
「人間にはできないが、神にはできる」・・・と。
宗教の神にはできないが、信仰の神にはそれは可能なのである。
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